第6話:月華、日輪の下に

 その夜は、皆既日食の夜だった。

 月輪の外、日輪が浮かぶ。

 オーバーホールメンテナンスから1ヶ月が経過。約半分の工程が終了した。

 本日朝、福岡工場の東海林副長より急造弐番機が完成したとの知らせが入った。

 東京国際空港羽田空港へ空輸。その後品川を経由し錦糸町発令所へと輸送される。

 東京国際空港羽田空港第1ターミナルでは既に、輸送車両に実戦弐番機を固定。東海林副長は旅客車両へ。

「発車信号確認。鉄道輸送開始。」

 車両はゆっくりと加速し錦糸町を目指す。

 同時刻。練馬駐屯地。大きな荷物、キャリーケースを引き駐屯地を後にする少女の姿。少女は東武練馬駅へと向かう。その容姿は自衛隊員には思えぬフリル付きの制服。新たな対電波放送局員である。いよいよ制服は自由ではないかと思える。

 東武練馬から池袋を目指す。電車に揺られる。軍人手帳を弄る。最近の放送局での処理事変を確認する。

 実戦壱番機により、池袋、品川、新宿、秋葉原事変を処理。

「ふーん、壱番機の人凄いんだな。ボクも負けないけど。」

 ボクの弐番機早く会いたいなとこぼす。

 池袋で乗り換える。次に目指すは秋葉原。そこでまた乗り換えである。

 ――――――――――――――――――――

 錦糸町中央発令所。

 局長席でスイーツを嗜む。

「うんおいしい。さて、と3人目の操縦者アクターの到着は遅くなりそうかな?」

「GPSによると現在池袋。乗り換え中と思われます。」

 そっかそっかと局長。

 そこに玄月2尉が話しかける。

「オーバーホールが終われば3機による作戦行動が可能となりますね。より効率的に相手に出来そうで何よりですね。」

「あと1ヶ月は城さん動けないけどね。最悪の場合は汎用機で出しましょう。それよりまた女子が増えるみたいで嬉しいな。」

 次のスイーツへと手を伸ばす。

 うーんおいしい。ここの補給課は腕がいい。

 甘党の玄月2尉にもスイーツを差し出す。

「よろしいのですか?では、有難く。いただきます。」

 頬を抑えている。うんうん、おいしいね。

 今は平和な発令所。この後、電波体バグの襲来があるとは誰も思っていなかった。

 場所は変わり格納庫。昼夜突貫で訓練機のオーバーホールメンテナンスが進んでいる。

 私、城未来はというと、訓練機使用不可の為、基本的にお留守番。

 戦闘を行ってきた、餘目曹長の報告書のお手伝い。整備課局員への配給のお手伝い。基本お手伝い。

 戦闘がしたい訳ではないが、腕がなまりそうである。

 シミュレーターを使い訓練は行っているが。それでもなまりそうなほど暇である。

 局長からは休息も仕事と言われてはいるが、流石に昼夜ぶっとおしで作業している整備課を横にして暇にしているのはしのびなく、自ら手伝いを探し求めているのである。

 もちろん汎用機でのシミュレーションを行い有事の際に備えては居る。

 それにしても暇である。私は何をすればいい。

 格納庫ベンチにて空を仰ぐ。天井だが。

 ――――――――――――――――――――

「秋葉原に到着。乗り換え。ボクは乗り換え苦手なんだよな。山手線から……そう、ぶせん?えーもう何色?赤?橙?青?にゃああああああ。」

 秋葉原駅3番ホームにて困惑する女性が1人。

 親切なサラリーマンに教えてもらう。6番線に行けばいいらしい。

 階段を上りホームへ出る。

「ああ、ここ、秋葉原事変の報告書にあった場所か。」

 高速輸送車両が止まり、ここから訓練機は秋葉原に降り立った。

 最近では実戦壱番機もここで戦ったらしい。

「この時間でも帰宅者多いか。ボク満員電車苦手。」

 得意な人は存在しないだろう。あの窮屈感を。

 総武本線に乗り換え、錦糸町を目指す。

 再度軍人手帳を弄る。現在訓練機はオーバーホールメンテ中なのか。というか訓練機?

 学生が使用する機体を使っているのか?そこまで追い込まれているのだろうか?

 それでボクが召集されたのだろうか?謎である。

 ボクの弐番機は既に専用AI搭載済み。ボクの戦い方に合わせた武器も装備済みで輸送されるらしい。楽しみだ。

 時刻は夜9時。帰寮の時間は過ぎている。

 城未来と鐘倉美空は食事、半長靴の研磨、入浴を済まし、自室で眠りに就こうとしていた。

「今日もメンテナンスお疲れ様。漸く半分らしいわね。その、暇人として非常に申し訳ないけど頑張って?」

「任せておいてください!昼夜2交代。突貫で作業を進めてますので納期までには間に合わせて見せます!」

 ここ一番頼もしいセリフだ。いつまでも餘目曹長1人に押し付けるわけにはいかない。一刻も早く現場復帰するのだ。

「じゃあ寝ましょうか、おやすみ。」

「はいです!おやすみなさい。」

 こうして意識を手放す……筈であった。

 ――――――――――――――――――――

 星の無い闇夜を切り裂くアラート

『ブー!ブー!ブー!』

 局員が口火を切る。

「東京スカイツリーより反応!TBS系列にて放送事故。JR小岩駅近辺に観測特異点ノイズ発生!電波体バグ出現します!」

 スイーツを嗜む玄月2尉もすかさず反応。

「対電戦闘用意!該当局へ強制放送停止措置。対象地域に避難警報発令!」

「対電戦闘!」

 発令所内が一気に慌ただしくなる。局員は各々持ち場につき作業を始める。

 カンカンカンと対電戦闘用意を知らせる音が響く。

 局長席から御園生局長が顔を出す。

「城さん鐘倉さん、遥に緊急招集。急がせて。3人目の操縦者アクターは?」

「緊急招集!了解しました。3人目の操縦者アクターは現在錦糸町駅。緊急事態宣言によりホーム上で待機しています。」

「東海林副長と弐番機は?」

「はい、そちらは間も無く錦糸町を通過します。」

 玄月2尉と御園生局長は顔を合わせ頷く。

 そうして口を開いたのは玄月2尉。

「輸送車両は錦糸町にて一時停車。3人目の操縦者アクターを拾い小岩駅まで輸送します。東海林副長と噛崎君に通知急げ!」

 そうして御園生局長は今回の出現を鑑み汎用機の使用を考える。

「実戦壱番機と、汎用機を使用しましょう。固定作業開始。CIC采番オートナンバリング急いで。」

 それぞれが持つ軍人手帳に向けメッセージを発信する。

 その間も対象地域の避難が最優先に進められる。

 武力を行使する為、犠牲を出さない為で有る。

 これが、対電波放送局が例外無しに武力を行使できる唯一の条件で有る。

 発令所内CICでは采番オートナンバリング作業が進んでいる。

「目標群α、トラックナンバー1001-1070 ヒトマルマルヒト-ヒトマルナナマル感知。」

 最初の感で発見した目標約70体。

 その全てが小岩駅周辺を浮遊している。

「解析出ます!10m級壱型電波体バグファースト約50体。15m級弐型電波体バグセカンド約20体!」

 戦況は待ってくれない。

 場所は変わり地下格納庫。

 実戦壱番機と汎用機がホイストクレーンを使い輸送車両へ固定作業が進んでいる。

 そこにパイロットスーツに着替えた城未来が走り込んでくる。

 先にパイロットスーツに着替え餘目曹長が準備をしていた。

 突然曹長に話しかけられる。

「城1曹、例の頭痛は感じたか?」

「はい、就寝前、緊急招集がかかる前には。」

「そうか、私もだ、確信だな。」

 2人は一度その体を電波体バグに浸蝕されている。

 それ以来電波体バグ発生時には頭痛が起こる様になっていた。

 先の病室で餘目曹長に抱きついた際、感じた頭痛は共鳴ハウリングだった。

 スカイツリーの感より先に察知できるメリットはあるが、それでは軍は動かせない。東京スカイツリーからの反応があって初めて避難勧告ができるのだ。

 鐘倉さんは急ぎ汎用機の癖を書き換える。少しでも私の訓練機に近づけようと作業してくれている。

 私たちは急ぎコックピットブロックへと乗り込んだ。

「壱番機、汎用機、固定よし。発車準備よろし。」

「輸送スタート。」

 車輪のロックが外れ錦糸町駅までゆっくりと加速する。

 そこから折り返し小岩駅を目指していく。

 そこへちょうど、弐番機を乗せた輸送車両が到着する。

 通知を受けた噛崎候補生が旅客車両へと近づく。

 扉が開き、中から東海林副長が現れる。

「噛崎君こっちだ!乗れ!」

 言われるがままに旅客車両へと乗り込む。

 発令所局員は旅客車両のドアのロックを確認し次の工程へと移る。

「鉄道信号発進。壱番機、弐番機、汎用機順次発進。」

 鉄道信号が発進の緑に切り替わり、待機していた車両全てが動き出す。

 加速する。亀戸、平井、新小岩を経由し小岩へと至る。

 通常11分かかる所を高速輸送により約半分で到達する。

 高速輸送される旅客車両では東海林副長による説明が行われていた。

「いいね、噛崎君。初実戦で悪いがいきなり出番だ。放送局の2機と共同作戦をとってほしい。もちろん単独行動はNGだ。」

「了解しました。ようやくボクの出番なんですね!」

 まぁそういうわけだと東海林副長。

 現在平井。戦地小岩迄後少し。

 徐々に加速していく輸送車両。

 高速輸送は3回目の城未来。だが慣れるものでは無い。

 この潰されそうな圧迫感。機体が軋む感覚。慣れない。

 順調に新小岩を通過。

「兵装選択、AP弾徹甲弾マガジンよし。」

 そこに無線が入る。

「城1曹。今回は訓練機ではなく汎用機である、無理はするな。バックアップは任せろ。」

 ありがたい。いつもと勝手が違う機体での作戦。正直不安である。それを餘目曹長がバックアップしてくれる。先日までなら怖くて乗れなかった。自分の責任の重圧に潰されそうになった。

 今は違う。ものすごく安心する。頼りになる。私は変われた。

 そうしてようやく、JR小岩駅へと到着した。

 壱番機と汎用機は固定具を排除。立ち上がる。

 ふと同時に輸送された弐番機を見る。コックピットブロックが閉まるところが見えた。東海林副長が乗り込んだのだろうか。それに腰に装備されてるアレは、刀?2本の刀の様である。

 程なくして無線が入る。

「はじめまして対電波放送局の操縦者アクターさん達。ボクは噛崎熾織。3人目の操縦者アクターだよ。」

 驚いた。かなり若い声の女性。ボクっ娘。東海林副長ではなかった。

 弐番機も続けて立ち上がる。

 そこに割って入る玄月2尉。

「各機オンステージ、各々その魂魄を賭す様に。」

 了解と応える。

「城未来、人型装機リンネ汎用機。」

「餘目遥、人型装機リンネ実戦壱番機。」

「噛崎熾織、人型装機リンネ実戦弐番機。」

「「「オン・エア」」」

 言葉を放つその刹那、機体のメインカメラ。その目がカシャっと音をたて緑色に変わった。夜戦対応赤外線カメラに切り替わったのだ。

 そこに東海林副長が話す。

「いいねみんな。小岩駅南口はサンロード、フラワーロードと商店街があるがいずれも狭い。人型装機リンネでの戦闘に向かない。北口側は火力支援が詰まっているのでこちらも降りなくていい。可能な限り高架の上で対処しろ。尚、架線は薙ぎ倒して構わない。人命救助、殲滅が最優先である。」

 再度了解と応える。

「城1曹。初めての夜戦だろう。視界が悪くモニターも緑一色になる。AIの発するアラートを聞き逃すな!……よし、私のスナイパーライフルで引きつける。フォワードを頼む。」

「はい!」

私たちは架線を薙ぎ倒しながら出現報告のある河川敷の方へ走り出した。

 途中こちらを見つけた電波体バグが寄ってきた。射撃効果無し。まかせてと飛び出した弐番機が組み付かれてしまった。その数約10体。

 バリアを展開する。

 まずい、これは錦糸町事変と同じ道を辿る。

 私と餘目曹長は焦る。

 しかしそれを切り裂いたのは元気な無線の声だった。

「ボクは凄いよ……!二天一流正ノ型・閃!」

 瞬きすれば見過ごしている。

 その間僅か0,2〜3秒。

 くるりと機体を回し、バリアに組み付いた電波体バグを切り裂いた。

 先んじて、右手の刀で電波体バグの表皮をバリアごと引き裂く。続け様逆の手、その刀でコアを空間ごと捻じ曲げた。

「ふふん、これぞ鬼を断ち神を滅する二対の刀。二天一流鬼斬神葬二対一刃!そして英霊 《新免武蔵藤原玄信・シンメンムサシフジワラハルノブ》だ!」

 なるほど、鬼斬刀と神葬刀か。

 見た感じ浸蝕短SAM……浸蝕対電弾の機能を内蔵した刀に見える。

 ということは刀故振り抜かなければその刀身も捻じ曲げてしまうのか。

 それにしても強い。さらに英霊AIはあの宮本武蔵か。なので2本の刀なのか。

「避難完了報告。火力支援を開始します!」

 小岩駅北口、イトーヨーカードーの看板が畳まれる。

 中からCIWS砲塔が出現。自動追尾で射撃を開始した。

 また地面が開き多数のミサイル発射管が現れる。

 炎を上げて皆既日食の暗い闇夜を切り裂いていく。

 小岩駅近辺の掃討は完了。再度河川敷へ向かい走り出す。

 途中高周波ナイフは刃こぼれ、AP弾徹甲弾は予備含め撃ち尽くしHE弾榴弾にて戦闘を行っていた。

 ふと横を見る、弐番機の刀も刃こぼれしていた。

「ボクのは簡単だよっ!」

 そう言うと、ガキンっと音を立て柄から刃が外れた。

 そうして腰部に3本ずつ装備されている刃に接続・固定。刃の交換が完了する。

 まぁナイフも交換するだけだから簡単なんだけどね?

「城君、餘目君、噛崎君高架を降り南下して欲しい。電波体バグの出現が南下し始めている。それからじきに江戸川病院が見えてくるだろう。そこに補給物資を用意する。受領するように。」

 了解と無線を入れ、河川敷で高架を降りようとする。

 するとそこには高架の上で右往左往する電波体バグが存在した。

 状況をすぐにくみ取る、御園生局長の声がする。

「あれは……、ちょうど県境ですね。東京23区内でしか発生報告ありませんでしたが、やはり他県には跨がないみたいですね。」

 構っている時間が惜しい。餘目曹長がおびき出し、私と噛崎1曹でコアを砕いた。

 そうして高架から降り、指定されたポイント《江戸川病院》へと急いだ。

 河川敷を走る。下手に街中に入れば充電電波が届かない。電波体バグが目視できないので、未だ河川敷を走る。

 ほどなくして大きな病院が見える。指定ポイント《江戸川病院》であるとAIからのアナウンス。

 敷地内に入る。交差点が地下予備格納庫入れ替わった跡がある。補給物資が並んでいる。

 急いで補給を済ませる。予備ナイフ、AP弾徹甲弾HE弾榴弾、浸蝕対電弾。

 あらゆる兵装を装備しなおす。

「リロード完了!いけます!」

「ボクもいいよ~。」

「よし、残存勢力を狩り尽くす。行くぞ!」

 江戸川病院からさらに南下する。

 そこには15m級弐型電波体バグセカンドがかなりの数密集していた。

 牽制。餘目曹長が浸蝕対電弾をスナイパーライフルで撃ち込む。

 それは牽制とは言えない、確実にコアを仕留める。

 打ち漏らした敵がこちらに気づき接近してくる。

「噛崎1曹、先程の様に囲まれないでくれ。流石に心臓に悪い。」

「囲まれて打ち払う技なんだけど、まぁわかった努力するね。」

 2人でフォワードを務める。

 噛崎1曹が表皮とバリアを引き裂いて、私がAP弾徹甲弾でコアを砕いていく。

 ひとつ、さらにひとつ。破壊していく。

 そこに入る錦糸町発令所からの無線。

弐型電波体バグセカンドが集約、特異電波体バグスター顕現します!」

 敵が一箇所に集まっていく。巨大な1つの電波体バグとなった。

 表皮が厚くなり、鬼斬刀、AP弾徹甲弾一切の効果無し。

 HE弾榴弾も表皮を軽く削るのみにとどまった。

「ボクの刀はあと1対ずつしかないよ〜。どうしよっか。」

「一度体制を立て直す。城1曹、噛崎1曹、第3次防衛ライン迄後退するぞ。」

 了解と無線を入れ、特異電波体バグスターから離れる。

 河川敷を若干北上、距離を取る。

「厄介だな、あの体躯。異常なまでに密集している。小岩駅からの火力支援は届かないか、砲雷長?」

「CIWSはどう考えても無理だな。浸蝕短SAMであれば飛距離は問題無いが、戦闘効果が不明だ。理論上は表皮ごと空間を捻じ曲げる。だが、弐型電波体バグセカンドレベルの集合体だ。バリアも強力になっていると考えるべきだろう。」

 局長が親指と人差し指で唇をつまむ。

「試してみましょう。小岩駅周辺は掃討済みですね?残りは江戸川病院南方。浸蝕短SAMを全て向けましょう。人型装機リンネ小隊は巻き込まれに注意し後退。戦闘効果を確かめましょう。これでダメなら、神葬刀も浸蝕対電弾もダメでしょうからね。」

 まったくそのとおりである。浸蝕短SAMの小型化が浸蝕対電弾。SAMがダメなら効果は期待できない。

 攻撃に向けCICが忙しくなる。

「目標特異電波体バグスター、35度72分ノース、139度89分イースト。」

浸蝕短SAMサルボー地対空ミサイル攻撃初め

 小岩駅南口。サンロード商店街の道路が端から順に開いていく。サルボーの掛け声で炎を上げ空へ舞い上がっていく。

 街灯があるといえど皆既日食の夜は暗い。

 ミサイルの炎が比べ物にならないほど明るく輝いている。

 空へ舞い上がったミサイルは規定高度へ到達し角度をつけ目標に向け速度を上げる。

 人型装機リンネ小隊は爆撃に備え、河川敷を降り、傾斜に身を隠す。

 ちょうどその時である。特異電波体バグスターが咆哮した。

 声を上げ巨大な触手を振り翳した。そうして触手を振り回す。

 直撃直前だった浸蝕短SAMはその悉くを撃ち落とされた。

 浸蝕短SAMによって抉られた触手は自己修復を経て復活する。

「浸蝕短SAM戦闘効果無し!直撃しませんでした!」

「ある意味万事休す……か、局長!」

「仕方ありませんね。触手ごとコアを抉り取るしかありません。対象地域の避難状況は?」

「は、報告では100%完了している模様です。そのほか隣接地域も順次避難完了報告が上がっています。」

「民間人への被害は局長責任です。星対空浸蝕衛星弾を使用しましょう。軌道衛星へのアクセス開始。誤差修正010、012ぜろひとぜろ、ぜろひとふた

 局長は腰に下げた鍵束から電子キーを取り出す。

 局長席にある赤い蓋を開けキーを刺し、回す。

 赤から緑へランプが切り替わる。

「認証キー確認。軌道衛星ミサイル発射シークエンス開始!」

「聞こえますかみなさん。戦闘効果の見込めない特異電波体バグスターに対し星対空浸蝕衛星弾を使用しこれを殲滅します。つきましては、通常ミサイルの比ではない爆風が襲います。おそらく地下を抉り出すほど。土手を登り街側に入り、爆風を防御してください。」

 非常に危険な兵器の使用を発案した。

 だが現状これしか対処できないと判断した為である。

 避難は完了しているらしいが逃遅れがいた場合間違いなく助からない。

 次いで人型装機リンネ小隊。爆心地に近すぎるが。地下に退避させてもおそらくミサイルが抉り出す。土手・堤防の傾斜を使用し伏せていて貰おう。

「星対空浸蝕衛星弾投下準備よろし。」

 局員が告げる。その威力は原子爆弾に及ばなくてもそれに準ずるものである。

 小岩周辺の復興が急務となる。

「これを倒さなければ、別地域でも被害を出す個体でしょう。確実にここで仕留めます。……星対空浸蝕衛星弾……投下開始。人型装機リンネ小隊対衝撃閃光防御。」

 兼坂砲雷長が復唱する。

「せ、星対空浸蝕衛星弾、投下。」

 遥かな宙。そこに浮かぶ軌道衛星。星対空浸蝕衛星弾がリロードされる。

 ガコンと音をたて弾が1発発射位置へ移動する。

 指定されたポイントへの移動が完了する。

 弾が1発堕とされた。

 成層圏を抜け重力に引かれ加速する。さらに加速する為点火する。そうして凄まじいスピードで目標地点へ堕ちていく。

 案の定特異電波体バグスターは触手を使い衛星弾を払う。がその質量故重さを使いコア付近まで到達、信管が炸裂しコアを捻じ曲げた。余波が来る。搭載された火薬が爆発する。

 爆風が周囲を巻き込む。建物を悉く破壊し尽くす。

 土手を挟み反対側に居たはずなのに機体が軋む。

 ただ匍匐し爆風を耐えるしか無い。対衝撃防御。そして全てのカメラ類を遮断し閃光防御。

 キノコ雲があがる。衝撃の大きさを物語る。

 質量・爆風・浸蝕弾頭の3段構えだ。

 これで倒せなければ明日がない。

 衝撃でセンサー類は沈黙。現場では状況が把握できない。

 ――――――――――――――――――――

 錦糸町中央発令所。

「衝撃波来ます。モニター沈黙。」

 4駅離れた錦糸町発令所でも揺れを感じた。

「さて、どうなるかな。現在人類が誇る最大火力だと思ってる。水爆を除いてね。それも電波体バグに特化した最大火力だ。あとは小岩駅の旅客車両。東海林副長が心配だけどあの人なら生きてるでしょう。」

「そうですね、あの人なら生きてそうですしね。」

 程なくしてセンサー類が回復する。

「センサー復帰します。」

「さあ、どう来るかな。」

 答えは残酷なものだった。

『ブー!ブー!ブー!』

「アラート!爆心地に高エネルギー反応!!!」

 まずった……、仕留めきれなかった。

 対電波体バグ最大戦力を持ってして仕留めきれなかった。

 これ以上有効な手はない。核兵器は使用できない、人道的に不可能だ。よって手詰まりである。

「これは、まずいね。流石にこれ以上を現場に求められない。」

「局長、撤退命令出しましょうか?」

 御園生局長は唇を噛み締める。

 続けてカメラが復旧。

「ドローンカメラ復旧!モニター出します!」

 驚いたことにそこには特異電波体バグスターの姿はなく、ただ焼け爛れた台地が広がっていた。

「にげられた!?」

 そこで御園生局長が気付く。

「スカイツリーからの感は!?」

「あ、はい、お待ちください……、パッシブ、アクティブ共に感なし!」

「爆心地の高エネルギー反応は浸蝕衛星弾による物と断定!アラートは誤報です!」

「目標消滅!、じょ、状況終了!」

 よかった。電波体バグの実態は、スカイツリーの感で判断する決まりである。

 状況が緊迫しすぎていたため誰もが忘れていた。

 あの御園生局長でさえ忘れていたのだ。

 ただ懸念点がある。

人型装機リンネ小隊はどうか?」

 爆心地にほど近い場所で防御していた人型装機リンネ小隊。

 復旧したカメラとセンサーで所在を追う。

「センサーに感あり、3つ。続いてカメラ出ます!」

 そこには3機の人型装機リンネ。熱で赤く色づいている。

 冷却機能全開で凌いでいた。

「無線回復します!」

「みんな大丈夫かな?」

 しばしの沈黙を経て返答が来る。

「ボク生きてる~。」

「私も大丈夫です。」

「私もだ、何とかこらえた。」

操縦者アクタ―バイタル確認。全員無事です!」

 かろうじて生きている。が正しい状況だろう。パイロットスーツの冷却も全開、衝撃により頭部エアバックは作動。そう、かろうじて無事なのである。

「対電戦闘用具収め」

 街に開け放たれた戦闘用具が片付いていく。

 もちろん中には電波体バグの攻撃、先の爆発により機能しないものもあった。

 即日地上部隊が修理に回る

 これも昼夜問わず突貫作業である。

 ――――――――――――――――――――

 時間が経ち、爆風で舞い上がった塵が晴れる。戦地小岩は南側が焼け野原となっていた。

 焼夷弾を思わせる惨状に。

 人型装機リンネ各機は武装こそ溶けて使用不可になれど自立歩行可能。

 JR小岩駅まで走って戻る。駅には旅客車両から投げ出された東海林副長が座っていた。

 無線機を耳に当てこちらに送る。

「まってたぞ。流石にすさまじかったな。レールは無事そうだが輸送車両がひっくり返った。すまないが人型装機リンネで戻してくれないか?鉄道輸送がままならない。」

 私たちは言われた通り3台の輸送車両と旅客車両をレールに戻した。

 そうして東海林副長が乗り込み、人型装機リンネを仰向けに固定する。

 作業員が居ないため仮固定である。高速輸送には耐えられないので通常輸送で帰る。

 ゆっくりと錦糸町に向け車両が加速し始める。

「餘目曹長。今回ばかりは色んな意味で死ぬかと思いましたね。」

「そうだな、上はあんな兵器まで隠し持っていたのか。」

 予想をはるかに超える破壊力。逃げ遅れていれば間違いなく助からない。人型装機リンネ冷却全開でも表面は溶けた。

 その上、爆心地は浸蝕弾頭が炸裂し、空間を事象ごと捻じ曲げた。

 その跡が残っている。根こそぎ地面を抉り取り。半球状に穴が空いていた。10mある人型装機リンネが収まりきるほど。

 そして爆発の威力。半径にして2kmは吹き飛んだだろう。

 よく耐えられてたものだ。恐ろしい。

 鈍行列車に揺られ行く。今は遥か錦糸町まで。

 現在時刻23時52分ほぼ日付変更である。

「城さん、それから念のため呼び出した鐘倉さん。本日の状況を鑑み、明日課業は休みとします。申し訳ないけどこの後報告書作成があるから、終わったらゆっくり休んでね。」

 ありがとうございますと答える。

 この時間に帰って忘れないように即日報告書作ったらもう明日だ。

 勤務している以上それは覚悟していた。

 輸送車両に揺られふと皆既日食の夜だと気づく。

 機体のメインカメラを望遠に切り替える。

 月をアップにする。仰向けだから限界はあるがカメラにとらえた。

 月輪と日輪のに見守られ、今日の作戦は完遂した。

 それは地域の消失という多大な犠牲も払いつつ辛くも収めた勝利である。

 メインモニターに映る月輪を見つめる。

 初めての夜戦、新しい仲間、段々と強さを増す電波体バグ。戦いは間も無くターニングポイントに突入する。

 しかし同時に回帰不能点ポイントオブノーリターンが迫ってる。

 選ぶしかない。この戦いの行く末を。

 ――――――――――――――――――――

 浸蝕衛星弾の使用により、弐型特異電波体バグスターのこれを殲滅する事に成功した対電波放送局。

 しかし払った犠牲もまた軽視できないものであった。

 休む間もなく現れる特異電波体バグスター

 対電波放送局は未曾有の危機に瀕する。

 次回、《流々転々》

 私達は、またひとつ真実に近づいた。

 

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