第62話 ルート 刃

 

「「え」」

 

 声が重なる。

 浴場にいたのは、ジン

 風呂に入って、上がったところ。

 つまり身にまとうものなどなにもない状況。

 湯気と広い浴場でジンということとジンが全裸だということしかわからない。

 いや、それがわかっただけで十分だろうか。

 

「うわーーーー!」

「ごめんなさーーーい!」

 

 スパーンと扉を閉めて踵を返し、ダッシュで脱衣場から出る。

 どこをどう走ったかよくわからないが、気づくと裏庭の畑の前に来ていた。

 そこで一気に息を吐き出す。

 

「ああぁ……! やってしまったぁー!」

「コンコーン」

「ぽんぽこー」

 

 すりすりと左右からおあげとおかきが慰めてくれる。

 顔を両手で覆い、しゃがみ込む。

 完全にリョウのミスだ。

 ロッカーの忘れ物確認を怠った。

 ちゃんと確認していれば、使用中のロッカーがあることにも、人が浴場にいることにも気づいたはずなのに。

 

「……で、でも……見てない……し」

 

 肌色はわかった。

 けれど肝心なところは多分見てない。

 咄嗟だったのでわからなかった。

 いや、そんな話ではなくて。

 

「ちゃんと謝らないと……」

 

 はあ、と溜息を吐き気合いを入れて立ち上がる。

 ふと、少し崖になったところの下に広がる畑を見下ろした。

 端の畑の一画は、リョウが植えた小麦が芽を出している。

 この世界『エーデルラーム』は、畑に調節魔石を置いておくと自動で適温に維持されるという。

 魔石は様々なことに利用されているが、こんなことまでできるのだから万能だ。

 

リョウちゃん」

「ひえ!」

 

 後ろからかけられた声に驚いて振り返る。

 ちゃんと服を着たジン

 けれど髪は半乾き。

 慌ててリョウを追いかけてきたらしい。

 

 

「ジ、ジンくん、ご、ごめんなさい! わざとじゃないの! 確認不足だったの!」

 

 腰を九十度に曲げて頭を下げる。

 するとジンは「謝らなくていいよ、大丈夫……大丈夫というか……うーん」と口籠った。

 それはそうだろう。

 リョウだって全裸を見られたら、簡単には許せない。

 まともに顔を見るのも難しいと思う。

 

「あ、あの……リョウちゃん……その……本当に怒ってないよ」

「なにか、お詫びを……したいんだけど……な、なにがいい? 私にできることなら、なんでもする!」

「うっ! ま、待って待って、そんなこと言われたら、変なこと頼みそうになるから!」

「へ、変なこと!?」

 

 思わず身構えるリョウ

 おあげとおかきが前のめりになってリョウを守ろうとするが、相手はジンなのでそこまで警戒しているわけではない。

 しかし、ジンが以前リョウに言ったこと――。

 

「いや、えと……さすがに『付き合ってくれ』とは、言わないけど……でも、その……二人で出かけたい……とか、言いそうになる」

「え……そ、それって、デートってこと……?」

 

 そのくらいなら、と思って顔を上げると顔を真っ赤にしたジン

 なんだかこちらまで照れてしまいそうな顔になっている。

 

「っ、う、うん。一緒に出かけてほしい。……オレは、一ヶ月後、リグさんが元気になって、元の世界に帰れるようになったら――リョウちゃんと帰りたい」

「っ……私は……」

「わかってる。リョウちゃんは残りたいんだよね。でもオレはまだ一緒に帰れたらな、って思ってるんだ。向こうで、リョウちゃんと、結婚したい」

「うっ」

 

 また、ストレートに告白されて俯いてしまう。

 リョウは元の世界に未練がない。

 けれどジンは元の世界にリョウと帰りたい。

 二人の気持ちが交わることはないのだ。

 それを変えるには、ジンリョウを連れて帰れるように説得するしかない。

 ジンにそこまでの好意はまだないので、ジンリョウにそれほどの想いを持たせられるかが勝負。

 

「だから、今度一緒に……出かけてくれないかな。オレ、頑張るから」

「……う、うん……それでお詫びになるのなら……」

「お詫びじゃなくても出かけてもらえるように頑張るね」

「えうっ! ……う、う、うん……あ、それじゃあ、明日、一緒に行く……?」

「明日?」

「う、うん。リータさんにダンジョンの果物を採っておいでって勧められたの。冒険者登録もしておきたかったし」

「うん! 行くよ! 前に行けなかったし!」

 

 それじゃあ、明日。

 と、約束して別れる。

 男湯の湯を抜いてその日は眠った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日、ジンと二人でダンジョンに向かった。

 町から出る前に冒険者協会で冒険者登録をして、果物探しに勤しんだ。

 戦うのはおあげとジンに任せ切りになってしまったが、ジンはずいぶんと強くなっていた。

 

ジンくん、本当に強くなってるね」

「身体強化の魔法のおかげかな。でも身体強化を使ってもノインくんに勝てないんだ。オレも小さな頃から剣道習ってるから、ノインくんにちっとも勝てないのはちょっとへこむんだよね」

「あー」

 

 それはそうだろうな、と笑う。

 栗も拾って色々な果物を収納宝具に入れていく。

 一休みすることにしてプルアの実の木の下で座り、リョウが作ってきたお弁当を食べる。

 

「うん、美味しい」

「500ラームになりまーす」

「あ、はい」

「毎度ありがとうございまーす」

「……なんか、リョウちゃん変わったよね」

「え?」

 

 お金をもらうと、ジンが少しだけ困ったように笑う。

 もしかして呆れられただろうか?

 少し不安に思った自分の反応に、自分で驚いてしまった。

 これではまるでジンに嫌われたくないと思ったような――。

 

「前から明るくなった、とは思ってたんだけど……多分、明るくなったって別にリョウちゃんが変わったわけじゃないんだよね。オレが知ってるリョウちゃんっていつも俯きがちで目を合わせてくれないんだけど、今のリョウちゃんは心から楽しそうに笑うし話しやすい。……今日改めて二人……と、おあげとおかきと出かけてみて思ったんだけど……リョウちゃんがこの世界に残りたいって言ってた意味がちゃんとわかったって言うか……」

ジン、くん……」

「きっと今のリョウちゃんが本当のリョウちゃんなんだよね。こっちの世界なら本当の自分でいられるって、こと。オレもそれは……わかってたんだ」

 

 言葉が途切れる。

 ちゃんとリョウのことを見て、その変化を理解してくれている。

 歳が同じの男の子なのに、リョウのことをそこまで。

 

「――やっぱりオレも残るよ」

「え!」

「今のリョウちゃんのこと、もっと知りたいから。残って一緒にいたい。家族には、他の人たちに手紙を書いて持っていってもらう。リグさんとリョウちゃんと、鍵があれば送還魔法はいつでも使える、でしょ?」

「あ……」

 

 そうだ。

 なにも全員一緒に帰る必要はない。

 しかし、それでも帰りづらくなるのでは。

 

リョウちゃんが結婚したらキッパリ諦めて帰るけど、それまでは――」

「ジ、ジンく……」

 

 手が重なる。

 柔らかな笑みで見つめられて、顔が熱くなった。

 

「もっと意識してもらえるように頑張るね」

「う、ううう」

 

 

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