第32話 召喚警騎士のお仕事
キィルーがフィリックスを撫でて慰める。
切ない。これは切ない。
あまりにも表情が虚無のフィリックス。
いや、絶望か。
「召喚魔の力になるのが召喚警騎士のはずなのに……」
「フィリックス、そう気落ちするな」
「で、でも、レイオンさん……」
「これから少しずつ変えていけばいい。少なくともお前さんは休憩時間も休日も潰してここに来ているだろ? 真面目にやってるやつは、ちゃんと認められるさ」
ぽん、とレイオンがフィリックスの肩を叩く。
召喚警騎士団は『聖者の粛清』により流入した召喚魔たちと、元々『エーデルラーム』に棲む人々が共生していくのを手伝うために設立されたようなものだ。
それがまるで機能していないどころか、警戒されている。
フィリックスとキィルー、そしてミルアとオリーブ、スフレは――休みもなく本当に頑張っているということを。
「そうそう。ボクもフィリックスさんは召喚警騎士中の召喚警騎士だと思うよ!」
「お、オレも! オレもそう思います!」
「は、はい! それは私も! いつもすごく頑張っていて、心配なくらいですよ!」
「み、みんな……」
我らは見ているよ、頑張っているの知っているよ、と慰めて、ようやく顔を上げてくれるフィリックス。
それを見て子どもたちも「大丈夫そう」と納得したらしい。
(うん、そうだよね。大丈夫だよね。フィリックスさんたちなら……)
ダロアログに囚われている“彼”を、助けられるかもしれない。
そうすれば召喚された日から続く、まとわりつくような不穏さから解放される――かも。
「じゃあ行こう! こっちだよ」
「ダンナさん、具合悪そうだから大きい声出しちゃダメだよ」
「よ、よくわからんけどわかったよ」
獣人の子どもたちに案内されて、
道なりに進むと白い煉瓦造りの塔の頭が見えてきた。
森を抜ければすぐに辿り着くのだが、今日はその森の中から唸り声が聞こえてくる。
一瞬気のせい? と思ったがそんなことはなかった。
「うおおおおお!?」
「ぎゃー!? なに!?」
「
「ひいっ!」
そうでなければ森から飛んできた“引っこ抜かれた木”にぶつかっていたと思う。
獣人の子どもたちとマカルンもノインとレイオンが抱えて避ける。
「っ!」
「ノイン!」
レイオンが弟子の名を叫ぶ。
そのノインは、森から引っこ抜いた木を叩きつけてきた巨木
「おじちゃん!」
「ガウバスさん……!」
雄叫びをあげ、逆立てた毛でより巨大に見えるそれはリグの側にいたガウバスという獅子の獣人だ。
フィリックスの腕輪が警告音を鳴らす。
『生体反応に登録データあり。ガウバス。【獣人国パルテ】流入召喚魔。召喚警騎士及び警騎士への暴行傷害歴あり。賞金額、二千万ラーム』
「っ!? 賞金首の獣人、だと!?」
「え! ガウバスさんって賞金首だったんですか!?」
それは
森の木を再び引っこ抜き咆哮という威嚇で以って対峙した。
「やる気なの!? ちが、違う違う! ボクらは君を捕まえにきたわけじゃ――!」
「ガアアアアアッ!」
「くっ! 仕方ない、やるぞキィルー!」
「ウキィ!」
フィリックスが緑の魔石がついた腕輪をかざすと、魔力を込める。
「我、フィリックス・ジードの
キィルーの姿がフィリックスの中へと溶けるように消えて、その両腕が巨大な猿の両腕に包まれた。
振り下ろされた木を両手で受け止め、掴む。
拮抗しているように見えるガウバスとフィリックスたちだが、次第にフィリックスたちが押し返していく。
右手を痛めているはずなのに。
「話を――話を聞くつもりはないか!」
「がるるるるる!」
「仕方ない! 悪く、思うな!」
木を掴み、木を持っていたガウバスを持ち上げる。
あの、三メートル近いガウバスの巨体と木を! 両方!
その上それを、塔の方へと投げ飛ばす。
「えーーーっ!」
「あ、
「フィリックスとキィルーがあの状態の時に殴り返すシド・エルセイドがおかしいよね」
「ええええぇ……」
見慣れているらしいノインと
憑依状態のフィリックスとキィルーの拳を受け止め、むしろ殴り返したシド・エルセイド。
賞金額三十億ラームは、やはり伊達ではないらしい。
「ガウバスのおじちゃん!」
「あっ」
「あああ、ガウバスさん、ど、どうして……」
「さっきの獣人、知り合いなのかい?」
レイオンが周囲を確認しながら、マカルンと子どもたちに聞く。
彼らは同じ【獣人国パルテ】の出身のガウバスを、とても頼りにしていた。
時折現れる野盗などから、守ってくれるからだと言う。
それだけでなく村で大きな喧嘩などがあれば、あの体で仲裁してくれる。
「シシオ種の獣人は強くて逞しくて、獣人であれば憧れなんです! 彼はいつも、村に住んでいなくとも村のために手を貸してくださる、心優しく誇り高き隣人です! どうかお許しくだせえ。きっとダンナさんの体調が悪い中、召喚警騎士が現れて気が立ってしまったのです!」
「来ただけで攻撃されるほど気が立ってしまうのか、召喚警騎士って……」
「フィリックスさん、ちゃんと説明すればきっとわかってくれるよ! 落ち込まないで!」
「そ、そうですよ!」
「そうです、そうです!」
もはやマカルンさんまで慰める側にまわっている。
それほどまでにフィリックスが震えながら悲壮感に苛まれた顔になっているので仕方ない。
ワーカホリックになるほど毎日頑張っているのに、この結果は悲しすぎる。
「ところで、その腕輪、初めて見たけどなにー?」
「あ、ああ、億越えの顔がわからない馬鹿な召喚警騎士がいたから、導入されたんだ……」
「え、それって、まさかフィリックスさんたちのことじゃないよね?」
ノインが言っているのは先日のあの時、シドが顔を晒して現れた際、ダロアログに言われるまで確信が持てなかったミルアたち。
フィリックスがスフレに確認するように言ったのは、万が一の間違いを起こさないためだ。
まさかそれを小馬鹿にしてフィリックスたちをダシに、現場に出もしない貴族召喚警騎士のため賞金首を判別する新機能搭載の腕輪を支給した、なんてそんな馬鹿な話――。
「そう」
「「「「………………」」」」
震える
この震えが貴族の無能さに恐れを抱いたせいなのか、その無能さに振り回されまくるフィリックスたちへの同情からなのか。
はたまた両方なのか、判別は誰にもつかない。
「フィリックスさん、ボク思うんだけどフィリックスさんはもう少し自分の状況を客観的に見られるようになった方がいいと思うな。ボク社会人経験はないし国家資格がある公務員ってわけじゃないんだけど、明らかに悪意に慣れすぎていると思う」
「え? 悪意……?」
「ノイン、それは今話すと長くなるし、フィリックスだけじゃない気がするからやる時はまとめて、だ」
「あ。了解です、師匠」
笑顔で見下ろすレイオンに、なにかを察したノイン。
これが、ブラック企業に洗脳された社畜の姿。
疲れで判断能力が著しく低下している。
しかも戦闘面ではないところがなんとも言えない。
「さっきのでかいのが復活する前に捕縛しよう。マカルンの話じゃ悪いやつじゃなさそうだから、ひとまずしっかり話をすれば理解はしてくれるだろう。無罪放免ってわけにはいかないが、流入の時に混乱して召喚魔法師や騎士に襲いかかってきた異界民は多かった。彼もその類だろう。話せばわかってくれるさ。マカルン、手伝ってくれ」
「は、はい」
みんなで頷き合い、塔へと向かう。
見えてきたのは、塔の扉を盛大にぶち壊して気を失っているガウバスと、そのガウバスに寄り添って声をかける垂れ耳犬の獣人。
「スエアロー」
「ガウバスさん大丈夫ー?」
「あ! お、お前ら……え! 召喚警騎士! ガウバスとダンナさんを捕まえにきたんだな!? 二人は渡さないぞ! ガルルルルル!」
獣人の子どもたちが駆け寄ると、ガウバスの側にいた犬の子が四足獣のように四つん這いになって威嚇してきた。
主に、フィリックスに対して。
先程のこともあって
「待て、待ってくれ。捕まえにきたわけじゃない。話を聞きにきたんだよ」
「うるさい! 騙されるもんか! お前らはそう言っていっつもオイラたちを馬鹿にして、住処から追い出すんだ!」
「っ……そ、それは……」
「ガウバスもダンナさんもお前らになんて渡すもんか! 帰れ!」
おそらくなにか勘違いをしているのだろう、とは思う。
住んではいけない場所に住んでしまった。
危険の多い地域だったり、誰かの私有地であったり。
しかし、それはこちらの世界の事情で流入召喚魔たちには関係ない。
突然異世界に連れてこられて、そう言われて追い出されても行く宛はないだろう。
チュフレブ総合病院でお世話になったウサギの獣人、ミニアも言っていた。「私は運がよかった」と。
「それは、確かに……いろんな召喚警騎士がいる。けれど、少なくともおれやユオグレイブの町は君たちを拒むつもりはないよ。本当だ」
「嘘だ! 嘘だ! 絶対騙されないぞ! そんなこと言うなら父ちゃんと母ちゃんを返せよ! それができないなら帰れ!」
思わずマカルンを見てしまう。
あの垂れ耳の犬の子は、よく見ればまだ十代になったばかりのように見える。
つまり二十年前に流入してきた子ではない。
その時流入してきた獣人同士の子ども。
二世というやつだ。
「そ、そうです。スエアロは第二世代の子です。ユオグレイブの町に来る前に両親と各地を転々として、果てに両親と引き離されてしまったそうです。その……こ、子犬の方が、売れるからと……」
「な……!?」
「そこをダンナさんが助けてくれて、ダンナさんがあの塔に来た時に一緒についてきておりまして……はぁ……」
肩を落とすマカルン。
この世界の人間が目を逸らす仄暗い部分。
さすがに連続でこれは……、と
「わかった。君の両親を捜す」
「!」
「だからもう少し話を聞かせてくれないか。特徴と名前と、両親の種族は同じなのか? 君は見たところシュナイダ種みたいだけど、両親のどちらかがシュナイダ種なのか? 他に兄弟は?」
「え、う、え? な、なんでそんなこと――」
「君の両親を捜すのに情報は必要だろう? せめてお父さんがお母さんの名前を覚えていたりはしない?」
すっ、と息を吸って吐いたあと、フィリックスが笑顔を浮かべて話しかける。
歩み寄ると、すぐにまた警戒態勢を取る犬の子に、それ以上は近づかずに声をかけ続けた。
地道だけれど、これが本来の召喚警騎士の仕事なのだ。
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