第26話 悪い男と正義の味方 1
お弁当箱を置いて食堂から出る。
冒険者協会は南門の近く。
もうすっかり慣れた道順――だった。
「お姉ちゃん!」
「え?」
手を掴まれて振り返る。
ズタボロの端切れでツギハギだらけの汚れた服を着た、八歳くらい男の子と女の子。
「え、だ、誰?」
「お姉ちゃんが栗のこと見つけた人でしょ?」
「お願いがあるの。栗のことで教えてほしいの」
「来て!」
「え、あ、あの、待って。危ないから引っ張らないで」
スラムの子どもだ、間違いない。
いくら生活環境が改善されつつあると言っても、町の南までスラムの子が出てくるとは思わなかった。
事情を詳しく聞こうにも、「栗のことを教えてほしい」の一点張り。
(ど、どうしよう? 北の方には行かないようにって、ノインくんに言われてるんだけどな……)
しかし、最近はレイオンもレイオンが雇った教師役の冒険者もスラムをよく訪れている。
栗の渋皮入りコーヒーを買いに来ているバイヤーも、たくさん来ているかもしれない。
別に大丈夫かもしれない、と諦めて行ってみることにした。
「こっちだよ」
「こっち」
「う、うん」
大通りを少し外れた道を進み、三十分ほど歩かされた末に見えてきたスラム街。
右側には巨大な樹が見える。
あれが町の外にあるエルフたちの居住特区『フエ』にある世界樹の苗木。
あの大きさで苗木なのだというから、驚く。
「こっち、こっち、もうすぐ」
「うん……」
スラム街、奥地。
座り込む人や、地面に寝転がる人。
柄が悪そうな男たちが集団でこちらを見る。
(……怖い……)
先程からおかきとおあげが毛を逆立てて小さく唸り声をあげているほど、空気がピリピリとしていた。
子どもたちは手を離してくれない。
さらに奥にある、トタン屋根の掘建小屋。
そこに「入って」と言われてさすがに躊躇した。
「あ、あの、栗について、どんなことが知りたいのか教えてくれるかな……?」
「早く入って! 早く!」
「待って……やめて!」
やはり様子がおかしい。
拒否しようとしたら、ドアが開いて手が
そのまま引き摺り込まれて、おあげとおかきはスライム状のものに取り込まれた。
「むんんんんんっ!?」
「よーしよーし、よくやった。やっぱりガキは従順でいい。ほらよ、約束の金だ」
「やった!」
「早く早く!」
二メートル近い大男が、子どもたちに一枚で一万ラームの硬貨を投げる。
子どもたちはそれを嬉々として拾って立ち去っていった。
それを見て、すべてを悟る。
騙された。
それも、金で雇われた子どもに!
「あんな端金で喜んで働くんだからガキはいいなぁ。しばらくここに住んで楽しむのもアリかも――なーんてな。ヨッ、一ヶ月ちょいぶりだな」
「っ……!」
口を覆う手を両手で掴むがびくともしない。
睨み上げると、卑下た笑顔が見下ろしてきた。
――ダロアログ・エゼド。
リグをあの塔に軟禁し、呪いをかけている卑怯者。
(おあげ! おかき!)
こぽ、と浮かぶ巨大な水の中に閉じ込められた二匹に手を伸ばすが、その手を掴まれて縛り上げられ転がされた。
扉は閉められ、口の中に布を詰め込まれてその上から布で覆われる。
「ったく、捜したぜ。オメーの首輪は特別製なんだからよぉ、この世に一つしかないんだぜぇ? ハズレにそのまま着けとくわけにゃいかんのよ」
「ん、んぐっ、んんんっ!」
「アッシュのヤローもシドのやつにビビって手ェ引くっつーしよぉ。これじゃこっちが赤字だっつーの。せめて元は取らねーとやってんねぇってワケで……」
「んぐぅ!」
持ち上げられ、麻袋の中に入れられていく。
このままではまずい。
町の外に連れ出され、殺される。
暴れるが相手は二メートル近い大男。
あっさり入れられて、視界もわからなくなった。
そのまま――おそらく担がれる。
トタン扉が開いて、閉まる音。
歩く振動にお腹に感じながら、必死に暴れるが助けてくれるような人間はスラムにはいない。
(まずい、まずい、誰か……誰か助けて……!)
情けない。
こんなに簡単に捕まって、殺されてしまうなんて。
涙が滲む。
どさり、と地面に下ろされて、麻袋を開けて頭だけ出された。
あたりを見回すと、先程とは違う石作りの窓のない部屋。
ランプが一つ、入り口の扉に煌々とついている。
「古の叡智の結晶。黒き富の石よ、真の輝きを我が前に示せ!」
「!?」
ダロアログが三十センチほどの杖を
首輪がゆるやかに光を放ち始め、首の周りに光の輪ができた。
それが次第に広がり、地面に魔法陣のようなものを型取り始める。
これは、まずいものだ。
体の中から、ゾワゾワとなにかが抜けていく感覚。
「チッ……リグの野郎、やっぱり俺を謀るつもりだったのか。封印されてやがる。だがまあ、この程度なら無理矢理破れる、か。ひぃー、楽しみだねぇ! 魔力が自由になったら……まずはやっぱり貴族どもを一掃するだろー? それからリグのやつにたーっぷり仕置きをして、シドのやつをぶっ殺して……あとは美少年を集めて〜」
「っ、っ!」
なにを言っているのか、わかりたくもない。
気持ちが悪い、とても。
首を横に振るが、途端に
光が急速に途切れて、
「なに!? どうなってやがる!?」
「“鍵”はテメェの【
「!?」
石扉に、バッテンの斬り跡が浮かぶ。
その跡の通りに石扉が崩れ、白いマントの男が逆光を背負って佇む。
「んんっ……!」
シド・エルセイド。
口を塞がれて名前を呼ぶことは叶わないが、彼の姿が見えた瞬間感じたのは安堵感。
対してダロアログの歪む顔。
フードを取り、口元の布も外したシドもまた、そのダロアログの歪んだ顔に微笑む。
「泳がせておいて正解だった。まんまと釣られてくれたな、このクズ野郎。今日こそぶち殺してやるから観念しな」
「ク、クソが……! リグと結託してやがったのか」
「むしろなぜリグがお前の思い通りに働くと思った? アレは俺の弟だぞ? 言わずとも俺に味方するに決まっているだろう。……さあ、今日こそ返してもらう。テメェは死ね!」
「クソがぁ!」
「んんん!」
両手に似た剣を構えたシドがダロアログに飛び出そうとした瞬間、ダロアログは
シドが左手の剣を手放して、
剣圧で石扉と反対の壁が吹き飛んだ。
煙でダロアログの姿が見えなくなる。
「……」
目を丸くする。
というか、シドは剣を振っただけだ。
壁と天井が跡形もない。
「本当に逃げ足ばかり速いクソ野郎……殺す」
「ん、んん……」
本気だ。
シドは本気でダロアログを殺すつもりだ。
確かにリグがシドの弟ならば、ダロアログに対して
しかし――。
(ダロアログを殺してしまったら、リグは呪いでご飯が食べられなくなって……飢え死にしてしまう……! シド、ダロアログは生捕りにしないとダメ!)
リグには『ダロアログが持ってきた食糧以外を口にできない』呪いがかけられていると言っていた。
まさか知らないのか。
だとしたらまずい。
必死に呼びかけるが、
(ほ、放置!?)
それはそれで困るのだが。
「動かぬようにな」
「んむっ!?」
と、思ったら背後に
麻袋から
「あ……ありがとうございます」
「こちらも」
「あ! おあげ! おかき!」
「コ、コォン……」
「ぽっぽこっ」
二匹を受け取り抱き締める。
湿っていた。
なんにせよ、生きていてくれて本当にホッとする。
「あ! ふ、
「呪い? 主人の弟君に会われたのか?」
「はい! リグは言ってたんです、自分はダロアログに『ダロアログの持ってきたもの以外は口にできない呪いにかかっている』と! ダロアログを殺してしまったら、リグは飢え死にしてしまいます!」
「っ!」
仮面でわかりづらいが、
やはり、知らなかったのだ。
「どこまでも卑劣な……」
「私も行きます! 止めないと!」
「わ、わかりました。くれぐれも拙者の側を離れぬよう」
「はい」
さっきからスラムのあちこちで爆音がする。
爆音というより、戦闘による器物損壊、崩壊の音。
シドの剣は触れただけで壁と天井を斬った。
あれが何度もダロアログを狙っているのなら、町の中が大変なことになる。
ダロアログはおそらくわざと町の中を逃げ回り、スラムの住人をシドに投げつけては人質のようにして逃げ切ろうとしているのだろう。
「あちらだ」
「わっ」
ドッドッドッ、と連続で建物が壊れ、粉塵が上がる。
町の中は阿鼻叫喚。
あちらこちらから悲鳴が聞こえる。
逃げ惑う人を避けながら、建物が崩壊した方へ向かうと広場があった。
ダロアログがシドの剣を自身の大剣で受けたのが見える。
が――。
「ぐあああああっ!」
その大剣ごと、ダロアログが吹っ飛ばされて建物を貫通していった。
死んだのではないか、あれ。
「お待ちください! 主人! ダロアログを殺すのはお待ちを!」
「は?」
だが、確実に息の根を止めようと一歩、吹き飛ばしたダロアログのところへ向かおうとしたシドの殺意に満ちた目を見た途端、
「ダ――ダロアログが、弟君に、呪いをかけている可能性が――」
「呪い? ああ、あのクズが持ってきたモン以外モノを食えなくするやつか」
「ご存じだったのですか!?」
「解呪する目処は立っている。止めるな」
「――は、はっ!」
シドは知っていた。
リグの呪いを。
その上で、ダロアログを殺して呪いを解く算段がついている。
「そこまでよ!」
だが、そこへ場違いなほど果敢な声が聞こえてきた。
驚いてその声の方を見ると、ミルアとフィリックス、スフレ、ノインと
これだけ騒げば召喚警騎士団に通報がいくのは当たり前だろう。
しかしそれでもまさか、
「え?
「なんで君がここに……!」
「リョウさん!? 危ないよ!」
「え、ええと……」
見つかった。
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