1-09 A Clockwork Orange
ゲームが作られたわけを知りたい。
シウと一緒に居たい。
その二つを同時に満たせる世界を理不尽に奪われたなら、脅かされたのなら、俺は一体どうなるのだろう。考えたこともない。
何故なら俺はこの世界で、負けたことがないからだ。
「防御ダウン積め、俺は右から攻める!」
「分かった、じゃあ俺は左から…!」
グラフィックが不完全でまるで体の中央に穴ぼこの空いたようなバグモンスター、ニーズホッグは黒く巨大な壁となり、たった二人のアバターをいとも簡単というふうにあしらってみせる。ニーズホッグの背丈のおよそ1/5ほどの大きさであるフユキとシウは両名共に受けるダメージは最小限に抑えながら、徹底的に攻撃と魔法を用いてニーズホッグをじわじわと弱体化させていき、徐々にヒットポイントを削る。
「効いてる…?」
「効いてるってことにしとこう」
一見無意味ともとれるフユキのその打撃は、シウの弱体化サポートの甲斐もあってか、今やニーズホッグのヒットポイントを半分くらいまで削りつつあった。
「こりゃひでえ、ろくに対策もせずに挑んだボスとの戦いって感じ」
燃えてくるねえ、と冬也は大きなダメージを与えるアビリティを撃った。真っ暗な空間でフユキの振るう大剣が揺らめく炎を纏い、そのままニーズホッグに斬りかかる。ヒットと共に大きな火柱が立ち、通常の攻撃では数ミリしか削れないゲージが、少し多めに減ったように見えた。
「あっ!フユキ、半分切ったよ」
知生がそう呼びかける。ゲージは半分を切り、緑色だったニーズホッグのヒットポイントのゲージは黄色へと変わった。
「おーし、このまま畳みかけっ……」
冬也がいける、と確信してそう口走ったその時。
突如、アバターの動きが緩やかになり、画面が暗転した。
それはバグによる不安定な切り替わりではなく、冬也も知生も、よく知っている演出によるもので。
「っ、これは!?」
「イベント突入演出…!?」
バグの発生しているエリアに入った時の唐突な背景の切り替わりとは違い、画面が徐々にフェードアウトするように暗転していく。そしてその後、用意されていたであろう映像が流れ始めた。
〈嘲笑う虐殺者―――Nidhogg―――〉
ここで初めて、イベント演出中でニーズホッグというモンスターの全貌、そして戦いの舞台の様子が明らかとなる。
暗雲立ちこめる荒れ果てた大地に、黒くそびえ立つ大きな影。ニーズホッグのその姿は筋骨隆々な暗黒のドラゴンで、真っ赤な瞳をぎらつかせて唸りながら、鼻からもくもくと煙や炎を吹き出していた。それは粗いグラフィックの見た目からは想像も付かぬほどの圧倒的な威厳を放っており、画面の前のプレイヤーに向かって低く突き抜けるような声で吠える。
すると突如、ニーズホッグの周りを赤く揺らめく炎のようなオーラが取り囲み、天を覆い尽くしていた暗雲を突き抜けるほど高く、殊更に赤い炎を吹いてみせた。
そこで映像は途切れ、黒い背景に白いゴシック体の文字が躍る。
《ミッション発生!
協力者と共に暴走したニーズホッグを倒せ!》
〈多人数参加型ミッション〉
〈戦闘に参加表明したプレイヤーの攻撃力を合計した数値が、
一度の攻撃で与えられるダメージ値になります。
多くの協力者を募り、エネミーを撃破しましょう。〉
〈本ミッションはタイムアタック制で、制限時間内(5分)に
エネミーを撃破できなかった場合はゲームオーバーとなります。〉
「……は、」
参加表明したプレイヤーの攻撃力を合計した分だけ、ダメージ値が増える。つまり多くの協力者を募れば募るほど、このミッションは有利になる。この手の多人数参加型のイベントは久しく行われていなかったので、冬也は心底面食らった。
そして、制限時間内に敵を倒せなかった場合。ぐるぐると廻り始めた冬也の視界で、「ゲームオーバーとなります。」という文面だけがはっきりと見てとれた。
〈参加するプレイヤーは、参加表明を行ってください。〉
参加する…いや、参加できるプレイヤー。
「そんなの、俺達しか、居ないよね」
縋るような、震えた声がヘッドホンの向こうから聞こえる。知生はおそるおそるといった風に参加表明を行った。
「……」
何も答えられず、開いた口も塞げないまま、黙って画面を見つめる冬也。画面の右上で、参加を締め切るタイマーが100、99、98…と数字を減らしていく。彼の心臓の鼓動はBPM60よりも早く、ほとんど倍テンポで高鳴り、握りしめたコントローラーは分かりやすいほど手汗で滑りやすくなっていた。
―――まさか、
冬也は、極度の焦燥感の中、少し前に父親と交わした会話を回想する。
--
「お前、また知生くんと出かけるのかぁ」
冬也の父―――六刻幸広が、夕飯を終えたのちのテーブル越しに友達は作らないのか、と嘆く。幸広は未成年である冬也に構わず晩酌中で、アルコールのせいかその頬は少し赤みを帯びている。
冬也は次の日に、知生を引き連れてとあるアーケードゲームの先行ロケテストに繰りだそうと目論んでいた。それは随分昔からゲームセンターを中心にサービスを展開している作品で、冬也もネットゲームほどではないがそれなりに好きな作品なので、楽しみにしていたのだ。
「人生において気の合う友人は片手に収まる人数居れば良い方だって言ったのは父さんだろ。俺にとってのそれが、あいつってだけ」
「あ、確かに言った。なるほど、そういうことね」
曖昧に納得して、ビールを煽り、うめぇ、と唸る幸広。だがな、と続けて、
「否定はしないけど、そうやって視野を狭くしてると、いつか足元すくわれるぞ」
と笑いながら冬也をたしなめた。
「……ふーん…」
己の持論をやんわりとでも否定され、冬也は顔を背ける。
「冬也の場合は、ある程度致し方ないかも知れないけどな。でも、周りの人間と上手くやっていけないようじゃ、きっと社会でも、それこそゲームでも通用しないと思うぜ?」
ゲーム?何故ゲームの話になる?何処か引っかかったような表情の冬也をよそに幸広はよっこいしょ、と立ち上がり、
「協調性。もー少し大事にしてみたら?」
ヒラヒラと手を振って、自室に消えていったのだった。
--
「…フユキ…?」
ヘッドホン越しに自分の名前を呼ばれ、冬也は我に返った。参加表明の締め切りを示すタイマーは半分を切りかけていた。
「悪い、考え事してた」
はぁ、と大きなため息をついて冬也は参加表明を行った。続けて、
「タイマーはスキップしないでくれ」
と知生に告げたのち、癖で自分側の通話の音量をミュートにしてしまった。
参加表明が終了するまで50秒を切った。ひどい負け戦だ、と冬也は思った。仮にこんな空間に同時多発的に巻き込まれたユーザーが居たとしても、グラフィックの不確かなエネミーと戦わなければならないような状況で戦力になろうか?足手まといになってしまうどころか、彼等を助けることすら叶わないだろう。それに、制限時間のこともある。先程までのダメージ値のペースでは、制限時間である5分を切ることなど到底不可能だ、とすぐに思い当たった。悲しいかな、ダメージ理論値など即座に数値の計算が求められるゲームばかりしていると、こういうことに関しては頭が回りすぎる。
―――こういうことかよ、父さん。
知生は、冬也と性格はおろかプレイスタイルも対照的で、冬也が好戦的で先陣を切って飛び出すタイプなのに対し、知生は堅実、他者のサポートに回る役目に徹する。それゆえ、長い間彼と共に戦ってきた冬也は自分のプレイスタイルを曲げることなく、かつ以前より柔軟に戦場を駆け抜けることができた。
しかし、それと同時に知生以外の人間に合わせたプレイスタイルというものを失い、いつしか二人だけで戦うようになって、冬也は多人数で協力するということをすっかり忘れていた。
「……ははっ、」
独りごちる冬也。
協調性を大事にしろと、父親に半ば説教を食らったあの日。知生とだけ居られれば良いんだという自分の意志を曲げる気は毛頭無かったが、まさか父親が作ったゲームで同じ説教を食らうとは。しかも行き過ぎた、誰も助けてくれない、二度と取り返しの付かない場面で。
「ふざけんなよ。このゲームで俺にできないことなんて、無かったのに」
へらへらと笑いながら目を閉じ、頭の後ろで手を組んで、そのまま椅子の背もたれに背中を預ける。そして、数秒経って、
「この、」
唐突に着用していたヘアバンドを首元まで乱暴に下ろし、
「クソが、」
半ばゲーミングキーボードの上に雪崩れ込むように上体を机の方へ戻し、
「死っ…」
勢いよくヘッドセットのUSBコネクタをパソコンから引き抜いて、
「…ね、しね、死ねっ、死んじまえぇぇええええ―――ッ!!」
机を拳で思い切り殴り、床に置いてあったゴミ箱を蹴り飛ばし、深夜であることにも、その普段ヘアバンドで退かしている長い前髪が乱れるのにも構わず叫んだ。
「死ね!死ねっ、死ね!!死ねぇッ!!」
俺にはシウだけ居れば良いのに。
俺の価値観を否定するな。
俺の大切なものを否定するな。
あまつさえその大切なものもろとも巻き込んでこのゲームから消滅させるなんて。
こんな、こんなゲームは、
「消えろッ……」
手元にあった目覚まし時計を引っ掴み、ディスプレイに向かって投げつけようと身構えたとき。
参加表明を行っているプレイヤー数が2から3へと、増えた。
「……っえ…?」
荒くなった呼吸のまま、目覚まし時計を右手に持った冬也は間の抜けた声を出した。ふと見ると、締め切りまで10秒を切っている。戦闘開始の瞬間を悟って、慌てて目覚まし時計を机に置き、倒れた椅子を元に戻して、もう一度画面と向き合った。
〈まもなく戦闘を開始します。〉
〈Now Loading…〉
見間違いではない。確かに参加人数は三人になっている。しかしこんな時間に、こんな場所に、一体誰が?疑問だらけのまま、冬也は投げ捨ててしまったヘッドセットをもう一度繋ぎ直したのちミュートを解除した。
「あ、フユキ、よかった…繋がった…」
安堵したような知生の声が、耳元で聞こえる。今にも泣き出しそうな声色だった。
「ごめん、ケーブル抜けてたっぽい」
出任せを言いながら、冬也はコントローラーを握り直した。不安に駆られる知生の声を耳にし、俺は一体何をしていたんだろうと眉間に深い皺を寄せる。
しかし現実にはそんな間もなく、ロードが終わったらしい、先程までの真っ暗な空間に再びフユキとシウは解き放たれた。そしてその隣に、参加表明を行ったらしい三人目のアバターの姿も見えていた。
「は…っ?」
息を飲むような、知生の声。
そこに佇んでいたのは、長いパーマのかかったブロンドの髪を靡かせ、黒い騎士の衣装に身を包んだ、中性的で美しい男性のアバターだった。
『今晩は。初めまして、キヅキと申します』
チャット欄に、コメントが送られる。
「キヅキ…!」
その名前を口にすると、知生が本物なのかな、と怯えたような震え声で呟く。そもそも自分のアカウントを消されるか否かという瀬戸際での出来事なので、目の前のアバターもコメントも、まるで夢の中の出来事のように感じられた。
何故このタイミングで、こんな場所に、現れるんだろうか。
ほとんど奇跡ともとれる邂逅に戸惑う冬也に応えるかのように、キヅキはコメントを更新する。
『困っている方が居たので、助けに行こうかと思いまして。来ちゃいました』
まるで、予め連絡も入れずに男の家の前まで勝手に来てしまったお茶目な女のようなコメントだ。キヅキは続けて、前もって打ち込んでいたであろう文章を送ってきた。
『なりふり構っていられないので、僕の作戦を提案します。
エネミーのHPの半分を削るのに
フユキさんだけでおよそ35分かかったので
仮にシウさんのサポート無しなら45分かかるとしましょう。
三人の攻撃値の合計がフユキさんの攻撃値の三倍だとしても、
それでも15分かかるので5分は切れない。
だから、フユキさんのヒットアンドアウェイ戦法を捨てます。』
「とすると、避けずに攻撃にだけ専念しろってことか…?」
まるで先程までの戦いを見ていたような口振りのキヅキだが、一体先刻まで何処に居たのだろう。
『結論から申し上げると、僕が真っ正面からヒットアンドアウェイで応戦、
フユキさんは僕よりも軽くて速いのでひたすら後方から避けずに撃つ、
シウさんは防御と魔力防御ダウン共に6発ずつ積んでから攻撃に参加
でお願いします。』
『分かりました!』
知生がすかさずコメントでリアクションを取った。なかなか珍しいことなので、キャラクターも作れないほど取り乱しているに違いない。勿論冬也とて、ふざけた発言などする気は毛頭無かったのだが。
『了解です。ありがとうございます!』
冬也もそうチャット欄に残して、コントローラーを握りしめた。
〈5・4・3・2・1…〉
〈Battle Start!!〉
ミッションの開始を告げる効果音と共に5分間のタイマーがスタートし、大ボス用の戦闘曲が流れ始めた。その戦闘曲はデジタル音とストリングスの融合した、情熱的でダイナミックな音楽だった。ゲームへの実装当時から相当時が経つが今も現役で用いられており、冬也が最も好きなBGMであった。
『行きます。』
短く言い残すと、キヅキはエネミーの位置を示す矢印の方角へと勢いよく駆け出していった。ところがニーズホッグのグラフィックは先刻のような手足すら表示されておらず、矢印の下には残りヒットポイントを示すバーが浮かんでいるのみだった。
「表示されてない…!?」
「きっとまだ作成途中で、実装されてねえんだ」
知生と冬也は言葉を交わしながら、キヅキの後について各々のアバターを走らせる。
『当たり判定は生きてるはずなので仕掛けましょう』
器用にもキヅキは攻撃用のアビリティをセットしつつ、移動しながらチャットを送ってきた。一体どうやってコントローラーを操作しているのだろう。
直後に大きな光の柱が暗闇を貫いた。キヅキの放つ、騎士剣によるアビリティだ。
「すっげ、本物だ…!」
冬也は感嘆の声を漏らしながら、自分も同じようにアビリティをセットする。キヅキと対称の位置―――おそらく背中側だと予想される場所―――につけて、炎を纏った大剣で不可視なニーズホッグを攻撃した。
「やれ、シウ!」
「うん!」
知生が応じるのとほとんど時を同じくして、防御力をダウンさせる魔法を三発続けて撃った。一度に与えられるダメージ値が大きくなり、キヅキとフユキに挟み撃ちにされているニーズホッグは徐々にヒットポイントを削られ始める。
キヅキの戦闘のセンスは異常だ、と、息をつく余裕もないほどの緊迫した状況のさなかで冬也は確信した。自分と知生が長い間共に戦って身に付けた戦闘のルーティンに加わりながら、それを邪魔しない位置につけて、かつ最高のパフォーマンスで敵を翻弄している。おそらくこれはプレイの上手い下手ではなくて、いついかなる場所でも自分の役割を認知して立ち回るという、キヅキ自身の高い協調性の賜物なのだろう。
―――協調性。もー少し大事にしてみたら?
脳内にこだました父親の幻影に、黙れ、と、舌打ちした。こんな時に集中できないでどうする。
「フユキっ、危ない!」
知生の悲鳴にも似た声で現実から引き戻されると、いつの間にか前面が此方を向いていたらしいニーズホッグの攻撃エフェクト―――それの怒りを体現したような、真っ赤な炎―――が、避けきれない程の範囲にわたって放たれていた。
「やっべ、」
慌てて回避行動を取ろうとするが、一歩遅れる。
やられる、と確信した途端、どっと冷や汗が吹き出た。
『お控えなすって~』
刹那、フユキと炎の間に、金色の光が躍り出る。
キヅキは防御の体勢を取らず、あろうことか炎の向こうのニーズホッグに向かって騎士剣を空打ちしたのだ。そんな一振りが何になろうか。自身のアカウントの消滅を予見し、冬也は頬の内側をぐっと噛みしめた――――――
ところが二人のアバターに向かって押し寄せた炎のエフェクトは、なんとヒットポイントを削ることもなく呆気なく行き過ぎてしまったのだ。
「…う、嘘だろ…」
「な、なに、何が起きたの」
呆然としている冬也の耳元で、知生が声を上擦らせている。動揺を隠せないのは冬也の側も同じだ。眼前で繰り広げられた現象はにわかに信じがたいものだった。ニーズホッグの攻撃は確かに当たっていた。当たっていたが、当たったと処理されなかった。
このゲームには、処理落ちを狙った攻撃回避というテクニックが存在する。相手が攻撃を放ち、そのエフェクトがアバターに被るか被らないかという瀬戸際で相手に向かって攻撃を空打ちすると、相手と自分のダメージ処理が行えなくなり、双方ダメージ値がゼロになるというものである。かつて冬也もモンスターを相手に練習したことがあったが、タイミングを見切るいわゆる目押しが難しく、こんな回避方法を採用するバカが果たして何人居るんだとコントローラーを投げてしまった。
しかしそのバカが目の前に居る。それももう間に合わないだろうというところに、強力な攻撃に対し防御もせずに横向きに飛び込んで、なおかつ本番の一撃で成功させるバカがだ。常軌を逸している。敵うわけがない。
「イカれてる、あんたやっぱりすげぇよ」
ははっ、と乾いた笑いを零しながら、冬也はコントローラーを握りしめて、より一層その攻撃の頻度を増やしたのだった。
--
「…おっし、勝った!いやぁ〜ひっさびさで疲れたわぁ〜」
少女が真っ暗な部屋で歓喜の声を上げ、疲労した指をいたわるようにマッサージしたのち、首をごき、ごきと鳴らす。部屋の壁に掛けられた時計は既に午前3時を回っていて、彼女はかなり張り切った夜更かしをしていた。しかも、翌日―――もう今日の時間帯だ―――は平日で、学生ならば普通に授業もあるというのに。
彼女は寝間着でデスクトップパソコンの前に腰掛けていて、その画面には三人の戦士が歩いていた。
〈mission complete!〉
〈your lank is "SSS"! perfect!!〉
「あたしのプレイセンスにシビれたろ?ちんちくりんボーイどもめ」
彼女は深夜にも関わらずわっはっは、と笑いながら、キーボードに向かって『お二人ともお疲れ様でした。』と打ち込んでいる。
「あのね、アツかったのはやっぱ処理落ち回避!一年ぶりにやったけどさ、成功するとは思わなかったわ!…え?眠い?もーちょっとだけ、あとちょっとで終わるから、ねっ」
誰も居ない空中に向かって、彼女は手のひらを合わせながら謝るような素振りを見せる。そして再びパソコンに向き直り、しばらく画面を見つめていたが、何かに気付いたような表情になって、ふむ、と唸り、キーボードでカタカタと何やらメッセージを送り、「これで大丈夫かな」と呟いた。
「これで管理人から救済が来たら上がりだよ、珠緒」
ヒラヒラと右上の方に手を振る少女。
「で、どう?幽体離脱の感想は」
彼女は右上を向いて、そう問う。
「まぁそれがあたしの日常だよ、案外楽しくない?だからさ、ね!これっきりなんて言わずに、頼むよ〜」
もう一度、手のひらを合わせて謝る動作をする少女。
「んん、まぁ、そりゃ昔みたいには遊んでられないよ。勿論、そんな頻度でやるつもりもないし。っていうか、またこうやって珠緒に会えて良かった…ゲームやることより、そっちの方が有り難いさ。ありがとね、ほんと」
少女はへへへ、と頭をかいて、礼を述べた。そして立ち上がり、部屋の窓のカーテンを開ける。
「ふふ、春の星座は良いねぇ、巡り甲斐があるってものだよ。よく徹夜でゲームやってた時は、疲れたら星を見てたなぁ。ねぇ、珠緒、知ってる?この歌」
す、と、窓の外に浮かぶ北斗七星の端を指差し、そのまま夜空をなぞる。そして、
「赤いめだまのさそり、ひろげた鷲のつばさ…」
と、透き通った声で、おもむろに歌い始めたのだった。
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