第13話
「……さん、キさん……! ……ユキさん!!」
ユキと呼ばれた青年は目を覚ますと病院のベッドで仰向けになっていた。すぐ側に立つ白衣の女性は、青年の起床に慌てて部屋から飛び出した。
「おい、あんた大丈夫か」
男がカーテンを勢いよく開け、青年に話しかける。
「急に気を失ったからびっくりしたよ」
心底安心したように頬を緩ませる男に、青年は笑いかけた。
「すみません、お騒がせして」
忙しない足音が廊下に響くまで、ふたりはだらだらと談笑をしていた。
男は、青年と同じ爆発に巻き込まれて入院しているのだと語った。犯人はまだ捕まっていないらしい。
数日前から相部屋で入院していたけど、男曰く青年が無愛想だから会話をしたことはなかったらしい。
だから今こうして喋っているのが不思議だと、男は嬉しそうだった。
医者が駆けつると、念のため診察をしようと青年を病室から連れ出した。
男が手を振ったのが視界に映ったので、青年も手を振り返す。部屋を出てから廊下を歩き出す途中、青年は問いかけた。
「そういえばここの町って、どういう名前ですか?」
看護師はとぼけた顔をして首を傾げる。
「どういうって、リアルですけど……」
青年は目が覚めるまでの記憶を知らない。しかし、彼に不安な気持ちはひとつもなかった。
「ぼく、くじ運だけは良いんですよ」
脈絡のない言葉に、医師と看護師は目を合わせて不思議そうな顔をする。青年は彼女らに笑いかけ、窓越しに広がる青空を眺めた。
太陽の光は直視するには刺激が強い。
顔と太陽のあいだに手のひらの庇を作り、青年は外に目をやる。斜めに立つ電柱が二本、そのあいだを繋ぐ電線に小鳥が四羽止まっていた。そのうちの一羽が飛び、目の前をとおって地面に向かった。
小鳥が下りた辺りに建つビルの外壁は塗装が剥がれ蔦が巻きついている。正面でビルを見ていたおそらく若い女性は、ビルにカメラのようなものを向け始めた。女性の隣に立っていた背の高そうな男はのっそりと歩き近くにあった自販機の横に置かれたゴミ箱に何かを捨てた。戻ってきた男に肩を抱かれた女性とふたり、病院から遠ざかっていく。
顔を上げると、電線に止まっていた小鳥の数が増えていた。さっきの小鳥がどれかはもう分からない。先ほどの男女をもう一度目で追ったが、待ち合わせでもしていたのか途中で似たような男女と歩き数を増やしていたから興味がなくなった。
リアルがどういう町であろうと、青年は自信に満ち溢れていた。青年は小鳥や男女に、思い切り笑い声をプレゼントしたい気分だった。
診察室に向かい歩き出した青年は、再び足を止める。視線の先には、リハビリ中の男女がいた。
男は病院の職員だろう。怪我をしているのは女だ。腰を曲げた男性が、壁の手すりを持ちながらたどたどしく歩く女性の身体を優しく支えている。女性の右足は包帯で何重にも巻かれている。片手には松葉杖を持ち、ゆっくりではあるが懸命に歩いていた。
青年はその様子をただじっと見つめた。ふと、女と目が合い、青年は口元が綻んだ。軽い会釈をして再び歩き出した青年の背後から、看護師が声をかける。
「お知り合いですか?」
青年は告げる。
「違いますよ」
彼はこの町で暮らすあいだ、同室のお喋りな男と、リハビリをしていた薄緑の病衣を着た女を忘れることはなかった。
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