第10話 晩ごはん前にこんばんは、ハナコです!
――パルレンタ市第一区住宅街のとある邸宅。
大きな邸宅だった。
噴水付きの広い庭もあって、三階建てで、部屋数は数えきれない。
東京にはあり得ない、地方のバカ成金が建てるような意味不明な巨大邸宅だった。
もしくは、アメリカの富裕層が住んでそうな、そういうデケェ屋敷だった。
そろそろ空もオレンジに染まって、わぁ、夕方だなー。という時間帯。
三階にある一室に、二人の男がいた。
一人は、紺色の髪の魔導士。『勇者』レオンの仲間である『導師』ジョエルだ。
もう一人は、頭の大部分が剥き出しの荒野と化してる五十代くらいのオッサン。
「……ガゥド君はまだか」
広い部屋の中、椅子に座っているオッサンがイラ立った様子で腕を組んでいる。
ジョエルは何も言わずに別の椅子に座っている。
「次の依頼についての打ち合わせがあると、前から言っておいたはずだろう」
オッサンはチラチラとジョエルの方を流し見しつつ、そんなことを言う。
随分と神経質そうなそうなその顔は、ムカつきに歪んでいた。
「ガゥドは大事な『仕事』が入りましたので、そちらを優先しています」
「……また『廃品処理』か」
ジョエルの言葉に、オッサンはますます不快げに顔を歪める。
「これで何回目だね? どうせまた、あの『場違い』の拾ってきた奴隷を始末しに行っているのだろう? 全く、レオン君もどうしてあんな女に執着するのか」
「さぁ、それは私にもわかりかねます」
ムカムカを隠そうともしないオッサンに、ジョエルは軽く肩をすくめる。
「しかし、彼女も元とはいえ勇者候補だったこともある冒険者です。今は落ちぶれて『場違い』の一人になっていますけど、叩けるならば叩いた方がいい」
「……だったら何故、レオン君はその『場違い』の冒険者復帰を後押ししたのだ」
二人の会話が、なかなか興味深い部分へと向かっていく。
「それは、何故でしょうね? 私にもわかりかねますが……。やはり、妹を失う原因になった彼女をできる限り長く苦しめたい。という、復讐心の表れなのでは?」
「復讐心だとォ~?」
「あり得ない話ではないでしょう。リアンはレオンの唯一の肉親だったのですから」
「バカバカしい、そんな話があってたまるかッ」
嘲笑混じりに即否定するオッサン。
まるで、レオンがリアンを何とも思っていないと言っているかのようだ。
「レオン君がそこまで妹想いならば、わざわざ騙し打ちするようなことはしないだろう。彼にとってリアンは自分よりも先に『勇者』になる可能性が高かった『邪魔者』だ。それを、私も君も知っているはずじゃないか。そうだろう、ジョエル君?」
「……ええ、わかっていますよ」
さぁさぁさぁさぁ、なかなか香ばしいお話になってきたぞォ。
「ですから、レオンはあなたに協力を仰いだのですよ。当時、まだ副ギルド長だったあなたにね。それはもちろん、わかっておいでですね? ギルド長ザンテさん」
「無論だとも。君達と組まなければ、私は今も副ギルド長のままだっただろうさ」
ザンテ。
その名前は、ナビコが調べたレンティに関する情報の中にもあった。
リアンとレンティに『試練』を提案した、当時の副ギルド長だ。
そうか、この頭髪が砂漠化して久しいオッサンがザンテか。
「あのとき、ギルド長はリアンを目にかけていた。リアンさえいなくなれば、その影響はギルド長にも波及することはわかっていた。だから君達の提案に乗ったのだ」
「ええ。『ボスモンスターに活発化の兆しあり』。二度目の調査で唯一判明していたその情報を伝えずに、リアンをあのダンジョンに向かわせたのですよね、あなたは」
おっと、いきなりとてつもなく重要な情報が出てきたぞ。
リアンとレンティはダンジョン探索に失敗した。その原因はボスモンスターだ。
ボスには『活発化』という現象があり、それが起きると強さが増すらしい。
事前に知ってれば二人は対策をとったはずだ。しかし、知らずに挑んでしまった。
その原因は、ザンテによる故意の情報未伝達。
あるほど、それをさせたのがレオンなら、ザンテの今の態度もうなずける。
確かに、レオンは妹の死を何とも思っていなさそうだ。
むしろ死んだことに感謝しているかもしれない。
「リアンはいなくなった。だったら残るレンティを気にする必要などないではないかね。それなのに、どうしてレオン君はあの女にこだわり続けるのだ?」
「別にこだわってはいないでしょう」
「バカを言うな。こだわっていないなら、さっさと本人を始末すればいいんだ!」
イラ立ちが一線を越えたらしく、ザンテが声を荒げる。
しかし、冒険者に仕事を斡旋する立場の人間の発言とは思えないな、さっきから。
だが、ザンテの言うことにも一理はある。
レンティをさっさと殺してしまえば、後腐れもないだろうに。
「レオン君のやっていることは本当にワケがわからないぞ。あの女が没落する原因を作っておきながら、冒険者復帰を後押しするとは。どういう了見なんだ」
ん? 今、このギルド長、何て言った?
レオンがレンティの冒険者復帰を後押ししたのは知ってるが、没落の原因だと?
「ああ、あの噂のことですか……」
ジョエルが少しだけ声を低くして、軽く嘆息する。
噂。ってのは、まさか――、
「『ボスモンスターを活発化させた原因はリアンだ』なんて、そんな噂を流して、あの女が反応しないはずがないだろうに。放っておけばいいものを……!」
やっぱりそれか。
レンティが大通りで多数の人間を大ケガさせた乱闘事件。その原因となった噂。
オイオイ、それもレオンの差し金かよ。
レンティの一件、何から何まであの『勇者』が裏で糸引いてたんじゃねぇか。
「今さらそんなことを言われても困りますよ、ザンテさん。あなたはとっくに私達と一蓮托生だ。前のギルド長を追い抜くために、リアンを陥れたときから」
「言われないでも、わかっている!」
「まぁ、そうカリカリなさらず。レオンがいる限り、あなたは『勇者』の支援者としての地位は盤石でしょう。今さら『場違い』にできることなど、何も――」
ガッシャアァァァァァ――――ンッッ!
「むッ!」
「ひィ~!?」
突然、何かが二人のいる部屋の窓をブチ破る。
ガラスの破片を散らしながら、それは向かい側にある壁に深々と突き立った。
「……これは、ガゥドの?」
壁に突き刺さった大型魔剣を見やって、ジョエルがそれに気づく。
それではそろそろ、挨拶をしておくとしよう。
「晩ごはん前にこんばんは、ハナコです!」
開いた窓から堂々と入った俺は、『環境迷彩』を解いてお辞儀して差し上げた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
何のことはない。
俺はずっと、窓の外から二人を観察していた。
運搬用の大型ドローンを足場にして『環境迷彩』で姿を隠していたというワケだ。
音声は聴覚をチョイと強化して、非常に聞き取りやすいクリアな音質を実現。
「悪役っていうのは自分の悪事をペラペラしゃべる義務でもあんのかねー」
今の二人の会話で、レオンとこいつらがやったことは大体わかっちゃったぞ。
俺がガゥドから聞いたのは『レオンとザンテがリアンを陥れた』という話だった。
ダンジョンのボスモンスターが活発化しているかもしれない。
ザンテは『試練』を提案しながら、それをリアンに教えずダンジョンに行かせた。
レオンとザンテは、リアンを排除するために裏で結託していた。
リアンは、兄のレオンにとって邪魔でしかなかったのだ。
つまり、レオンは妹を殺された恨みからレンティを苦しめたワケではなかった。
俺が仮のモノとして考えていた前提条件が、崩れてしまった。
「けど、わかるぜ。ザンテさん。レオンのやってることは本当に意味不明だ。今さらレンティを苦しめてどうするんだ? リアンの排除を画策したのは、自分なのにな」
リアンに代わり『勇者』となった今、レオンはレンティを放置しても問題はない。
現に彼女は、レオンとザンテの過去の企てに未だ気づいていない。
「いやぁ、情報を集めれば集めるほど、レオンのレンティへのこだわりがイミフ!」
「な、何だ! おまえは何者だ、小娘ッ!」
俺の登場に腰抜かしそうになってるザンテが、声を上ずらせてこっちを指さす。
「今、言っただろ。とっても可愛い逃亡奴隷っていう設定のハナコちゃんだよ。さっき、ガゥドとかいう怖いおにーさんに脅されて泣きそうになっちゃったぜ」
「君は、レンティに拾われた奴隷か……!」
やっと気づいたジョエルが、右手に持った杖をこっちに向けてくる。
二言三言、何かを呟くと、杖の先端に真っ赤な光が生じる。
「――『
部屋の中に巨大な爆発が起きて、紅蓮が俺を飲み込んだ。
「ひぃ、ひぃやァァァァァァ~~~~!」
恐怖に駆られたザンテが、頭を抱えて床に転がる。
一方で、躊躇なく魔法を撃ち放ったジョエルが、俺の方を睨みつけている。
「まさか、ガゥドがしくじるとはな。だが、これで……」
「う~~~~ん、フラグッ!」
何という綺麗な『やったか!』の亜種よ。
異世界でもこの手のフラグはきっちりと機能するんだなー。学びを得たぜ。
「な、バカな……ッ!」
煙が消えたのち、そこに現れた俺を見て、ジョエルが目を剥く。
今の一撃、人一人を一瞬で焼き殺せる火力はあった。
だが残念でした。
俺は普通の人間じゃない。その上――、
「まさか、それは……、『
俺の身を包む淡い光の幕を目の当たりにしたジョエルが、二度ビックリする。
そう、俺はジョエルの一撃を防御用の魔法で防いだのだ。
「ふ~ん、やっぱりこれが魔法か。解析結果を知ったときは驚かされたが、推定・同一宇宙内とはいえ、何光年離れてるかもわからないここと地球に、意外な共通点があったモンだ。もしかしたら、俺が飛ばされた理由にも関わってるかもしれないな」
「な、何だ? 何故、逃亡奴隷ごときが、魔法を……」
防がれた事実を受け入れきれていないらしく、ジョエルは呆然と立ち尽くす。
即座に俺に攻撃したまではよかったけど、ここでそのリアクションかー! 二流!
「判断が遅い!」
俺は叫び、ジョエルに向かって指を突きつける。
その指先に、赤い光が小さく灯る。
「な、そ、それは――」
「どーん!」
発射された火球が、愕然となっているジョエルに直撃して爆発を起こす。
さすがに本職ほどの威力は出せなかったようだが、これからの練習次第かな。
「ぬ、ぅ……ッ」
煙の向こうに聞こえる、ジョエルの声。
俺は走り出し、壁に突き刺さったままのガゥドの大剣に手を伸ばし、引っこ抜く。
続けざま、視力を強化して煙の向こうにいるジョエルを視認。
真っすぐ突っ込んでいくと同時に、右手に握った大剣を高々と振りかざした。
「じゃあな、『導師』様! 『大戦士』様とあの世で仲良くなッ!」
「ま、待……ッ」
聞く耳は持たァァァァァ~~~~ん! くらえ、これが俺の『完全超悪』だッ!
「ハナコ・スラァ――――ッシュ! ズババァ――――ンッッ!」
勢いよく、刃を上から下へ。バッサリと。
俺の斬撃によって発生した衝撃波が、俺とジョエルを遮る煙をパッと散らす。
そして、その向こうに見えたのは、綺麗に左右に両断されたジョエル。
恐怖と驚きを半々で浮かべたままの顔が、二つに断たれてゆっくりと離れていく。
「ひッ、ひぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ッ!?」
グチャという音を立て床に伏すジョ/エルを見て、ザンテが腰を抜かす。
そののど元に、俺は大剣の切っ先を突きつけてやった。
「ひ、ひ……ッ」
「そんな情けねぇツラを見せないでくれよ、ギルド長さん?」
荒く息を乱すザンテに、俺は笑いかける。
別に、この場でこいつを殺すつもりはない。それも、次のザンテの決断によるが。
「さぁ、質問だ、ギルド長様」
ジョエルの死体を分解用ナノマシンで処分しつつ、俺はザンテに問う。
「俺に従って命以外の全てを失うか、俺に逆らって命だけ失うか、どっちがいい?」
もちろん、答えは俺が予想していた通りだった。
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