第7話 髑髏沼愛華はナンパされている
俺の家でゲームをするのは別にいいのだけれど、右近がバイトに行くときにみんな一緒に帰ってくれたらいいのにとは思う。ご飯を作ってくれると伊野は嬉しいし助かるのだけれど、そんな事よりも俺は自分の時間をゆっくり過ごしたいと思っている。
いったん自分の家に帰るはずの髑髏沼愛華に急かされるように俺も帰り支度をして教室を出て行くことになった。俺をあんなに急かして一緒に帰るように言ってきた髑髏沼愛華の隣に行こうとすると、物凄い形相で俺を睨みつけてくるのだ。そうか、俺を急かしているのは俺と一緒に帰りたいからなのではなく鵜崎唯を待たせているから少しでも早く俺を家に帰そうとういう気持ちが前面に出ていただけなのか。それは知っていたはずなのになぜか忘れてしまっていて、そんな自分に俺は少し腹が立ってしまっていた。
「ちょっとトイレに行ってから帰るから髑髏沼は先に帰ってていいよ。俺もそんなに遅くならないと思うし、気にしなくていいからさ」
「何言ってんのよ。唯ちゃんはもう準備が終わってあんたが帰ってくるのを待ってるのよ。トイレなんて家に帰ってからすればいいじゃない。あと、私の事を名字で呼ぶなって言ってるでしょ」
「俺も早く帰りたい気持ちはやまやまなんだけどさ、もうこれ以上我慢しちゃうと大変なことになっちゃうと思うんだ。だから、先に帰っててくれ。じゃあ、俺はちょっとトイレに行ってくるから」
髑髏沼愛華の制止を振り切って俺はトイレへと向かっていくのだが、俺が横を通った時に髑髏沼愛華は手を伸ばして俺を掴もうとしていたのに寸でのところで思いとどまったのか手を引っ込めてしまったのだ。俺は本当にトイレに行きたいわけじゃないので引き留められたらそれに従うつもりではいたけれど、髑髏沼愛華は俺を引き留めることも無く悔しそうな顔で俺を睨みつけてきていたのだ。ちょっとその顔で睨まれると怖い気もするけど、そう言うのが好きな人もいるんだろうなとは思いながら俺はトイレの中へと消えていったのだ。
黙って立っているのも変なので俺は何となく個室に入ってスマホのゲームをやっているのだけれど、こんな時間に校舎の外れにあるトイレを使う人なんていないだろう。いたとしても他にも個室は二つあるのだから問題ないはずだ。誰かがトイレに入ってきて個室を使いたそうな雰囲気を感じたら出て行くことにしよう。
そんな事を考えてはいたのだけれど、こんな時間にこんな外れにあるトイレを使うようなモノ好きはやはり誰もおらず、十分ほどゲームをやっていたのに誰も入ってくることは無かった。
髑髏沼愛華もそこまで暇じゃないと思うのでさすがに帰ったと思うのだけれど、トイレから出ようとしたところで髑髏沼愛華が誰かと言い争っている声が聞こえてきた。
「本当にそんな時間無いんでいいです。これから友達と遊ぶ約束してるんでやめてください」
「いいからいいから。友達っていっつも一緒にいる女の子でしょ。俺も友達誘うから四人で遊ぼうよ。車有るからドライブとかでもいいし」
「無理ですって。知らない人と遊ぶとか無理だし」
「知らない人って、同じ学年で授業も結構一緒の受けてるんだけどな。今までお互いに良く知らない同士だと思うからさ、これを機会に友達になろうよ。君の友達も紹介してよ」
髑髏沼愛華はトイレに背を向けているので俺に気付いてはいないのだが、これが俗にいうナンパというやつなのだろうか。あの男はどこかの授業で見かけた事があるけれど、名前まではわからないや。いつもロン毛の男と一緒にいるような気がするのだけれど、今はそいつがいないな。あいつが言ってる友達ってのはきっとロン毛の男なんだろうが、こいつとロン毛の男は俺以上に髑髏沼愛華に釣り合っていないように思える。
もう少し様子を見ていようかなと思って見守っていたのだが、ナンパ男が俺に気付くとそれまで楽しそうに髑髏沼愛華に話しかけていたのが嘘だったかのように気持ち悪いものを見てしまったような顔をしていた。それに気付いた髑髏沼愛華も俺の方を向いてしまった。俺は見られないように反射的にトイレの中へ戻ろうとしたのだけれど、さすがにこのタイミングで完全に隠れる事なんかは出来るはずもなく、髑髏沼愛華に名前を呼ばれてしぶしぶ俺は二人の近くへと行くことにしたのだ。
「なに、こいつが約束してる友達なの?」
「違うけど。私がこいつと約束なんてするわけないでしょ」
「だよね。さっきの授業で近くに座ってたからそうなのかと思ったけどさ、こんな奴と君みたいな綺麗な子が遊ぶわけないよね。こいつって確か、色々やらかしてるやつじゃなかったっけ」
色々やらかしてるやつと言われても、心当たりがたくさんあるので這いそうですとしか言えないのだが、わざわざそんな事を自分から言う必要もないだろう。俺はこの男の言っている事に対して否定も肯定もせずに黙って外を見ていた。まだ外は明るいので高台にあるこの校舎から俺達が住んでいる場所を一望することが出来ていた。住宅街の中にある大学なのでほぼ車も走っておらずのどかな感じはするのだが、外を歩いている学生たちが楽しそうに話している声は少しだけ街をにぎやかにしているようだった。
「やらかしていると言えばそうなんだけどさ、私は本当にこいつとは何のかかわりもないんだよ。それに、あんたとも関わりを持とうとは思ってないし」
「そんな事言わないでさ。同じ大学に入った仲間なんだし、これをきっかけにお互い仲良くなったりしようよ。ほら、重いものとか買った時に苦労すると思うから車で送ってあげるし、友達になろうよ」
「別にそんなの必要無いし。重いものとか買う時はネットで買うし」
「そうはいってもさ、急に必要になったりするときもあるじゃない。それとさ、綺麗な夜景を見たくなったりしたら俺が連れて行ってあげるし」
「夜景とかも見たいとか思わないし」
これが本物のナンパというやつなんだなと思って感心して見ていたのだが、髑髏沼愛華はこいつでは落とせることも無いというのはわかっているのでだんだんと俺も見ていて飽きがきてしまった。ただでさえトイレで無駄な時間を過ごしてしまったのでこれ以上時間を無駄にするのも鵜崎唯に悪いなと思った俺はこの場を立ち去ろうとしたのだが、今度は髑髏沼愛華にガッチリと腕を掴まれてしまった。
「この状況で私を置いて帰ろうとするのはちょっと酷いんじゃないかな。お前のせいでこうなってるんだし、何か私を助けようとは思わないのかな?」
「別に助けなんていらないだろ。お前はそいつに全く興味なんて無いようだし、そんな興味のないやつに情けなんてかける必要はないと思うぞ」
「情けなんてかけてないし。ちょっとなんて言って断ればいいのかわからないだけだし」
「そんなのは知らないよ。いつも俺に言ってるみたいなことを言ってやればいいんじゃないか。そうしたら普通のやつはお前に近付かなくなると思うぞ」
「そんなことは無いだろ。別に私はお前に対してそんなにひどいことを言っているつもりはないのだが」
「無意識のうちに言ってたんだっとしたらより悪いわ。じゃあ、お前の考えている事を俺が代弁してやるよ。間違ってたら訂正しろよ」
「わかった。たぶん間違いだらけだと思うがよろしく頼む」
代弁すると言っても、こいつが考えている事なんて何もわからないし、俺が今感じている事を適当に言ってこの場を去ろう。俺がこいつらにどう思われようが関係無いし、少しくらいは日頃のストレスを発散させてもらってもいいと思うしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます