氷煙と祖国の旗
高岩唯丑
プロローグ
何を言っているのだろう。私は目の前のソファに腰掛ける学園長の言葉を、うまく理解できなかった。
「もう一度、もう一度おっしゃっていただけますか?」
私は懇願するように声をあげる。乱れてしまった自分のロングの銀色の髪が、口に入ってくるのが分かる。それを払うだけの気が回らないほど、私は混乱していた。
「……ルネーナ王女殿下の母国、グルシアは、滅亡しました」
学園長は言いにくそうに告げる。表情は苦悶を浮かべるというより、どうしたらいいかわからないと言った感じだった。
「滅亡した……どういう、意味がわかりません」
私は母国を離れて、このエレルノーアの魔法学校に留学してきている。もう一年が経とうとしていて、長期休暇時に学友に我が国を案内する旅行を計画していた最中だった。
「私にも原因ははっきりわかりませんが、突如大量発生したモンスターがグルシア全土を蹂躙したと」
学園長が脂汗を拭い取った。顔からだけではなく、その太った体躯からオジサン特有の脂汗が吹き出している様だった。いや、今はそんな事を分析している場合ではない。
「蹂躙って言っても、我が国にだって軍隊だってあります、そう簡単には」
グルシアは戦闘が得意な国柄ではない。芸術などの文化が発達した国ではあるけど、国防が全く機能していない訳ではないのだ。そう簡単につぶれてしまう訳は。
学園長の表情は、困り果てたという感じで歪んだ。その様子から一切の希望が無いというのが読み取れてしまう。私は体の力が抜けるのを感じる。背筋を伸ばしている事もできずに、何とか太ももの辺りに肘をついて体を支えた。
「つきましては」
学園長の声が頭のはたから聞こえてくる。私は力を振り絞ってなんとか顔をあげた。
「つきましては……ルネーナ王女殿……ルネーナさんには、この学園を退学していただきたく」
「なっ、なんでそう……」
私はそこまで言って思い至る。グルシアが消滅したのだ。私はただの一般人になった。しかも一銭も持っていない、ただの小娘。学園からしたら無償で置いておくだけの価値はない。
「つめ……たいですわね、いえ当たり前でしょうか」
私はソファから立ち上がると、部屋の出入り口までフラフラと移動する。ドアの前で一度振り返ると、学園長は目線をそらして明後日の方向に顔を向けた。
「お世話になりました……ごきげんよう」
私はフラフラと、寮の自分の部屋に向かって歩いていた。
「ルネーナ様、ごきげんよう」
すれ違った幾人かの女生徒が恭しく挨拶をして、すれ違っていく。いつもと同じように、男子生徒が遠巻きに私を見ながら「ルネーナ様はおしとやかで上品だな」と囁き合っている。
私はこれまで、グルシアの王女たる振る舞いをしてきた。芸術の国なんて言われているから、その名に恥じないおしとやかで上品な振る舞いを心がけてきた。でも滅亡してしまった国の為に、そんな事を続ける必要があるだろうか。本来の私であっても、もういいのではないか。
「私は本当は、おしとやかなんかじゃないし、上品でもないよ」
気づいたらそんな事を口にしていた。誰もが聞こえる声だった。周りにいた生徒たちは驚いたように私に注目する。あぁ、もういいや。私の頭の中でそんな声が響いた。
「ルネーナ様! 何を!」
一人の女生徒の声が響いた。私の行動に対しての物だろう。私はほとんど突発的に行動していた。自分の髪を掴み上げて、魔法で作り出した刃を使って髪を切断した。腰ほどまであった髪の束が足元にボソリと落ちる。軽くなった。これまで伸し掛かっていた責任も、すべて一緒に落ちていった様な感覚だった。
「あぁ、さっぱりしたわ!」
そう声をあげると、周りにいた生徒たちが目を丸くして私を眺める。突然の事で体が固まってしまった様だ。
「グルシアが滅んじゃってね! 私は今日からただの一般人のルネーナよ! この学園からも追い出されたから、みんなとはここでお別れ! それじゃあお達者で!」
私は、その場で固まっている生徒たちをしり目に歩き出した。私はこれから一人だ。一人で生きていかないといけない。俯いて悲しんでいる場合ではないのだ。
「冒険者でもやろうかな」
とりあえず、歩こう。今は何も考えずに、ただ前へ歩いて行こう。
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