その背中に追いつきたくて 4


「ドルアス様……」

「じいでございますよ? 奥様」

「……」


 ドルアス様は、しゃがんでジェラルド様の顔をのぞき込んだ。


「はあ、そんな軟弱にお育てした覚えはありませんよ?」

「面目ない」


 そして、軽々と長身のジェラルド様を抱え上げた。

 その、どこか非現実的で、かつ少々胸が躍る展開を見上げていると、ドルアス様は少し野性的な印象で私に微笑みかけた。


「エスコートして差し上げられないのは、残念ですが、部屋まで歩けますでしょうか?」

「もちろんです……」


 ジェラルド様を抱えたまま、軽い足取りで階段を上がっていくドルアス様は、いったい何歳なのだろう。

 少なくとも、ジェラルド様よりも年上なのは間違いない。

 私は、慌ててそのあとを追いかけたのだった。


 そして、たどり着いたのは、夫婦の部屋だ。

 扉を開けて中に入っていった二人を見つめる。

 乱暴にジェラルド様がベッドに降ろされるのを見て、二人はただの主人と執事長という関係ではないことを察する。


 そのまま、私の方に歩んできたドルアス様は、いつもよりも背まで高くなっているようだ。

 それとも、私が小さすぎるだけなのだろうか……。


「どうして、そんなところに立っていらっしゃるのですか?」

「え?」

「この部屋は、旦那様と奥様の寝室です」

「……でも」


 先ほどの言葉から考えて、ジェラルド様は私と一緒に寝る気はないようだった。

 そうであれば、いくら夫婦のために用意されている部屋だからといって、ジェラルド様が休んでいるのに私が入るのははばかられる。

 それに、少し具合が悪そうなジェラルド様は、色気がありすぎて、たぶん私の心臓が持たない。


「奥様」

「は、はい!!」


 少しだけ語気を強めたドルアス様は、しかしその声に見合わない完璧な執事としての笑顔を浮かべる。

 思わず心臓がドキリと音を立てたけれど、これは浮気ではないはず。


「……見ていてもどかしいですが、少しずつ近づけば良いと思っていました」

「え、なんのことですか」

「しかし、このままではお互いの距離が縮まないのではないかと、愚考いたします」

「え、ひぇ!?」


 次の瞬間、私はお姫様抱っこされていた。

 不安定さなんてほんの少しも感じられない足取りで、ドルアス様は部屋の中に入っていく。


「老い先短いこのじいに、仲の良い二人のお姿を早く見せてください」

「……ドルアス様」

「じい、でございますよ。奥様」

「じい……」

「よろしゅうございます」


 そのまま、ジェラルド様が休んでいるベッドに降ろされて、二人そろって布団を掛けられてしまう。

 チラリとみたジェラルド様は、少し汗ばんで苦しそうで、私がベッドに入り込んだことにすら気がついていないようだ。不謹慎だけれど、色気がありすぎて辛い。


「では、良い夜をお過ごしください」

「えっ、あの。お医者様とか……!?」

「精霊の加護を受けて魔力が不安定になっているようです。医者など何の役にも立ちません……。そばにいて差し上げてください」

「……それは」


 そのまま、静かに扉は閉められてしまった。

 ジェラルド様は、先ほどまで私の手を引いて歩いていたときも、不調を隠していたに違いない。


「……いつもそうですね」


 そっと、額の汗を拭って、髪を撫でる。

 ちょっと、思っていたのとは違うけれど、今夜は私たちの初夜だ。


 ジェラルド様の体は熱い。

 私は、何もしてあげられない。

 精霊に愛される加護を持っているといっても、私は魔力がほとんどなくて、一般の人と変わらないのだから。


 ジェラルド様から視線をそらして、部屋の片隅に目を向ければ、淡い青い光と赤い光が寄り添っているのが見えた。


 もう一度視線をジェラルド様に向ければ、やはり荒い息づかいで苦しそうだった。今ならきっと、聞こえないから。


「……好きです、ジェラルド様」


 そう、ずっと好きだった。

 でも、私は王太子の婚約者で、ジェラルド様のそばに近寄ることなんてできないと諦めていた。

 白い結婚だと言われたときは、とても悲しくて、苦しかったのに、今、こんなにも近くにいるなんて信じられない。


「白い結婚なんて、嫌です……。ジェラルド様」


 そっと抱きしめれば、苦しそうだったジェラルド様の呼吸は、ほんの少し落ち着いたようだ。

 ホッとした瞬間、ここしばらくの疲れのせいなのか、私はいつのまにか眠ってしまっていた。

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