二人で過ごす時間 1


 ***


 楽なドレスに着替えた私は、ジェラルド様が待つ食堂へと向かう。

 部屋の位置は、階段を三階まで上って、左に曲がった突き当たりだ。一度振り返ってよく確認する。

 お屋敷の中で迷子になんてなったら、ジェラルド様にますます子ども扱いされてしまうに違いない。

 しっかり、覚えようと心に決める。


 それにしても、ジェラルド様のお屋敷は、全てにおいて品がいい。

 調度品一つとっても、とても高級なことがわかるのに、嫌みを感じさせることなく、あくまでもセンス良く上品にそこに置かれている。


「────このドレスは、少々子どもっぽいけれど……」


 でも、センスが悪いわけではない。いや、完全に私の好みにぴったりだ。

 きっと、今の私のイメージに合わせた結果、こういった可愛らしく少々幼いデザインになったのだろう。


 ──つまり、一日でも早く大人になれば、この問題は解決する。そう、そのはずだ。


「お待ち申し上げておりました。奥様」

「……ありがとう」


 食堂の扉を開けてくれたのは、老齢の執事長だった。

 白い髪とグレーの瞳が知的な老齢の彼の名前は、ドルアス・リーゼ様。リーゼ家は、伯爵家の中でも我が家とは比べものにならないほど広大な領地を持つ。ここまで私を案内してくれた侍女長の家柄も、きっと高貴なものに違いない。


「……私は、何も持っていない」


 ジェラルド様が、求婚してくれなければ、今頃私の命は儚くなっているに違いない。

 きっと、恋に盲目になってしまったフェンディル殿下は、そのことに思い至らなかったに違いない……。


 王太子の婚約者として、学んできた日々はきっと無駄ではないにしても、王太子の婚約者という肩書きを失った、貧乏伯爵家の長女である私が、ジェラルド様にあげられるものはあまりに少ない。


「……ステラ、ぼんやりとしてどうしたんだ?」


 思考に意識を持って行かれていたらしい。

 心配そうに眉をひそめたジェラルド様が、気がつけば目の前に立っていた。


 白いシャツにトラウザーズは、ジェラルド様の素敵さをさらに際立たせている。

 いつも王宮でしかお会いしていなかったから、王族としてのキッチリとした姿しか見たことがなかったため、それはそれで爽やかで、カッコよすぎる姿に目を見張る。

 

 助けに来てくださった日の男らしい姿も素敵すぎたけれど、くつろいだ姿すらこんなにも素敵だなんて、毎日どこを眺めていればいいのだろう。私の目は、この輝きに耐えられるだろうか。


「やはり、忙しすぎたのか……」

「あっ、本当に大丈夫です……」

「熱でも出しているのではないか?」


 そっと、額に手が当てられる。温かくて、美しい顔には似合わない、無骨な手。それはきっと、剣を握るからなのだろう。


 嫌でも柔らかくて小さい私の手との違いを意識してしまう。心臓が苦しい。それに顔が熱い。


 今度は、額から熱が広がって、耳まで熱くなってしまう。

 私たちは、まだまだ形だけとはいえ夫婦になったというのに、少し触れられるだけでこんなに照れてしまって、体が持つのかと心配になってしまう。


「顔が赤いが……」

「大丈夫です。王太子妃教育を受けていた日々に比べれば、たいしたことありません」

「……やはり、殴って王位継承権を奪うだけでは、足りなかったな」


 ジェラルド様の金色の瞳が、なぜか一瞬輝く。

 けれど、呟かれた言葉は、あまりに低くてよく聞こえなかった。


「……熱はないようだが、あまり無理をしないように」

「心配しすぎです。風邪を引いたこともないんですよ?」

「────精霊に愛されているからといって、健康を過信してはいけない」

「……え?」


 にっこりと笑ったジェラルド様の表情に見惚れて、その言葉の意味を聞き損なってしまった。

 けれど、そんなに重要な内容ではないに違いない。

 精霊の加護をもらって、精霊に愛されているからといって、特別何か恩恵を受けたことはないのだから。


 そんなことを思っていると、なぜかヒョイッと抱き上げられた。

 まるで子どものように……。


「あの!?」

「とりあえず、食事だ」


 そのまま、椅子に座らされる。

 エスコートと違うそれに、私は混乱するばかりだ。


「もう……。子どもではないのですよ?」


 頬が膨らんでしまっている自覚がある。

 私の表情を見たジェラルド様は、失態に今気がついたとでもいうように視線をそらした。


「すまない……。あまりに可愛らしいものだから、つい」

「妻を抱き上げて椅子に座らせる旦那様がどこにいるのですか」

「──旦那様」

「そう、旦那様……」


 少し目を見開いたジェラルド様は、いつもの余裕に満ちた表情が抜け落ちたみたいで、少しだけ可愛らしかった。

 けれど、そんなことを思った私にも余裕はなく、ようやく冷えつつあった耳元が、再び熱を持つ。


「あう……」

「そうだな……。そして、ステラは私の妻だったな」

「……そうです」


 真っ赤に染まっているであろう私の頬。

 それに対し、顔色一つ変えずに微笑んだジェラルド様は、この瞬間も信じられないほどカッコいい。

 それでいて、余裕の態度を見せられれば、やっぱり子ども扱いされていることを思い知らされるようで、悔しいのだった。

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