白い結婚宣言されてしまいました 2


 ***


 そう、それは王太子殿下の婚約者に内定した幼い日のことだった。


「なんだその何の変哲もない髪の色は」

「えっ?」


それが、初対面の婚約者である私に、フェンディル王太子殿下が告げた言葉だ。


「好みではないな。俺は金色の髪が好きだ」

「……あの、申し訳ありません」


 父や母、そして王太子の婚約者になるためにつけられた家庭教師は、口を揃えて何を言われても王太子殿下に口答えをしないようにと言っていた。

 だから、私は謝ることしかできなかった。


 興味を失ったように私から視線を逸らし、去って行ってしまったフェンディル殿下。

 一人取り残された私は、気の毒そうな周囲の視線に耐えきれず、部屋を飛び出したのだった。


 そもそも、私が王太子殿下の婚約者に選ばれたのは、生まれたときからこの身に宿していた加護のためだ。


『精霊に愛される加護』


 それは、とても聞こえが良いけれど、精霊は滅多に人の前に姿を現さないし、この加護を持っているからといって、私に何か特別な力が授けられたわけでもない。


「でも、初対面なのに……好みじゃないなんて」


 でも、私だって知っていた。

 周りのご令嬢たちに比べて、私は特別美しいわけでもなく、その色合いもごく地味なものなのだと。


 こぼれそうになった涙をこらえて前を向くと、水色の色彩が目の前を通り過ぎる。

 その水色の色彩を追いかけるように白い花びらが、ひらりひらりと風にながれていく様は、春の雪のように幻想的だ。


 水色で透明な何かは、ゆらゆらと遠くのほうで光りながら、薔薇のアーチを通り抜けていった。

 不思議に思いながら追いかけ、たどり着いたのは、背の高い木々に囲まれ、誰にも見つからなそうな場所だった。


 その場所には、先ほど見た水色のゆらゆら揺れていた何かはいなかった。

 そこに誰もいないことを確認したとたん、私の緑色をした両目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 そのときだった、一人泣いている私に、落ち着いた優しい響きの声がかけられたのは。


「──どうしたの、お嬢さん」

「……え?」


 涙を拭うこともできずに顔を上げてしまった私は、まだまだ子どもだったに違いない。

 だって、今ならきっと、取り繕うことができる。

 泣くなんて淑女らしくないと咎められることを覚悟して見上げたそこには、予想外の優しい笑顔があった。


「あの……。私」


 夜空のように青みを帯びた黒髪、金色の瞳。

 美しいその人は、私よりずっと大人で、とても素敵で、想像していた王子様そのものだった。

 先ほど出会ったばかりの王太子殿下は、威張るばかりで私のことを「好みではない」なんて言う、想像の王子様とは全く違う人だったから、なおさらその王子様が素敵に見えた。


「────ステラ・キラリス伯爵令嬢だね」

「どうして私の名前をご存じなのですか?」


 その言葉を発した瞬間、王太子の婚約者に決まったときに厳しく教えられた、王家の血を継ぐ方々の情報が浮かぶ。

 この年代で、青みを帯びた黒髪に金色の瞳を持った人で、王宮の端にある庭園に来ることができる人なんて一人しかいない。


「ジェラルド・ラーベル王弟殿下……」


 そう、目の前にいるお方は、国王陛下の末の弟ジェラルド様だ。

 私は慌てて、家庭教師に教えられた通りの礼をした。


「……ステラ嬢。美しい礼だけれど」


 不敬をしてしまったのだ。お咎めを受けるに違いないと震える私の頭頂部に、私よりもずっと大きな手が乗せられた。


「君はまだ子どもだから、そんなふうにかしこまるよりも、素直に甘えたらいい」

「え……?」


 顔を上げた私の瞳に映ったのは、優しく微笑んだジェラルド様の美しい顔だ。

 今まで見たどんな名画より、彫刻よりも美しいその笑顔に、私は釘付けになった。

 その日からだ、私の一番大事で、大好きな人が、ジェラルド様になってしまったのは。

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