カウンターは止まれない ー2024/7/18 Thu 23:59
「さ、次のゲームにしよっか」
ワンゲーム目は榊の勝ち。大和はぐったりと項垂れている。表情は見えないがとても苦しそうだ。死神のカードは生殖器を司る。それは男ならば精巣の位置にあたるだろう。
「やり過ぎちゃった。ふふっ、痛そうだねぇ」
大和に外からの負傷は見えない。口元から血が流れている他には。
「……我慢強いなぁもう」
「うっせぇ」
大和は榊の顔を睨む。演技じゃない。鋭い試験は何度も見たことがあるもの。でもあれは演技じゃない。――大和にはもう演技をするほど余裕がないのだ。
俺のせいだ。俺が負けたから。
「や、やまと」
負けなければ大和はあんな目に遭わずに済んだのに。
「誠也っ!」
真っ暗な空間に大和の声が響く。反響はない。宇宙に吸い込まれるようだ。
異空間は限りがなく永遠に続いている。
そんな場所に大和と榊、誠也はいる。誠也は大和の方を見る。恐る恐る顔を見る。自分が負けなければ大和はあんな目に合わなかった。
自分のせいだ。
――そう脳裏によぎった親友を救うように。
「お前のせいじゃない」
誠也は震える瞳で大和を見た。大和はそんな誠也に向かって歯を見せて笑う。
「だから、勝ってこい」
それを遮るように榊は口を挟む。
「だ、か、ら。そういう友情みたいなの、いらないって。ムカつくなぁ。なんなのほんとに」
榊はそう言うとパチンと指を鳴らした。
「ゲームスタート」
榊はカードを場にばら撒く。このゲームは吸血鬼のゲームとインディアンポーカーとは違い、イカサマをする余地がない。だから榊でさえもイカサマをしてこないだろうと考えていた。だが、大和を拷問する以外に榊に目的があるのならば話は別である。
――早くこのゲームに勝たなければ。
「ほら、カード引いて?」
誠也は山からカードを引く。榊も同じようにカードを引き、そのままひっくり返す。
誠也はここで気づく。このゲームは十二枚のカードで行うブラック・ジャック。ならば、引いたとはカードと山に残ったカードは被りがない。
例えば皇帝のカードを引けば山に皇帝のカードはなくなる。――ある程度、山にあるカードが予想できる。
おそらくこれがこのゲームの穴である。
榊は気づいているのだろうか? 気がついていないのならばこれは大きなメリット。
どうか、気づかれませんように。
「誠也くんはさぁ、お金に困ったことなんかないでしょう?」
「……なにが」
山にあるカードに手を伸ばした時、榊はこう言った。榊もカードをめくろうとしている。
「きっと君は、この先の人生、同じように恵まれた人と過ごして、同じような人とコミニティーを作っていくんだ。それが当たり前のものだと思って、それ以外の人間なんか無視する。見ていないものはいないものと同じ。きっと君の瞳には映らない」
――なにが言いたいんだ。
「なんだよ。俺が世間知らずとでも?」
世間知らず。大和に言われたことがある。飲みサーを知らないなんてお前は本当にお坊ちゃんだな、と。人に酒を飲まして愉悦に浸り、挙句の果てにお持ち帰りをしてちゃっちゃとやってしまおう……そんな人間は自分の周りにいなかった。
それはお金持ちが多い私学に通っていた弊害なのだろうか。そういう人たちに触れてこなかったからなのか。鳥籠だから? 俺は狭いカテゴリーの中で生きてきたけど。それでも、それが一般的でないことくらい分かっている。
「誠也くんは、人よりもたくさんのものを持っているのにそれらに価値を一才見出せない人。それってさぁ、羨ましい、いや多分違う」
榊はなにを言っているのだろう。ここに来て泣き落とし? 同情して欲しい? いやいや、そんな浅い手を使ってくるわけがないよな。
「恨ましい。私が君をゲームに誘ったのは、君が死んでくれたら良いなと思って。単純なことだよ。テストで一位になれなかった時、『あー、一位の人がいなければ私は一位なのに。死んでくれないかなぁー』ってこと」
ほらやっぱり、この女は最低だ。
「そうかよ」
「私って親いないんだよ」
――え。
思わず榊の顔を見た。榊のカードは月の正位置。誠也のカードは皇帝の逆位置。
「みんな私が放課後に芸能活動をしてるって噂してるけどさ。あれ全部ガセネタ。私に憧れてる誰かが作った妄想だよ」
榊は横に垂れた髪の毛を指に巻き付けて耳にかけた。
「お金無くってさ。中学の時にはエンコーをしてた。高校は年齢隠して風俗。誠也くんが知らないような世界を知って大人になったの。だから芸能活動なんてできるわけないじゃん」
誠也がなにも言えないでいると榊は固まったままの誠也の顔を見て笑う。嘲るように。
「そんなにショックなことかなぁ? 別に珍しくないでしょ? あ。でも誠也くんには住んでいる世界が違うっていう話なのかなぁ?」
「今、関係あるか?」
「ないな。ないない。さ、早く引いてよ」
動揺を悟らせないように低く声を唸らせる。動揺なんかしていない。していないったら。でも、いいや考えるな。考えちゃダメだ。
「だから、俺のお金が必要、だと?」
「そんな浅い理由じゃないって。お金がない人がお金持ちに『お金ないんですよ私』といって必ずしもその財産を狙ってるわけじゃないよ。ドラマの見過ぎ。……でも、そういう憐れんだ目は嫌い」
――え。
と、榊の顔を見る。
「早く引いて。このゲームは運ゲーだから、引かないと早く」
このカードがもしドボンなら。さっき俺は逆位置を引いた。だからここで確実に引き間違えるわけにはいかないのだ。
――お願い、神様。
「隠者の逆位置……」
「誠也くんって本当に運がいい。私のカードは力の逆位置。月の十八と、力の八。足して二十六」
誠也のカードは皇帝の逆位置と、隠者の逆位置。それぞれ皇帝が四、隠者が九なので足すと十三になる。
「……かっ、カッタ……」
「それにしてもこのカード」
榊はしばらく考え込むが不意に視線を逸らす。
「じゃあ、ご褒美をしなくちゃ。大和くんの治療をしてあげる。あと、なにか私に質問があればなんでも答えてあげる」
自分が勝てばなんでも答える、榊とこのゲームを始める前に約束していた。できる質問は一つだけ。自分がもし勝ったとしたら、する質問は決まっていた。
「このデスゲームはなんのためにあるゲームなんだ?」
「そこ気になるんだ?」
「榊は言ってたよな。『お客さまは楽しませなきゃ』とか、あとは、運営がどうとか。あのアプリケーションもそうだ。このデスゲームは榊よりも上の人物がいる。このゲームを仕切っている親玉。そいつは何者なんだ」
おそらく榊が親玉ではない。榊も俺と同じように誰かにデスゲームを開催するように仕向けられたのだ。
「このデスゲームは一体なんなんだよ」
榊は沈黙する。
「……てっきり、私のことを聞いてくるのかと思ってたけど。そうか、そうだよねぇ。気になるよね」
榊は手のひらを天井に掲げてポーズを取る。
「私も良く分からないんだぁ。分かっているのは、誰かがこの空間を管理していて、私たちはデスゲームを開催し続けなければならないということ。会議室の予約を取るみたいに日付と時間を入力。そしてやるゲームの内容を入力。そうしてその時間に目を瞑ると、あら不思議。この異空間に到着して身体も意識もみんなここに接続されている。ヴァーチャルリアリティーなんて目じゃないよね。まるで本当にここにいるみたい」
榊はカラカラと笑う。
榊も分からないままこのデスゲームをやっているのか?
「殺せば殺すほど賞金が出る。私、貧乏なの。あのマンションに住めるようになったのもそう。このゲームのおかげ」
――でも。
「殺せば殺すほど、……私はもう止まれない」
賞金? それは知らなかった。
俺に入っていないが。榊には入っている……?
「榊、今のカウンターを見せてよ」
二週目、榊は俺とゲームをしていた。あのゲームは榊が俺を手に入れたいがためにやったもの。だからデスゲームというわけではない。どっちかというとカジノゲームである。
榊は先週、デスゲームをしていない、はずだ。
俺は榊に殺されていない。つまり榊は誰も殺していない。
「榊にカウンターを見せてもらった時、カウンターが一つ進んだ。それはおかしい。榊はあの場にいて俺とゲームをしていた。デスゲームをして、キル数を稼ぐことなんてできないはずだ」
榊はなにか別のルートでキル数を稼いでいる。しかもそれは榊がその場にいなくても実行されるプログラムのようなもの。
「誠也くん。それ二つ目の質問になっちゃう」
「……答えてくれないの」
榊は黙ってカードを切りやまに置いた。
「次のゲームも勝ったら、ね」
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