柳瀬裕人の夢 ー2024/7/2 Tue 23:59
仲が良さそう、いいや、片方の彼女は気を遣っているように見えた。なんとなく距離を保っているような……気のせいだろうか?
けれどその選択は間違いだったのだろう。
けたたましい破裂音と迸る血潮。手にまだその感覚は生々しく残っている。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
嘘だと誰か言ってくれよと懇願しても、それは目の前で起きた紛れもない現実だった
どうして、自分はこんなことを?
「僕じゃない……」
――違う、これは僕がやったんじゃない。
「うわっ」
手に持っていた拳銃を思わず落とす。ガチャリと音を立ててそれは地面に落ちる。手にこびりついた煙臭い匂い。血と煙の匂いが混ざり合い、思わず咳き込んだ。ごほごほ、うえっ……。
なんなんだこれは。
「えみり! えみり!」
僕が撃ったらしいその人は、青白い顔をして床に寝ていた。そういえば頭蓋骨が割れるような鈍い音がした。痛そうだ。なぜか他人事のように思いながら、彼女の顔を見る。
――死んでいる。
「あ、……あぁ……ぁっあ」
――僕が殺した。
「違う違う違うっ!」
僕じゃない僕がやったんじゃない!
違う違う違う!
「違うっ……のに」
「あんたでしょ、あんたがえみりを殺したんだ」
柳瀬が顔を挙げると目の前に自分が殺した女性と一緒にいた女性が立っていた。
確か、出島菜絵だ。
デスゲームが始まる前、ゲームマスターを名乗る男にスマートフォンにデータを送信された。そこにこのデスゲームに参加している人間のプロフィール情報があったのだ。
もちろんそこには自分の情報もここ細かく書き記されており、その情報は名前から生年月日、個人的な趣味まで。背筋がゾッとするほど網羅されていて、どこからその情報を知られたのか恐怖でしかなかった。
「違う」
「うそ。あんただよ」
「違う、……僕じゃない……」
「言い訳しないでっ!」
柳瀬は出島に地面に叩きつけられる。避けようとしても足が動かなかった。自分が殺していない、そう思っていても分かっているのだ。
手に残ったあの感触。
拳銃が自分の手を押し返す、反動がまだこの手に残っている。
「……違う……」
違うはずなのに、僕が殺したとしか思えない。
「吸血鬼だ」
そうだこのゲームには普通じゃないんだ。
「吸血鬼だ、吸血鬼がこの場にいて、そいつが僕を操ったんだ!」
ルールにあった。
――吸血鬼は三回、人間の血を吸い人間を眷属にして従わせることができる。
眷属は吸血鬼に逆らえない。
「おやおやぁ? 事件ですか? 事件なら、僕にまず報告してくださいよ」
「うわっ」
「……殺人事件。犯人は誰ですか?」
「ちがっ、僕じゃ」
「ふぅん。けれど君の銃ですよね? 硝煙の匂い。君の拳銃が中村英美里さんの命を奪ったのは紛れもない事実では?」
なにもない空中にモニターは光る。まるでSF映画で見る空中に浮かび上がる電子掲示板。触れても触れることはできず空をかいた。
目元が見えない男はニヤリと笑う。
「では、第一の事件の推理を致しましょう」
パチンと男は指を鳴らす。すると、一瞬で先ほどまでいた大広間にいた。散り散りになっていたはずの参加者が全員。
ただ一つ違うのは、中村英美里だけが床に伏せて倒れていることだ。頭から血を流し、誰がどう見ようと絶命している死体として。
「お集まりの皆々様。残念なことに最初の事件が起こってしまいました」
男は参加者を全員招集した。集められたみんなが中村英美里の死体に驚き、拳銃を持った柳瀬を見る。三者三様。その心のうちは様々だ。
彼がここでやりたいことはただ一つ。
「皆さんで犯人を見つけましょう」
――犯人の特定、及び、僕の処刑だ。
◆◆◆
「あんただ」
――誰もがみんなそう思っている。
床に落ちた拳銃は僕のもの。
「柳瀬裕人。――お前が殺したんだ!」
誰もがみんな僕を疑いの目で見ている。
「違っ、違うんだ、信じてくれ!」
「おやおやぁ? どっからどう見ても犯人なのに、そんなことを?」
モニターの向こうで笑う男はニヤニヤと笑っている。嘲笑うかのように。高みの見物をしながらこちらを見下ろしている。
「さてさて、どうしますか?」
選択は迫られる。
「僕じゃ……」
けれどどうやって証明すれば良い?
「あいつがえみりを殺したんだ!」
出島菜絵は僕を指さして犯人だと言う。彼女は目の前で僕が中村英美里を殺したのを見た証言者だ。友人を殺した僕を恨んでいるんだろう。その恨みのまま僕を追求し、それは周りに伝播していく。状況からして出島菜絵が嘘をついているとは思えないからだ。
誰もが僕が殺したのだと信じた。これじゃ魔女狩りだ。どんなに僕が犯人じゃないと訴えたって無駄じゃないか。
コミニケーション能力なんてない。誰かと喋ることなんて家に帰って母親と話すくらい。食堂の隅でひっそりと食べているような、もちろん友達もいない。そんな自分がこんな目に遭うなんて。
上手く言い訳をしなければ。
でも、でも……。
どうしてこんなことになってしまったんだ!
「落ち着こう、みんな。まず状況を整理しようよ」
床に膝をつく僕に手を差し伸べたのは
茶髪の彼は耳にピアスをし、どことなくチャラついた雰囲気の青年だった。顔は整っていてイケメンと呼ばれる顔だろう。男の僕でもそう思う。
軽音学部でボーカルをやって女子からキャーキャー言われてそうな顔だ。確か、事前情報によると同じ学年の心理学部だった。文学部である僕とは全く顔馴染みでもないけれど。
「……あれ? 彼どこかで」
出島菜絵と中村英美里は知り合いだった。
主催者の彼が選んだステージは大学校内の図書館。もしかして、ここに集められているのはみな大学生なのではないか。
「大丈夫?」
「君こそ、どうして」
「いや。……一方的に犯人扱いされてるのは、流石に」
橋本は顔を伏せて表情を隠す。
「どういう状況だったの? もう少し詳しく話してよ」
笑うとくしゃりとどことなく柴犬のように親しみのある表情になる。
「う。うん」
橋本がディスカッションのリーダーを名乗り、出島菜絵、中村英美里、僕になにがあったのかを話し合うことになった。
橋本はこう言った。
「俺らはこのゲームに勝利しないといけないだろ。そのためには啀み合うんじゃなくてさ。話し合ってまずどういう状況だったのか整理しないと」
彼は一人一人と対話をしてあの場面にいなかった三人とも話していた。初対面の無造作に選ばれたとしか思えない学生たちをまとめ上げる。
あぁすごいな。彼の持ち前のコミニケーション能力なのだろうか。きっと彼ならいい答えを出してくれる。単純に尊敬して、自分には無いものを羨んだ。闇から引き摺り出してくれるような光に初対面の僕は惹かれたのだった。
そして僕らは結論を出した。
「……なんで」
「ごめんね。柳瀬くん」
――疑わしきは罰せよ。
「君はおそらく吸血鬼ではないんだ。まずこの場で考えるべきは、吸血鬼が柳瀬を眷属にしてその体を操り中村英美里を殺したこと。おそらくこれは確実だろう」
それはそうだった。僕には殺した実感はあってもどうして殺したのか動機がない。誰かが僕を操って殺人をさせたのだ。
それは認める。
「だから、柳瀬が眷属なら吸血鬼がまた柳瀬を操って殺人を犯すかもしれない。そうなる前に処刑することは不思議なことじゃないだろう?」
「えみりを殺したんだから当然でしょ」
誰も僕が殺されることを止めようとしない。
「ごめんな、柳瀬」
――まるで神が僕が殺されることを望んでいるみたいじゃないか。
「僕じゃない、僕が殺したんじゃない」
「分かってるよ。柳瀬」
橋本大和は僕の心臓に銃口を当てる。ヒヤリと冷たいその感触は一瞬で熱を持ち全身に広がる。
熱くて、痛くて、けれど一瞬。
「分かってるよ、君は犯人じゃない」
橋本大和は顔を伏せる。その表情は最期の瞬間まで見えることはなく、きっと僕に同情してくれているのだと思う。
でなければディスカッションのリーダーとして僕が死なない手段を模索しようとは思わない。
ちがう、よね?
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