いつか龍を討ち統（す）べる者へ

プロローグという名の疾走（しっそう）

　冒険者、などという者に憧（あこが）れているのなら止（や）めておいた方がいい。薄（う）っすらと前世の記憶が残っている私は、そう忠告（ちゅうこく）しておく。洞窟（どうくつ）の中で私は、相棒（あいぼう）と共（とも）に全速力（ぜんそくりょく）で、背後に迫（せま）る脅威（きょうい）から逃走（とうそう）していた。

「何で飛行（ひこう）してる私より、貴女（あなた）の方が速いのよ！」

「知らねぇよ！　お前の胸（むね）が重（おも）いからだろ！」

　ローブに身を包（つつ）んだ女、つまり魔法使（まほうつか）いである相棒が私に怒鳴（どな）ってきたので怒声（どせい）で返した。相棒は魔法杖（づえ）に、横（よこ）座（ずわ）りで腰掛（こしか）けて低空（ていくう）飛行（ひこう）している。軽装（けいそう）で、ローブに包まれた体には下着（したぎ）すら着（つ）けていない。大きな胸は重力（じゅうりょく）魔法（まほう）で浮かせられるので、肌着（はだぎ）で支（ささ）える必要も無いそうだ。

　かく言う私も軽装で、ビキニアーマーに、背中に付けた武器（ぶき）が一本（いっぽん）あるだけ。後は二人とも、財宝（ざいほう）を入れるための袋（ふくろ）を所持（しょじ）している。重力（じゅうりょく）魔法（まほう）と空間（くうかん）魔法（まほう）に寄（よ）って、大した重さも感じず、本来（ほんらい）の容量より多く荷物を持（も）ち運（はこ）べるという優（すぐ）れ物（もの）だ。冒険者ギルドからの支給品（しきゅうひん）である。

　その袋（ふくろ）を捨（す）てようかと本気で私は考えた。背後からの唸（うな）り声（ごえ）、響（ひび）き渡（わた）る足音。前世で言えばティラノサウルス、違うのは折（お）り畳（たた）んだ羽（はね）がある事。赤（せき）龍（りゅう）、つまりはレッドドラゴンが巨（きょ）大（だい）なトカゲのように走って追（お）ってくる。駆（か）け出（だ）しの冒険者である私達は逃（に）げるしか無い。

　洞窟（どうくつ）の出口が、絶望的に遠く見える。出口までの通路は細くなってきていて、その細い部分まで逃げ切れれば、赤龍の巨体（きょたい）は通路に入れない──と言っても細い通路は、赤龍が吐（は）く炎（ほのお）までは防（ふせ）げないのだが。

　洞窟内部（ないぶ）は円形の巨大（きょだい）な空間となっている。通路までは逃げ切れないと悟（さと）って、「飛（と）べ！」と私は相棒に叫（さけ）んだ。叫びながら私は横（よこ）っ飛（と）びに転（ころ）がる。その私の後ろを赤龍の巨体（きょたい）が、勢（いきお）いを止（と）められずに走り抜けていって────細い通路に首から突（つ）っ込（こ）んで轟音（ごうおん）を立てた。

　大量（たいりょう）の埃（ほこり）に咽（むせ）ながら、私は相棒の姿を探すが見当（みあ）たらない。まさか喰（く）われたかと思っていたら、頭上（ずじょう）から「こっちよ、こっち」と声がした。前世の単位で言えば十メートル以上の高さに、杖に乗った相棒の姿がある。その杖で、通路に首が嵌（は）まり込（こ）んで動けない赤龍の背中を、まるで滑（すべ）り台（だい）のように背骨のライン上で滑空（かっくう）して相棒は地面に降（お）り立（た）つ。

「さぁ、ボサッとしないで！　早く、財宝（ざいほう）があった場所まで戻るわよ！」

　そう言って、「はぁ!?」と言う私を置いて相棒が、元（もと）来（き）た道を杖でＵ（ユー）ターンして飛行していく。仕方（しかた）なく私も追（お）った。考（かんが）えてみれば、洞窟の出口は龍の巨体（きょたい）で塞（ふさ）がれているのだ。

「もう、目的（もくてき）の宝（たから）は頂（いただ）いたんだろ！　つーか欲張（よくば）らなければ、何事（なにごと）も無く抜（ぬ）け出（だ）せたんだ！」

「それは結果論（けっかろん）よ！　取れる時には可能（かのう）な限（かぎ）り、財宝は取りに行かないと！　お金は大事（だいじ）よ、人生を楽（たの）しみたいなら特（とく）に。いつだって私は、最高に人生を味（あじ）わい尽（つ）くしたいの！」

　今の力量（レベル）では、私の武器でも相棒の魔法でも赤龍は倒（たお）せない。反省（はんせい）ゼロの相棒と共（とも）に、再（ふたた）び私達は反対方向へ、レッドドラゴンとの距離（きょり）を広げていく。

「確（たし）かに山（やま）ほどの宝は、あったけどよ！　生きて出られなけりゃ意味は無（ね）ぇぞ！　ここを出る見通（みとお）しは立ってるんだろうな！」

「大丈夫（だいじょうぶ）よ、大丈夫（だいじょうぶ）！　私を信じて付いてきなさい！」

　相棒は恐（おそ）ろしく楽天的（らくてんてき）だ。ふと走りながら横顔を見ると、何（なん）と、この女は楽（たの）しそうに笑っていた。初めて酒場で会（あ）った時や、私を冒険へと誘（さそ）い出（だ）した時の、あの魅力的（みりょくてき）な微笑（ほほえ）みで。

　誘い出された結果の行き先が、栄光（えいこう）へ続いているのか、はたまた地獄（じごく）へ繋（つな）がっているかは未（いま）だに分（わ）からない。私は半（なか）ば現実（げんじつ）逃避（とうひ）ぎみに、この女との馴（な）れ初（そ）めを思（おも）い起（お）こしていた。