第43話 萌えを理解し始める白狼


   *


 翌日。

 ――モルディとの決戦まで残り2日……


「『雲母きららマユコ』学園一の圧倒的お嬢様。ただし、その勝手極まるわがままぶりから、悪女とも呼ばれている」

「前回私が助言したパラメーターの裏使用は理解しているようだな」

「ああ、全てを思うがままにし、今現在も学園中からもてはやされるマユコ様にとっては、自分に都合の男――つまり“嫌い”のパラメーターが高い程、彼女にとっての一目置く存在となり得る。彼女からの誘いや学園イベントにいけずする塩梅あんばいが非常に繊細で難しかったが、なんとか彼女と共に、学園最後の文化祭イベント『ラブラブベストカップルコンテスト』に参加するところまで来た……!」

「『ラブラブベストカップルコンテスト』か……」

「しかも、このイベントに誘って来たのはマユコ様の方だ。これは実質的に俺たちがカップルであるとの宣言に同じ。高飛車お嬢様なりの、照れ隠しの告白であると俺は受け取った」

「……」


 真剣な顔を突き合わせる私とクルミを、ガドフはプリンを食べながら眺めていた。


「あよ2日でモルディンとの決戦なのに、何やってるんだど?」


 ――――


「な……っ! コイツ、なんて女だ! 全校生徒の見守る壇上で『彼に対して思っている事は』との問いに『こんなゲロブス男なんとも思っていません。私に反抗的なこの男をからかってやろうとイベントに誘ったら、マユコ様の彼氏ヅラしてノコノコやって来た。哀れな下民の腹の底が知れたわ。オーッホッホ』だとぉおおお!!!?」

「……」

「く……俺はこの女に遊ばれていたのか。選択肢か……「彼女に対して思っている事」――そんな事決まっている。マユコ様の気を引くためにここは『黙れ。三年間このイベントに参加できなかったお前を可哀想に思って、俺は情けのつもりでここに来てやった』だ」

「待て――!!」


 顔を真っ赤にして決定ボタンを押そうとしたクルミの手を、私はねじり上げる。


「何をするモヤシ女! マユコ様には反抗的な態度が有効だと言っただろうが!」

「……お前、今までいったい、マユコ様の何を見て来たんだ?」

「あ……何が言いたい?」

「気付かないのか、彼女の変化に……」


 画面を凝視したクルミは、口に手を当てて飛び上がった。


「……ああっ! ああ……ああああ!!!」

「そこに気付けるかどうか……それがマユコ様攻略の鍵となる」

「マユコ様の頬が……頬が微かにだが……赤らんでいる!?」


 私は高校生としてまだまだ青い、クルミの頭をくしゃりと撫でる。


「全校生徒のまで馬鹿にされて恥をかいた……? 違うな、花はお前じゃなく……女の子に持たせてやんな」

「お……OB……っ」


 クルミが選んだ選択肢によって、『ラブラブベストカップルコンテスト』が進行していく……

 

『そうか……すっかり騙されたよ。俺の負けだマユコ様』

『な……何よ、嫌に聞き分けがいいんじゃない。アンタ全校生徒の前で恥をかかされたのよ?』

『わかってる……それと『彼女に対して思ってる事』だったな』

『……っ』

『俺は、もう完全にマユコ様のとりこだ』

『はぅ――――っ??!』


 その瞬間、私とクルミの背後から声が上がる。


「きゃーーっ!! やだ、そんなのずるいわよ、まだみんなが見てるのよ〜っっ!」

「自らをおとしめ、ここぞという場面で女性を立てる……このルディン。彼のエレガントな振る舞いに感動した」

「なんか……なんかこう、ドキドキすんなぁ」


 何お前らまで没頭してんだよ。ガドフとパラディン後藤はポカンとしているけどな。

 さらにゲームは進んでいく。


『な、な……ななっ――あ、アンタなに言って……っ!』

『俺はお前が好きだ。マユコ……一生大切にする。俺と本当のカップルになろう』

『ひゃ……あぅ……あぅぅぅ……』


 ルディンが血の涙を流して死んだ。そしてクルミは、顔を真っ赤にして取り乱すマユコ様の初めての“デレ”を目撃し、ポロリとコントローラーを落としていた。


「こ……これは、いったい……」

「お前にとって初めての経験だろうな。これは……」


 クルミの肩に手を置くと同時に、うわずったマユコ様の声が部屋に反響した――


『しょ……! しょうがないわね! ん……その……一生、大切にしてくれなきゃ……イヤ、なんだからね』


「これが――“”だ」

「ツン…………デレっ!!」


 ベストカップルを決める鐘の音と共に、晴れて本当のカップルとなった二人へと、クルミは視線を戻す。

 そこには、見たこともない程に頬を緩めた……マユコ様のデレ顔がある。


「と……尊い…………っ!!!!」


 感動の涙と鼻をすする音が、部屋を満たす――


「おい……モヤシ女、いやOB! 日本の高校生とは、こんなに羨ましい学園生活を送っているものなのか!」

「ん……。そ、そうだ」

「うおおおおあ、俺も学校に行けばよかったぁああ」


   *


「力の流れが、拳以外にも応用する出来る事には既に気付いているみたいだな」

「う、うん……でも難しくて、精々が真っ直ぐ、ものすごく早く動けるくらいだよ」

「それは力の流れが一箇所に集中している為だ。以前よりエネルギー量の増したお前ではもう制御が効かねえだろう」

「じゃあどうすれば……」

「ずっと俺がやってんだろうが?」


 クルミを見ると、全身からまばゆい光が発散されている事に気付く。


「まさか……」

「まさかも何もあるか。力の流れを全身に行き渡らせろ。何処か一箇所でも手薄なところがあると、衝撃に耐えられずに肉が吹っ飛ぶぞ」

「肉が……吹っ飛――?!!」


 次の瞬間――目にも止まらぬ速さで私に接近したクルミの蹴りが、私の腹を蹴ってぶっ飛ばした。


「アダダァアアアア!!!」

「それが出来れば、こんなか弱い体でもここまで出来る」


 んなパフォーマンスの為に私を蹴るな! そして肉が吹っ飛ぶリスクを私の体に負わせるな!


「さぁいくぞモヤシ女、ここからは実践形式だ。力の流れを理解出来なきゃ、お前はこの俺にタコ殴りにされ続けるのみ。死が迫る戦いの中で、その感覚を肌に覚えろ!」

「死を迫らせるなぁ!! ――グアァアア!!!」


 本気で殺しに来ているとしか思えないクルミに、私は必死に応戦するしかなかった。


 ――にしても、嬉しいやら悲しいやら、コイツがここまで私の特訓に精を出してくれるとはな。

 勝手に死ねとか言ってたが、なかなかいいところもある奴じゃ――――ッッ


「なぁに呆けてんだ! 気抜いてんならこのまま殴り殺すぞ!」

「あばぁああ――っ!!!!」


 ――ふざけんな。コイツのせいで私はこんな事になってんだぞ。

 ムカつくぜ……やったらぁこの野郎があああ!!!

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