【凶悪!おっさん少女】ある日突然、むくつけきオッサンになった私。

渦目のらりく

一章 最強“最悪”のオッサンがうちに来て、全てを奪い取っていった日

第1話 世界最悪の大悪党

白狼はくろう


 その悪名高き名を知らない人はいないだろう。


 かつて混沌に堕ちようとしていた世界を救った、あの伝説の“10大勇者”のパーティーの一人、大英雄『力』の勇者。


 世界で唯一のSSSランク凶悪指名手配犯である白狼は、6年前、魔王を討伐した直後にその姿を消した。



 ――世界を裏切り、この世界に深刻な呪いをかけて。


 *


 ――どうも、私萌島もえしまクルミです。

 完全無欠の引きこもり系超絶美少女ニート。16歳です。


 ……それは忘れもしない。

 いつもの様に徹夜でゲームに熱中している夜中の事でした。


「はいパリィ余裕ッ。っウィ〜ッお疲れ様で〜す」


 フィギュア、円盤、ポスター、カードゲーム。

 二次元達が目一杯に敷き詰まった二階の汚部屋で、私は生白くて細っちょろい腕を振り上げた。


 ボスラッシュを難無く勝ち抜き、金色の大扉の前で一度コントローラーを置く。

 そして深呼吸しながら、掌をスリスリして精神を集中させる。


「……っ! いきますか!!」


 頬を叩いて気付けをすると、不気味な笑みと共にコントローラーを握る……!


「散っていった仲間達の為に……今お前を打倒する事をこの銃に誓う……白狼!」


 モゴモゴ喋りながらストーリーに集中していく。こういうのは恥ずかしげもなく没頭した方が楽しめるんだよなぁ。

 そう、私は今さながら『銃』の勇者モルディなのだ!


「フィーナーーー!!」


 道中白狼に殺された最愛の彼女の名を叫びながら、私は親のかたきの様にコントローラーを連打した。


 壮大なBGMと共に、白狼との最後の決戦が始まる。


 ――――――ッ

 ――――――

 ――――――……。


 ――――――――あれ?




「……弱くね? レベル上げし過ぎたかな?」


『銃』の勇者モルディが、レベルパンプし過ぎて鋼の肉体と、大砲の様な火力を手に入れていた。


「はぁ……私のフィーナはこんな雑魚に殺されたのかよ」


 画面の中で、遠距離から銃でハメ倒される白狼が転倒を繰り返している。無駄に演出だけ凝っているが、私は冷めた目をして丸ボタンを押しているだけだった。


『白狼』を題材にしたゲームは何百とやって来たが、これは一際酷かったな。

 パッケージのフィーナちゃんに一目惚れして買ってはみたが、肝心のフィーナちゃんは序盤でこいつに殺されて、そっからは古臭い男だらけのハードボイルド展開だったし。


「こっちは美少女を求めてんだよ。視聴者のニーズも分からねぇのか」


 このゲームも外れか。

 私の愛する、いわゆる王道ファンタジー的なゲームって、今じゃマイナージャンルになっちまったから数が少ないんだよな。

 今量産されてるのはFPS、TPS、戦争ゲーとかだ。どれも好みじゃない。


『ぬぁあ!』

『ぬぁあ!』

『ぬぁあ!』

『ごふっ』


 白狼の断末魔をひたすらに聞きながら、だるだるになったシャツの胸元に顔を埋める。


 ――不動のファンタジーが陥落するとは、誰が予想したよ。


 最もそれには明確な理由があって、そのキッカケになったのは……


『ぬぁあ!』

『ぬぁあ!』

『ぬぁあ!』

『いぎゃぁあ!』


 今『銃』の勇者モルディのガトリングで蜂の巣にされ続けている。現実に存在する、この“白狼はくろう”という男なのだった。


 外を見てみろよ。


 私の生まれ育った商店街を我が物顔で歩く獣人、エルフ、オークにゴブリン、町にはギルドなんかも建設されちゃって、外には魔物が出やがるんだ。


『ぬぁあ!』


 そう、これがファンタジーが売れなくなった理由。


『ぬぁあ!』


 ファンタジーを楽しみたければ外に出ろって事らしい。


 十年前に白狼が世界に呪いをかけてから、私達の世界はファンタジーと一体化しちまったんだ。


『ぬぁあ!』


 どうやら訳のわからねぇ事に“異世界”と、私達の世界が合体しちゃったって事らしい。


『ぬぁあ!』


 ――ていうかうるせぇな! なんで被弾ボイスそれしかねぇんだよ! さっき『いぎゃぁあ!』もあっただろ、まんべんなく入り混じれ!


『ぬぁあ!』


 あぁ、話を戻して……お互いにそんな事望んで無かったけど、だからといって平和主義の両者が争い合う事も無く、私達はいつしか異世界の奴等と共存していた。


 意外とこの世界に順応して楽しんでる奴も多い。

 剣を持って魔物狩りに出掛ける勇者気取りの人間もいれば、スーツを着て出勤する獣人もいる。


 白狼がなんでこんな事をしたのかは分からないけど、奴は今も世界の上層部から血眼になって捜索されていた。


 世界共通のとして。


『ぐぁぁあ〜ッ』


 間抜けな声を上げて画面の中で白狼が死んだ。


 ――そりゃそうだよな……平穏に暮らしてた世界が急に一つになっちまったんだ。そんな混乱を招いた張本人はさばかれて然るべきだと思う。


「よっわ」


 夢のファンタジーが現実になって、喜ぶ奴と悲しんでる奴は、半々ってとこらしい。

 

 まぁ、今までの世界に100%満足してた、なんていう人もそう居ないだろう。ファンタジー界の奴等もそんなもんらしい。


 感慨の薄いエンドロールを眺めて、私はコントローラーをゴミの山に投げた。


「はいクソゲーです。売却確定しました」


 じゃあ無類のファンタジー好きである私がどっちの派閥かって?


 断然アンチ。白狼アンチだ。


 ファンタジーってのはゲームやアニメで楽しむもんだ。


 だってそうだろう?


 現実世界ではセーブもリスポーンも出来ないんだ。初見殺しを食らったらイチコロお陀仏だぶつなんだよ?

 こんなクソゲーやってられるか、外には魔物やゴリラみたいな腕力の獣人がドヤ顔で歩いてるんだぞ。

 私は安全地帯からチマチマ敵を削っていくガンナー思考なんだ。


 ――つまり私が外に出られなくなったのも全部、白狼のせいって事。


「クソがよ〜クソが。白狼のクソが。現実で見付けたら私が鉄拳制裁して世界のヒーローになっちゃうよ〜? 案外本物の白狼も、めちゃくちゃ弱かったりして」













 ――――――で、だ。



 実は私が、冒頭からずっと無視している存在が居るんだ。


 貴方の存在に気付いてませんとアピールする為に、一度もそっちを見る事も無く、普段通りにゲームを続けていた。

 ていうか演じていた、実は心臓バックバクだったのだ。

 

 でもそいつは、背後で開け放った窓の所に座り込んだまま、一向に動きを見せない。


「……ぁ、ぁうう」


 どうしよう……。

 夜中にピシャんと窓を開け放たれて、知らぬ存ぜぬでは通らないのだろうか?

 でもこんなガリガリモヤシ女が正面切って不審者に相対して、何が出来ると言うのか。


「おい」

「…………っ」


 え、気付かれてる? もしかして気付いてる事気付かれてる?

 え、え? 泳がされてる? 遊ばれてるんでしょうか?  

 話し掛ける? いや、ゲームも終わったし話し掛けるしかないんじゃないの? このままずっと壁を見詰めてるのって不自然なんじゃないの? 限界? つまり説得パートに入るしかない?


「白狼がなんだって?」


 ドスの効いた声に、心臓が飛び上がる。


 明らかに中年の声だ……きっと可愛らしい私を無茶苦茶にしに来た変態野郎だ!


 私は冷や汗をかきながら、背後で開け放たれているらしい窓の方へと、そろそろと振り返った。


「……ぁ……あ、…………あびュわ…………」


 ガタガタと震えるせいで変な声が出た。






 ――信じるだろうか?


 世界中のお尋ね者。“白狼”が今、窓のへりに座って私を見下ろしてるって言ったら。

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