第11話 初コメ

 翌日僕は、バイト先のルーシェに今後の相談のために顔を出した。

 レイラと公式が今回のことに言及してくれたこともあり、ちゃんとこれについて話しておいた方がいいと考えたからだ。


 顔を出したのは今回のことがあって初めてで、正直どういう目で見られるのかと不安があったのは確か。

 だけどちゃんと説明したら、店長はすんなり納得してくれた。

 ただ今回の公式の発表などがしっかり行き渡るのに数日はかかるだろうから、復帰については目安として一週間くらい様子を見ようということに落ち着く。

 まだ出勤日が決まったわけではなかったけど、復帰はさせてもらえそうなので安堵した。


 お店にはすでにディナーの準備を進めている人たちがいる。

 みんなが今どう思っているのかはわからないけど、みんなも店長が前もって話しておいてくれるということだった。



「翔也、発表見たよ。大丈夫?」


「うん、大丈夫。少し様子見て、一~二週間くらいで出勤もできそう」



 元カノの理沙も今日は出勤だったみたいで、僕を見つけて話しかけてきた。



「SNSでもけっこう騒がれてたから心配だったんだけど、それならよかったね」


「うん。あんまり立ち話してるとサボってると思われるよ?」


「そうだね。じゃぁ来週とか一緒になったときにでも。じゃぁね」



 今は以前ほど理沙になにかを思うことはないけど、少しだけ好きだった頃を思い出した。

 ルーシェから帰った頃にはすでに日が落ちていて、タワーマンションはライトアップされているように灯りが点いている。

 メアは昨日お風呂から出たときにはいなかったので、きっと今もいないはず。

 ただなんとなくだけど、メアはまた突然現れそうな感じがしないでもないんだけど。


 今日は少し早い時間にレイラは配信しているため、僕は細心の注意で玄関の扉を開ける。

 第三者が今の僕を見れば不審者だと思ってもおかしくはないだろう。

 静かに玄関の扉を閉め、足音にも気をつけて配信部屋を通り過ぎる。

 リビングまでたどり着けば、とりあえずは安心だった。

 カバンを静かに床に置いて、イヤホンをつけてレイラの配信画面を開く。

 どうやら今日は雑談配信をしているようだ。


 今話題になっているのはデザート系の話っぽい。

 僕はここでどうするべきか頭を悩ませることになった。

 ここでコメントしなければ、もしかしたらこの配信が終わってから突っ込まれるのではないか? と思ったからだ。

 だけど今までしてこなかったので、なにをコメントしたらいいのかがわからない。


 コメントすることに慣れている人なら、話が広がるようなことを言えるのだろうか?

 ボキャブラリーのなさを痛感しながらも必死に考え、僕は初めてコメントをした。



「初コメです。配信してるうちにこれました!」



 なんの変哲もないコメントだと思う。コメントはずっと流れ続けているので、あっという間に流されるだろう。

 今までにもこういったコメントは見かけたことがあるので、たぶん大事になるようなことはないはずだ。



『初コメ、配信してるうちにこれました! 来てくれてありがとうね。今来るまで他の女の配信観てたわけじゃないよね?』



 流れて埋もれる予定だった僕のコメントが拾われていた。



『あ……』『あっ』『…………』『おっと……』『あ』『ん?』


『私のこと何番目に好き? 教えて教えて教えて』


『圧』『圧』『草』『レイラだけだよ』『圧』『単推しです』『レイラが一番!』『草』『圧』


『みんな知ってるんだからね? 他の女のところでコメントしてるのとか見たことあるんだからね?』


『YABE』『ヤベ』『草』『見られてんゾ』『圧』『バレてる』『草』


『でもしょうがないよね。みんなレイラだけじゃ満足できないんだもんね?』



 最後は楽しそうにレイラが笑って話題が戻ったが、僕の心臓はドクンドクン鳴り始めた。

 今はいいけどこの配信が終わったとき、問い詰められるとかないよね?

 でも昨日メアが同じようなことを言っていたというのは気がかりではあった……。




「「いただきます」」



 配信が終わって、僕たちは少し遅い夕食を取る。今日の晩御飯は出前とかコンビニ弁当ではなく、レイラ自炊のチャーハンだ。

 味付けはバターと塩コショウのシンプルなものだ。

 レイラはチャーハンを口に運びながら、チラチラと視線を向けてきていた。



「料理はそこそこできるって配信で言っていましたけど、美味しいです」


「う、うん。ありがとう……」



 少しレイラの目がうれしそうな感じになって、またすぐに遠慮がちなものに変わる。

 なにか言いたいのに言い淀んでいるという感じだ。



「あの……コメント、気づいたよ」


「あ、ありがとうございます」


「本当は、他の人の配信観てたからとかじゃないのはわかってたんだけど、でもちょっと今日遅かったよね?」


「大学終わってから、バイト先に行ってきたんです。店長と今回のこと話して、もう少ししたらまたバイトにも行けそうです」


「そうだったんだ。行けなくなったりしなくてよかったぁ」



 少しずつ元に戻ってきている。そんな風に思っていたけど、それは全然違った。

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