ヒーローと博士の活動記録

不手地 哲郎

犠牲

「見たまえ、ヒーローくん! 今日の発明品を!」

「げぇ、また作ったんですか」

「げー、とはなんだね。げーとは」

 研究所に入るなり、博士は発明品ができたと告げてくる。ほぼ毎日作っているとはいえ、未だに慣れない。

「今日は何を作られたんです?」

「ふふん。なんと今日は二つも発明したのだ!驚くといい」

 体を反って、相も変わらず薄い胸を張る博士。自信に溢れているのはいいが、いつものことを振り返ると、不安になってくる。

「まずはこれ!電磁カタパルト~!」

 博士の横にあった発明品が、布を取り払われて姿を露わになった。外観はどう見ても、掃除用品入れのロッカーであった。

「ロッカーですよね?」

「電磁カタパルト!」

 いうなり速攻で否定される。

「これはすごいんだよー。中に入れたものをマッハ十で射出できるの!」

「マッハ十ですか!」

 音速の十倍も速いということになる。武器としては、ものすごい性能だ。

「これでヒーローくんが現場に早く行けるようになるよ!」

「すみません、博士。もう一度、言ってもらえますか?」

 できれば聞き間違いであってほしかった。

「?ヒーロー君が現場に早く行けるようになるよ?」

 悪い予感が確信に変わる。予想に反して、これはヒーローたる自分を飛ばすための物だったらしい。

「マッハ十で人を飛ばすって、正気ですか⁉」

 ヒーローは頑丈ではある。しかし、いくらなんでも限度がある。そんな速度で飛ばされたら、一瞬たりとも耐えられるはずがない

「大丈夫だよー。最高でマッハ十で飛ばせるってだけだから」

 流石に考慮してくれていたのか、と安堵する。それもそうだ、これほどの発明をできる人が、射出対象のことを考えてくれていないわけがなかった。

「ああ、よかった。抑えてはくれるんですね。実際にはどれくらいの速度で飛ばされるんです?」

「普段はマッハ八で飛ばすから!」

 前言撤回。やっぱり考えられていなかった。十分の八って、ほぼフルパワーでは?

「使いませんからね、そんなの!」

「えーせっかく作ったのに」と文句を言われる。せっかくで、試されていては命がいくつあっても足りない。前回の件といい、安全性を証明してからにしてもらいたい。

 抗議の視線と賛同を期待する視線で、しばらく睨み合いが続く。

「しょうがないなー。じゃあ次はこれ!みがわりくん!」

 ようやく折れてくれたらしい博士は、次の発明品の紹介を始めた。

 袖口から何やら手のひらサイズの奇怪な人形を取り出した。

「これは持っているだけで、持ち主のダメージを代わりに引き受けてくれるんだよ!」

「うーん、本当ですか?」

 持っているだけで、とはまた疑わしい。雑誌の最後に広告されているパワーストーンと同じにおいがする。

「百聞は一見にしかず!はい持って」

 奇怪な人形を渡される。見た目もさることながら、手触りまでも奇怪だ。人形ということで綿のような感触かと思っていたが、違う。感触は人形というよりも、

「えいっ!」

 渡された人形の感触を確かめている最中に、博士がいつの間にやら手にしていた金槌で叩いてきた。

「って、何を!」

 何の予告もなく、殴ってくるとは。しかも頭部。まさか、さっきの電磁カタパルトのことを引きずっていて、憂さ晴らしに?

「どう?」

「どうって。あっ」

 手加減して振り下ろされた、というわけでもないのに、まったく痛みは感じない。

「確かにまったく痛くないです」

「これがみがわりくんの効果だよ」

 博士は体を反らして、またもや薄い胸を張る。

「これはすごいですね!」

「いやー、ヒーローくんに気に入ってもらえてなによりだよ。前みたいにボロボロで帰ってこられるのは見たくないからね」

「そ、そうですね。ははは」

 そのボロボロになった原因は前回、博士が無理やり着せたパワードスーツが突然爆発したことによるものだったが、口には出さないでおく。

「もうやめてください……」

 聞きなれない、声がすぐ近くから聞こえる。

「博士、何か言いました?」

「んー?何も?」

 確かにはっきりと聞こえた。しかし、研究所内には自分と博士しかいない。

「なんでこんなことを……」

「あれ?やっぱり」

「あー、ヒーローくん。それだよ、それ」

 自分が手に持っていたみがわりくんを指差してくる博士。

「みがわりくんにも限界があるからね。限界までを一~六段階で分けて、音声で判別できるようにしたんだよ。今は二段階目かな?」

「いや、気が滅入るんですけど」

 手からは「もう許してください……」と悲愴感溢れる声が出ている。

「罪悪感がすごいので声をなくせませんかね、これ?」

「うーん。もう機能の一部だから無理だね!」

 にこやかに答える博士。せめて無機質なようにできなかったのか。台詞が無駄に充実しているのも、なかなかに堪える。

 突如として、研究所内に警報が鳴り響く。

「出撃だよ、ヒーロー君!」

「分かりました!行ってきます!」

 出口に向かおうとしたところ、腕を掴まれる。見れば、博士がもう片手で、先ほどの電磁カタパルトに指を指している。

「……乗りませんよ」

「いいタイミングだし、ちょっと、ね?」

 期待を込めた眼差しで薦めてくる。どんなタイミングでも、人としての形が保っていられるかも分からないものには乗りたくない。

「いいから、いいから」

「ちょ、ちょっと」

 腕を引っ張られて、誘導される。なぜかうまく抵抗できずにされるがまま、遂には、中に押し込められてしまった。小学生の時に遊びで入ったのを思い出すなぁ。

「スタンバイ!」

 感慨に耽っている場合ではなかった。

 博士の声と共にロッカー内部が回転する。

「なんで回るんですか、これー!」

「発電のためー。ちょっと我慢してねー」

 呑気な返答が返ってくる。そうはいうが結構な速さで回っている。現場に酔った状態で送るつもりなのだろうか。いや、その前に無事に現場まで辿り着けるのだろうか。

「発射!行ってらっしゃーい!」

 様々な不安を余所に、ロッカーの上の部分が開かれ、足元からの圧力で宙へと飛ばされる。




「よく無事だったねー」

「やっぱり何も考えてなかったんじゃないですか!」

 なんとか怪人を倒して、研究所に帰ってみれば、にこやかな第一声がこれである。実際、無事だったのも奇跡に近い。

 地面に叩きつけられ、道路の上を滑るはめになったのだから。それでも無事だったのは、皮肉にも同じく博士の発明品のおかげだ。みがわりくんを手に持ったままでなかったら、どうなっていたか想像もしたくない。

 ついでに、みがわりくんは最後に「エリ、エリ、レマ、サバク……タニ」と消え入りそうな声で呟くと、震えて溶けだした。流石に気持ち悪くなって、命の恩人にも関わらず、投げ捨ててしまった。本当に何の材質でできているのか気になる。

「ところでだね、ヒーローくんが帰ってくるまでに、もう一つ、発明品ができて」「今日は帰ります!」

 つい先ほど九死に一生を得たのだ。少なくとも今日はこれ以上、命の危険を感じたくない。

「まあまあ、そういわずに~。これを頭につけるとだね」

 逃げ遅れて、頭に何かが被せられる感覚。


 こうなったら祈るしかない。ああ、命の危険がありませんように。

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