私は、モンスターだ

私は案外すぐに動けるようになった

再生が機能しなかったのも一時的なもので

数分もあれば完璧に元通りであった。


そして、目の前の問題と向き合う

そこに倒れている剣士に対してだ。


「……」


体のあちこちから血を流して

うつ伏せになって倒れている人間

彼女はまだ生きている、そして無防備だ。


身の安全を考えるならば

殺しておいた方がいいんだろうけれど

それでは問題の解決にならないと思った。


なんせ私は二度、人間に殺されかけている

彼らは私を見るや否や敵と認識する

向けられるのは憎悪、敵意、嫌悪感、殺意


当たり前にそうするもの

という認識が、彼らの中にはあるのだろう

人間にとってモンスターは駆除対象なんだ。


短期間に同じことが起こった

つまり、今後も狙われづけるということだ


それでなくとも私は、人間を取り逃してしまった

彼らは必ず復讐しに戻ってくるだろう


仲間を殺された恨みを晴らしに来る

去り際に見たあの表情は、忘れられない

例え命に替えても仇を取りに来るはずだ


怒り、執念、憎しみ、狂気

時に正気を失わせるそれらの感情は

彼らをより高いステージへと押し上げる


そして次に相見える時

私は間違いなく殺されてしまう


たとえどれだけ時間がかかろうとも

あの二人は、必ずここに戻ってくる


今この女を殺して得られるものは

いっときの安心と装備品だけ


知りたいことは山のようにある

この場所の事とかモンスターの事とか

私自身の事、そして彼女ら人間の正体


変動なきゼロか、限りなく濃い霧に覆われた

先の見えない可能性に賭けるのか


後者は最悪の場合命を落とすかもしれない

だが、もし仮にそうなったとしても

現状だと恐らく早いか遅いかだけの違いだ


今のまま行けば私は死ぬ、分かるんだ

なんの打開策もないまま闇の中を彷徨えば

いずれ飲み込まれて這い出せなくなる


足掛かりが欲しい

ひょっとしたらこの女が

それを与えてくれるやもしれない。


方針は決まった、彼女と対話を試みよう

そして情報を引き出すのだ、出来るだけ沢山

どのような些細なことでも構わないから


私の知らない空白の部分を

ほんのちょっぴりでも埋めるのだ。


女の体に触れる、暖かい、柔らかい、硬い

とりあえず武器になりそうな物は外しておこう

起き上がっていきなり切り殺されるのは勘弁だ


そんな間抜けな最後は嫌だ

せめて格好よく死にたい!


腕や足を縛っておこう、戦いの動きを見る限り

身体能力が高すぎて意味は無いかもしれないが

やらないよりはマシ……だと思いたい。


慢心に繋がらないようにだけ

気を使っておけば大丈夫だろう。


それにしても


「初めて人に触れた」


殴ったり蹴ったり切ったり等ではなく

なんの害意も込めずに接触を果たすのは新鮮だ

どうしてだかずっと触っていたくなる


血や臓物何かよりは遥かにいい感触だ

ほんのりと暖かくて、自分の存在を確認出来る


こうして肉体と肉体が噛み合うことで

私はここに居る、ということを自覚できるんだ


己の存在証明をしたい

という様な欲求があるのかもしれない

もしかして寂しいのか?有り得る話だ


自己分析は終わりがなくて楽しい

どこまでも見透せる鏡面のようだ。


と、


「……!」


前触れなく女が飛び起きた


もっとも、彼女は縛られているので

ただ派手にコケるだけなのだが。


女はしばらくもがいていた

拘束を解こうとしたり逃げようとしたり

何とか私に危害を加えようと奮闘したり


だが、どれも叶わないらしい事を悟ると

途端に大人しくなって落ち着き出した


「……」


死を覚悟した表情だった

これから己が辿るであろう凄惨な最後を

次から次へと思い浮かべているような顔


傍にしゃがみこんでみた

動揺や恐怖は感じられなかった

あるのはただ、いさぎよい諦めの気持ち


どうとでもしろと言いたげな態度だった

しかし私は、彼女のそんな姿勢に誤魔化されない

この人間は今も、拘束を解こうと抵抗をしていた


上手いこと体の角度で手元を隠し

諦めたような雰囲気を出していながら

見えないところではまだ生への執着が燻っている。


もしかすると

完全なる演技ではないのかもしれない

ただ、どうしても諦めきれないだけで


いわゆる無駄な抵抗というやつ

悪あがき、そう呼ぶに相応しいのやも


その姿を見ていると

なんだか憎めない存在に思えてきた

彼女はただ生きるのに必死なだけだ


私と同じ


モンスターと呼ばれて剣を向けられ

殺されそうになったから殺し返した

ほんの少し前の私と同じ


彼らは、怖いだけなのかもしれない

得体の知れないものに恐怖している


だとすればそんな状態での交渉は不可能だろう

少なくとも、命の危機を感じるような状態では


私は


彼女の横に寝転がった

人間の方に体を向けて


彼女はぎょっとしたような顔をした

私が何をするか測りかねているのだろう


私は、人肌が良いものだと覚えた

暖かくて優しくて柔らかい、安心出来る

彼女も同じ気持ちになってくれたのなら


少しは楽に

情報を聞き出せるかもしれない

私はそのように思って実行しただけだ。


「……ん、!?」


私は彼女に抱擁を与えた

ふわっと、覆い被さるような手軽さで

腕の中にすっぽりとその人間を収めた。


これには彼女も

流石に度肝を抜かれたらしく


半ばパニックの様な状態になりながら

必死に身動ぎをして逃れようとした!


背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめる

思いのほか心地よかったんだ

想像していたのよりも、ずっと良かった


情報だなんだと言ってはいたけれども

私はもしかすると、本当に

ただ寂しかっただけなのかもしれない


——しゅるっ


私は、彼女に施した拘束を解いた

自分でも正確なことは分からないけれど

多分、抱きしめ返して欲しかったんだと思う


「……」


彼女は


私に抱きしめられながら

自分の腰の裏辺りに手を伸ばした


そして微かに聞こえる金属音

仕込み武器だ、うっかり見落としていた

まさかそんなトコに隠してあったなんて


ぎちっと柄を握り込み、鞘から半分抜き

しばらくその状態のまま固まって

彼女は目を閉じ、武器を鞘の中に収めた


そして


こう呟いた


「なんなんだよ、コイツ……」


そっと抱きしめ返してくれながら。


あろうことか私は

いつの間にか眠りについてしまっていた

戦い続きで疲れが溜まっていたのだろう


あるいは、安心したのやも……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


パチパチという火の弾ける音で目が覚めた

背中側に熱気を感じる、微妙に暑い

もしや火炙りにでもされているのだろうか


だとしたら事だ、今すぐに水を用意……


「……?」


私は


腕の中が寂しいということに気が付いた

居ない、抱きしめていたはずの人間が消えた

逃げられた?殺された?私はあの世にいるのか?


まとまらない思考でありながら

とりあえず、ゴロンと体の向きを変えてみた


そして視線の先に


「……起きた」


探していた人物の姿を見つけた

彼女は初めて、憎しみ以外の感情をもって

私に対して言葉をかけてくれた


「なぜ居なくなった」


不服そうに言う


「寒くて」


ああ、それで火を起こしたのか

でも他にも理由があるんじゃないか?


「それだけか?」


「多分」


要領を得ない解答だ、合間にすぎる

彼女自身も分かってないのかも


しばらく二人して火を眺めていたが

やがて彼女が口を開いた


「……どうして殺さなかった」


そう、彼女にとっては恐らく

そこが何よりの不思議ポイントなんだと思う


仕留めるタイミングがあったはずなのに

命を取るどころか添い寝をかましてした私に

並ならぬ不信感を覚えていることだろう。


「私は知らないことが多いから

生かしておいたら、何か聞けると思った」


特に偽ることはしなかった

きっとそれが一番良いと感じた


「もし聞けなかったら?」


「自分の安全の為に殺す」


誰かに助けを求められたら厄介になる

また、未来への危険貯金をしてしまう事になる

逃げられる前に息の根を止めるのは至極当然だ。


「情報を聞き終えたら?」


「同じ答え」


「ふうん、分かりやすい」


不快そうではなかった


むしろ理屈として理解できるって顔だ

彼女は私の主張に対して共感していた

嫌悪やら憎悪は不思議と感じられなかった


何故だろう。


「何が知りたいの」


「ここは何?」


「ダンジョン」


「それは何?」


「素材やモンスターを狩るところ

お金になりそうなものを集めて売って

それで生計を立てるってそういう仕事」


「モンスターを狩るのは何故?」


「気持ち悪いから、昔からそうだから

呼吸するのにいちいち理由考えないでしょ

当たり前にそう決まってることだからだよ」


「モンスターが嫌い?」


「人類の敵なんだもの

モンスターだって人間を憎んでるよ」


「私は憎くない」


「でも襲ってき……いや、それは

私が先に襲いかかったからなのかな」


「死にたくなかった」


「……あっそ」


彼女は懐疑的な目を向けつつも

私の問いかけにはしっかり答えてくれた

命を奪わなかった事の恩返しのつもりか


「なんで抱きついてきたの」


今度は彼女から質問が来た


「安心させようと思った

でも分からない、ひょっとしたら

私が寂しかっただけなのかもしれない」


「なんで寝たの」


「戦い続きで疲れてた」


「続……前にも戦ったわけ」


「女とほんの少し会う前に

四人組の人間達と戦いになった」


「殺した?」


「ふたり」


「……」


なんで殺したのか、と聞こうとして

彼女は自分が行った問答を思い出した

そしてひとりで納得をして口を噤んだ


「人が憎くない?」


「全然」


「人を食べたいと思う?」


「美味しいんだったらね」


少し、溜めて


「私を、殺す?」


他の質問とは違った声音で

人間の女はそう言った。


「そうしないと自分が危ないなら」


「……逃がしてって言ったらどう」


「リスクが大きい、メリットが無い」


女は納得した顔をした


「誰にも言わないと約束したら?」


「確証が無い」


これに関しても同意の様子だった


「何か聞きたいことはある?」


「人間はどこから来るのかが知りたい」


「地上だよ、ダンジョンの外、街がある」


「どっちが主軸の世界?」


「外の方」


「ダンジョンには、人が沢山くるもの?」


「日に数百人は訪れるかな」


「モンスターは?」


「居るよ、わんさかいる」


「狩られるもの?」


「ダンジョンに居るのより憎まれてる」


じゃあ、外に出たりするのは不可能だな

そこで生きていくなんてもってのほかだ


人間たちは私の姿を見ただけで

正体がモンスターであると看破していた

それは表に出たところで変わるまい


かと言ってこの場に留まるのも

日に数百人の人間を相手にしていたなら

そのうち必ず殺されてしまうだろう


仮に全部返り討ちに出来たとて

表の世界ではどんどん事態が大きくなり


私の存在が知れ渡り

終わりのない戦争が幕を開ける事になる

そうなったらきっと負けるのは私の方だ


「人間って地上にどれくらいいるもの?」


「60億ぐらいは居る」


「じゃあ、滅びるのはやっぱり私の方だ」


数字の概念は、なぜだか理解出来た

ダンジョンに与えられた知識ってやつだ

どういう基準で選ばれているか知らないがね


私は質問した


「地上に帰りたい?」


「そこが家だから」


「分かった」


私は立ち上がった、そして彼女を見下ろし

自分の心に従った結論を述べた。


「さっきは寝かせてくれた、殺さずに

だから地上に帰ってもいいって思った


確かに危険は避けたいけれど

遅かれ早かれ、私は死ぬと思うから

言いふらさない確証が無くても良い


見逃してあげる、だから立ち去って

戦いたいと言うのならやるまでだけど」


「……こんなふうに言うのは変だ

でも、そうしなくちゃいけないと感じたから言う

ありがとう、この私を家に返してくれて」


「さようなら、名も知らぬ人間」


「さようなら、モンスター」


私は彼女が、焚き火の火を消して

荷物を背負い、振り返ることなく洞窟の

暗闇の向こうに消えてくのを眺めていた。


「私は、モンスターだ」


その事実を、しかと受け入れつつも……

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