とあるクランの会計係

雲川空

第一部 スエラル国

第一章 消えた魔剣

 ①

 この街の朝は何事も忙しない。宿屋の主人は、宿泊客の為に朝食の用意をする為に、その食材を調達するべく、朝の市に出掛ける。道具屋や武器屋を営む人達も、朝早くから来るであろう人達の為に開店準備をしている。街と街との行きに便利な、馬車も朝から他の街や村に行く人達で、どの便も満席に近い。この王都ペラルゴンは、今日も賑わっている。


 いつもの店『ヒナドリ』で、朝食を済ませる。ここの朝食セットのパンとサラダ、野菜のスープは値段も手頃で、薄給の俺に優しい上に、美味しい。ここで、朝食を食べて仕事に向かうのが俺の一日の始まりだ。


『ヒナドリ』の店長に礼と会計を済ませると、俺はお店を後にして職場に向かう。この店から近い場所にある。少し歩くと、俺の職場でもある建物が見えてきた。建物は五階建てのある意味小さい城なのではと思わなくもないほど、大きい。俺は、その建物の中に入っていく。入口にいる受付の人に挨拶をすると、建物の三階の角部屋を目指す。


『ウーラオリオ』冒険者クランの一つである、そこが俺の職場である。この世界には、国に仕える騎士や魔導士はいるが、各地にあるダンジョンの調査や、王都やその周辺の街や村に出るモンスター討伐や、夜盗の類による確保や護衛は国の騎士たちだけでは、手が回らない。


 そこで、そういったものを仕事として請け負うのが、冒険者である。冒険者は国が運営する冒険者ギルドに登録をする事で、冒険者になれる。当然、登録料ならびに研修を受ける必要はあるのだが、それさえ済めば、冒険者として仕事を受けられる。


 そして、冒険者クランというのは、言ってしまえば、冒険者の集まりだ。クランはギルドに申請をして、数々の審査を経て、許可が下りれば、ギルドから発行されるクラン章を貰い、冒険者クランとして設立となる。


 冒険者クランには、ソロやただのパーティーとは違い、いくつかの利点がある為、大きいクランに所属する事が冒険者の成功への近道という人もいる。

 俺が働いているクラン『ウーラオリオ』もこの王都では、上位に位置するクランの一つだ。そんなところに所属している、そんな俺はすごい冒険者………などではない。


「おはようございます」


 俺は、自分の職場でもある部屋に朝の挨拶をしながら、ドアを開けて入っていく。部屋の中は入った正面に窓があり、右側と左側には天井に届きそうなほどの棚が隙間なく設置されており、棚の中はびっしりと埋まっている。部屋の中央には、三つの机があり、一つは窓に背を向けるように、残りはお互いが向かい合わせに置いてある。そして、その三つの吐机と入口も間には、間隔を空けてもう一つ机が置いてある。そんな部屋の中には先客がいた。短く切り揃えられた白髪に威厳が感じられる髭、汚れ一つないクラン章のバッジを襟元に付けた白シャツに黒のズボン、年上の男性の貫禄が感じられる。


「おはようございます」

「マルバスさん、おはようございます」


 上司のマルバスさんが俺より早く来ていた。マルバスさんは自分の席、窓に背を向ける席に座って、紙の束を一枚一枚見ていた。


「今日も、たくさんありますね」

「こればっかりはね、しょうがないよ。昔に比べて今やこのクランも大きくなったからね」

「ですよね」


 マルガスさんはこのクランの設立当初からいる、古株のメンバーの一人であり、俺がこのクランに所属してから、教育係として、様々な事を教えてくれた。俺にとっては頭の上がらない人物の一人でもある。

 俺も自分の席、入口から見て右側の席に座る。俺の正面の席はまだ空席だった。


「スバルはまだ来てないんですね」

「まあ、まだ時間にも余裕があるからね」


 そんな会話をしていると、まるで図ったかのように、入口の扉が開く。


「おはようございます!」


 元気な挨拶とともに、肩まである赤髪と、マルガスさんと同じ服装で、明らかに私げんきですよと言わんばかりの女性が入ってきた。この人物こそ、俺の後輩でもあり、この職場の最後の一人でもある、スバルである。


 ちなみに、二人の服装はこの職場における制服のようなものなので、俺も同じ服装であり、このクラン、ウーラオリオに所属する人は、うちのクラン章は雪の結晶のような形のバッジが配布される。クランに所属する人は、バッジや装備品にクラン章を入れる、これでそのクランに所属している証明になるのだ。このクラン章の類は魔法が使われていて、偽造はできない。仮に、偽造などしていた場合は罪に問われるので、まずそんな馬鹿な事をする連中はいない。


「お前は、今日も元気で、やる気満々だな」

「先輩は逆になんでいつもそんな感じなんですか?」

「これから、仕事かと思えば、やる気もでない」

「もう、そんな事ばっかり言っていると、暗い一日なっちゃいますよ」

「スバル君の言う通りだよ、何事も前向きな気持ちでいかなければ、嫌な事も呼び寄せてしまうかもしれませんよ」

「マルガスさんまで、止めてくださいよ」


 そんな他愛のない話をしていると、始業の時間となった。


「では、今日も一日よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 ここはウーラオリオの財政部門、クランの資産管理を主な仕事をしている場所である。そして、俺はその財政管理会計部で働く職員の一人バアル、冒険者などではない。命のやり取りをすることもなく、毎日お金の計算と戦う、ただの職員である。

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