第4話

 中世の大阪平野には、無数の川が縦横無尽に流れていた。

 と言っても、この世界の設定が中世なのかどうかはわからないが。


「ここが玉藻御前の心象世界なのであれば、平安時代から室町時代ってところなのかな」

「なるほど、たしかに妹尾くんはそんなことを言っていたな」


 去年の定期テスト範囲を思い出す。794ウグイス平安京、1192つくろう鎌倉幕府、室町幕府は何年だっけ?


 我々の船は大阪湾からできるだけ大きな川を選んで遡上していく。現代でいうところの淀川をさかのぼっていけば、京の都につながっているはずだ。奈良の都・平城京から見て山の背後、すなわち山背やましろ。転じて山城やましろの国。


「ここからは歩きだな」

「またそのパターンか。妖の類が出なけりゃいいが」


 船底が浅瀬にこすれてしまう。船はここまでのようだ。

 ぬかるんだ平野を北東へ、京都盆地の入り口を目指して歩く。


「だんだん都会っぽくなってきたな」

「平安京……でいいのかな?」


 やがて行く手に見えてくるのは、東寺と西寺に挟まれた羅城門。平安京のメインストリート、朱雀大路だ。


「こんな正々堂々ど真ん中を通っていいのかな?」

「向こうが見つけてくれるなら、手間が省けていいじゃないか」


 洛はなんだか不安げだが、それと対照的に都はにぎわっていた。


「この世界における、俺たち以外……つまり狐憑き以外の登場人物は、いったい何なんだろうな」

「俺にとってはNPC、モブキャラだという認識だが」


 ノンプレイヤーキャラクター。ゲームをやらない俺でもわかるように、洛は説明してくれた。ストーリーには関与してこない群衆。彼らには個性も感情も痛覚もないのだろうか。


 あの『彼岸花』の狐憑きは、『獺』の配下であるくノ一たちを殲滅した。かくいう俺たちも、手負いの彼女らを放置してここまで来てしまった。モブキャラとして扱った……牛鬼がやってきて誘拐されて、それどころではなかったといえばそれどころではなかったのだが。


「見たところゲームみたいに同じところをぐるぐるしているキャラクターはいないし、何度話しかけても同じ返答しかしないやつもいない」

「とはいえ、いちいち感情移入してちゃ生き残れないし、帰りたくもなくなる……か」


 その時だった。俺の視界の隅に尾又玉藻の姿が映ったのは。


 長髪をなびかせて凛と歩く姿には感動すら覚える。意思の強そうなキリッとした目つき。薄い桃色の唇。この世界に馴染むよう和装の出で立ちだが、俺の目は誤魔化せない。


「玉藻会長だ」

「何?」

「行こう」


 俺が速足で進み、洛が後ろをついてくる。現代の京都ほどではなかろうが、それなりに人波があって思うようにスピードが出せない。


 羅城門を抜けて、朱雀大路の突き当りには大内裏だいだいり。方角でいうところの東、大内裏側から見て左が左京ということになるが、尾又玉藻らしき人物は大内裏手前の二条大路を左京の方へ進む。視界から消えてしまう!


「急がないと!」

「おい!」


 急ぎ角を曲がるが……


「くっ……見失ったか」


 そこに玉藻の姿はない。どこかの建物に入ったのか、あるいは足がめちゃ速いのか……?


「すいません、『長髪をなびかせて凛と歩く姿には感動すら覚える。意思の強そうなキリッとした目つき。薄い桃色の唇。』そんな女の子を見ませんでしたか?」

「おいおい……」


 俺は必死の形相で道行く男に尋ねる。洛はあきれ顔だ。さすがに描写が主観的すぎるか。


「ああ、その人なら、このまま東の方へ、鴨川の方へ行きましたよ」


 ところがどっこい、なんか通じた。


「ありがとうございます!」


 一度都を出て、鴨川にぶつかる。


「すいません、『中略』そんな女の子を見ませんでしたか?」


 橋を渡る町娘に声をかける。


「ああ、その人なら金倉堂かなくらどうの方へ行きはりましたよ」


 方言女子にキュンとしかけるが、俺は一途なのでゆるがない。


「あざっす!」

「でも……」


 町娘は何か言いよどむ。


「何か……?」

「いえ……金倉堂には今、素性の知れへん隠者が住み着いておりまして、訪ねた者は帰ってこないとの噂です」


「なるほど……狐憑き案件っぽいな」

「うん……」


「ですから、もし行きはるなら、お気をつけて」

「はい。ありがとうございます」


 俺たちはその町娘に丁寧にお礼を言って、その金倉堂とやらに向けて急いだ。北東の小山に三重塔が見える。そのふもとに金倉堂なる御堂があるという。


「その隠者というのが、尾又なのか?」

「さすがに隠者という感じではなかったが……だいたい、隠者って街中にやってこないだろ」


 隠者というと、俗世間との関係を断って隠遁しているというイメージ。日本だと西行とか兼好法師とか? さきほど俺が目にした生徒会長は、そういう雰囲気ではなかった。相変わらず凛々しく美しかった。


「では隠者と呼ばれる狐憑きがいて、俺たちは尾又玉藻によってそこへ誘導されているとか?」

「罠ってことか……」


 狐憑き同士をぶつけてバトルロイヤルを加速させるため? 妹尾治郎の言っていたことから推測すると、そういうストーリーが考えられる。


「まぁ、行くしかねぇよ。他にやることもなし」


 しかし結論から言うと、こんなノリで足を踏み入れるべきではなかった。


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