異世界狐憑九尾伝

美崎あらた

九折中学の神隠し

第1話

「あっぶねぇ、異世界転移するかと思った」


 そんな寝言とともに目を覚ましたのは、これまで14年の人生の中でも初めてだった。

 何か不思議な夢を見ていた。いい夢だったような気もするし、悪夢だったのかもしれない。記憶はぼんやりしていた。

 枕元の目覚まし時計は6時59分を示している。あと1分でアラームが鳴り響くことになるわけだが、なんとなくそれを聞きたくない気分だったので、鳴る前にスイッチを切ってしまう。


 朝食をすませる。顔を洗う。着替える。昨日すでに準備はしてあるわけだが、もう一度荷物を確認する。

 いつもの手順で、いつもの時刻に家を出る。まったく代わり映えのしないいつもの通学路を、寄り道をするわけでもなくひたすら歩く。


 それなのにどこか、違和感があった。


「よぉタイガー、浮かない顔してるな」


 そう声をかけてきたのはクラスメイトにして悪友の尾崎洛おざきらく。タイガーというのは俺のことだが、俺の名前は大河とか泰雅ではなく(いっそそうだったらと思うが)尾形虎之介おがたとらのすけだ。虎だからタイガー。そう呼ぶのはこいつだけだ。


「なにか引っ掛かる夢を見たんだが、どういう夢だったか思い出せない」

「ほーん」


 洛は興味なさげに欠伸なのか返事なのかわからない音を発する。


「やれやれだな」

「まったくだ」


 このやり取りも何回目だろう。

 我らが九折つづらおり中学は小高い丘の上にある。眺望はいいのだが、通学は困難を極める。

 正門へたどり着くには、その名の通り九十九折つづらおりの坂道を登らなければならないのだ。


「お、生徒会長」

「なに? 本当か」


 坂道を登り切った先、横断歩道の向こう側、車道の反対側が学校の正門となる。

 洛の言う通り、横断歩道の向こう側には果たして生徒会長・尾又玉藻おまたたまもがいた。

 才色兼備の生徒会長。成績は常に学年トップ。長髪をなびかせて坂道をものともせず凛と歩く姿には感動すら覚える。


 そして何より、顔が良い。


 超タイプだ。

 そのご尊顔が、こちらを振り向く。

 意思の強そうなキリッとした目つき。薄い桃色の唇。


「デジャブだ」

「あ?」

「夢で見たんだよ」


 彼女は振り向きざまににっこり笑って、右手でキツネさんを作るのだ。コン。


 なんでキツネさん?

 新手の愛の告白か?

 そうしてドギマギしているうちに、

 俺はトラックに轢かれて即死した。

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