自由で無謀な冒険者はお好きですか?

あかつきマリア

生殺与奪



 どこまで行っても青い空、照りつける太陽と見渡す限りの砂原。



 崩れた岩、枯れているのかも分からない僅かに生えた乾燥地帯独特の灰色の植物。



 そんな砂漠のど真ん中にテントが1つ。



 その日陰で二人の女性が隣同士に座り込み、じっと日が落ちるのを待っていた。



 一人は砂色のローブの下にノースリーブのインナーと胸当て、ショートパンツとロングブーツという軽装の女剣士、およそ誰もが知っている耳長の種族。



 エルフだ。



 ただ、残念なことに彼女の金のセミロングヘアーは熱風に煽られて酷く絡み、翠のきらきらとした瞳もこの暑さですっかり淀んで、強烈な日照りで色白な筈の肌が小麦色に日焼けをしていた。



 もう一人は小柄な女狙撃手。



 森林迷彩のバトルスーツを着て、赤縁眼鏡を掛けた彼女はダークドワーフ──



 かの有名な赤い童子であるドワーフがレッドドワーフと呼ばれるのに対し、身体の色素が寒色系であることからブルードワーフとも呼ばれ、長い年月を掛けて鉱山の地下に適応した種族である。



 そんな彼女だが、真珠のような真っ白い肌にはじっとりと汗がまとわり付き、普段は爛々としている筈の紅い瞳も今は曇っていて、長く美しいストレートの白髪にはいくつもの外はねがあった。



「──あづい」



「口に出さないでよ、余計暑くなるじゃない……


 ていうか、ドワーフならこれくらいの暑さへっちゃらでしょうが」



「アタシゃダークドワーフだって何度も言ってんだろ……


 わりぃが炎で焦げねぇアイツらでも暑さ自体は堪えんだよ、残念ながらな


 暑いのにゃ慣れちゃいるが、日陰者な上、アルビノのアタシに日差しは大敵だぜ」



 二人が眺める先には水平線を歪ませる陽炎が昇り、どれ程歩けば目的地にたどり着くのかと、距離感を失うような景色に彼女達はすっかり落胆していた。



 狙撃手の言う通り、このうだるような暑さはかの有名な職人気質なドワーフでもきっと堪えることだろう。



 ダークドワーフも鍛冶職人の多い種族であるが、地下に住まう分、暑さはともかく陽射しにめっぽう弱い。



 加えて、先にも彼女が口にした通り彼女はアルビノ、色素欠乏個体である為、陽射しに対する耐性の低さは通常個体の比ではないだろう。



 尤も、そんな彼女が無策でこんな砂漠のド真ん中で活動している訳でもないのだが。



 対して、木漏れ日と川のせせらぎに囲まれ、涼しげな泉の周りで集落を作り、悠久の時を暮らしているのがエルフの民の在るべき姿。



 本来住まう環境とは真逆である砂漠地帯で過ごすのは、狙撃手程でないにしろ剣士にとっても苦行に他ならない。



 焼けるような砂地であることも忘れ、ついに彼女は駄々をこねる子供の如く背を着けて手足を広げてしまった。



「あーもう!


 こんな酷いなんて聞いてなかったわよ!


 どうしてこんなルート選んだの!」



「仕方ねぇだろ……


 最短で次の街に行くにゃ、この荒野を突っ切らざるを得ねぇし、とっとと大口の仕事がしてぇっったのもおェだ


 あと転がってると背中が焼けるぞ」



「……そこで明日の昼に妹と待ち合わせしてるって言ったのはどこの誰よ」



 彼女の鋭い言の葉が一突き、少々ばつが悪そうに頬を掻いた狙撃手は誤魔化すように腰のポシェットから手帳を取り出してパラパラとめくり、ちょうどその真ん中の辺りで手を止めた。



「──シスコンで悪かったな


 だが、突っ切るついでにやれることもあるからこのルートを選んだ、許せ」



「何それ、初耳なんだけど」



「許せっった


 砂原の街エルメナで噂になってたのは流石に聞いてるだろ?


 ちょうどこの辺りで昼間に動く商隊がサメみたいな怪物に襲われるって話をよ」



「サメ?


 ワニみたいなのが居るってのは聞いてたけど……」



「砂漠の主、熱砂の人喰い竜、色々と話は聞いたが、図体もデカくて被害も多数ってんでこの辺りじゃ最近有名らしい


 周辺の役所でもソイツを狩猟出来る冒険者を探してるらしくてよ


 お前さんのことを役所のねーちゃんに話したらすんなり仕事を取り付けてくれたぜ」



 手帳をポシェットに納めた狙撃手は傍らに立て掛けていた自身の身の丈程もある大型のライフルあいぼう──



 人間の成人男性の手の平程のある大きなマズルブレーキ、その後方には先端が鋭く尖った、バヨネットを兼ねたバイポッド、森を住処にする蛇のように長く太い銃身。



 トリガーは滑り止め加工が施されたロングタイプ、トリガーガードは延長され、そこに左右折り畳み式のフォアグリップが取り付けられている。



 グリップも丸みを帯びていて握り易い、発射方式はセミオート、マガジンは機関部後方、ストックと一体化して配置され、ブルパップ方式が採用されていた。



 強い反動を抑制する為、肩との接触面が滑らかに湾曲したストックまで含め、以上の特徴から機関部はコンパクトで、小柄な彼女の腕に収まる程度。



 と、腕利きの職人の手によって入念にカスタムされているのが窺える見事な対物ライフルだ。



 そんな尊大な武器を手に取り、この暑さで参った表情を浮かべながらも、彼女は唯一無二の相棒の動作と残弾の確認を始めた。



「──あの街の役所、タルんでるわね


 どっかのタイミングでその件については報告してきましょう」



「おー、こわ……


 ともあれ、仕事内容はその砂漠の主を討伐し、尚且つ、証拠としてソイツの背びれを持っていきゃいい


 任務の完了報告は、この砂原エルメナ砂漠の周辺の街ならどこでも対応する、だとよ」



「この砂漠周辺くらいまではユービノスの都市同盟の範囲だものね、相互連携が取れてるのは当然っちゃ当然か……


 それで、報酬は?」



「2万アルム、金貨で20枚だとさ


 怪物退治にしちゃ悪かねぇ


 紙幣で扱ってくれりゃ荷物もかさばらなくて完璧だったんだがな」



「都市同盟って言っても、議員がみんな年寄り300歳オーバーだらけな田舎国家の集まりだし、紙切れじゃまだ信用薄いんでしょ


 それはそれとしても報酬額は悪くないわ


 諸経費差っ引いて、実質1万と5千って所?」



「……いいや、コイツの弾がそろそろ切れる


 その補充を含めると、大体残って1万と少し」



「金喰い虫」



「おーおー?


 その金喰い虫に3度は命を救われたっうのを忘れた訳じゃあるめぇな?」



「ランチとディナー合わせて6回奢ってるからチャラ


 ──食糧、宿泊費、武器のメンテ代、必要な分だけ差っ引いて手元に残るのがそれだと……


 最終的にはちょっとしたお小遣いって感じね」



 剣士は身を起こしてそのまま立ち上がり、少しだけ背伸びをして、ざっと辺りを見渡した。



 せめてオアシスでもあれば良いものを──



 そんな戯れ言が彼女の心中でざわめくが、彼女はそれを水袋に入った残り僅かな水と共々、一思いに飲み込んだ。



 ちょうど日が少し傾き、あと3時間もすればこの時期なら日没といった所。



 暑さこそ相変わらずではあるが、それを過ぎれば極寒の世界が待っているのが砂漠。



「──昨日の夜中に出発してから約15時間


 歩いたのが真西に8時間


 予定通りに行けるなら明日の朝か最悪昼にでも街には着くんでしょ?」



「今から2時間以内にターゲットが来てくれるならな


 昼行性ってのは聞いてるんで、どうにかそれまでに仕留められれば晩飯も調達出来てマル得ってやつさ」



「食べられるの?」



「らしい


 エルフにしちゃ珍しく肉を食うお前さんなら万々歳じゃねぇか?」



「魚だか爬虫類だか分からない肉ねぇ……


 この際味の善し悪しはともかく、毒味は任せるわ」



内臓の構造なかみが違ぇんだから毒味にならねぇだろ


 アタシは1回お前さんの毒味で腹壊したからよぉく知ってる」



「人が食うなって言った物を食った口から出る言葉じゃなければ恨み言にもなったでしょうにね」



 溜め息を吐いた剣士が呆れながら首を横に振っていると、狙撃手もおもむろに身体を起こして目を細めた。



 そのまましばらく遠くを眺めていると、何かに気付いたのか、彼女はライフルを構え、右手でその機関部上部にあるコッキングハンドルを引いて弾丸を装填し、備え付けのスコープ越しに地平線を睨み付けた。



「……噂をすればなんとやら、だ!


 ティレン、1時の方向、距離500、砂埃は見えるか?」



「──陽炎と被ってるけどハッキリと


 1時よりやや左方向、距離は470辺りに


 人影じゃないわね、サイズはそれくらいあるけど」



「相変わらすの眼で助かるぜ相棒」



「それで、プランは?」



 狙撃手にそう聞きつつ、剣士が足元に置いていた武装もの──



 前腕をしっかり隠せる程の大きさをした、白い縦長六角形の盾、その裏に四角く少々の厚みがある灰色の板のようなものが装着されていた。



 板の表面には2ヶ所のアタッチメントと側面に折り畳まれた黒い幅広の剣を備える、盾と剣を一体化させた複合兵装。



 彼女はそれを手に取り、右腕にだけ装着している手甲のアタッチメントに取り付け、「起動エンカウント」と呟いた。



 すると、手甲に施された、水面に浮かぶ漣を模したエングレービングが仄かに青い光を帯びる。



 発光を確認した彼女は続けて、後ろ腰に備えた短刀と、両太腿に3本ずつ差してある投擲用小型ナイフが揃っていることも確かめた。



 最後に薄手のマフラーを口元まで引き上げ、ローブを軽くひるがえして気合いを入れる。



「前方250に一発ぶち込む


 それを合図にターゲットの動きを見ながら距離を詰めろ


 しばらくは様子見でいい


 隙が見えたら──」



「──本命を叩き込む、でしょ、ヴェリア?」



「オーライ、その通りだ


 殺れそうなら殺っちまって構わないが、背ビレは下手に斬るなよ


 商品価値が下がる」



「出来るだけ努力するけど期待しないで


 怪物退治は苦手だから


 それじゃ、いつでもどうぞ」



 ローブの裾をしっかりと閉じて身体を隠し、フードを目深に被る。



 乾いた風の音だけがする荒野の中、僅かに上がる砂煙とその奥にある何かを目で追いつつ合図を待つ。



 二人は深呼吸をする。



 まるで肺が焼けるよう。



 だが、獲物を捕え、飯にありつく為ならば、それすらささやかな痛み。



 そうして数秒が過ぎる。



 ついに狙撃手が引き金を引き、剣士の隣で爆音が轟くと、銃口が閃光を伴って火を噴いた。



 砂地へと着弾した金属の弾頭が乾いた大地の表面を砕いて弾け、剣士が大地を蹴る。



 砂を巻き上げた足が地から離れ、砂原にうねり絡む陽炎を裂いて、それはまるで一筋の矢のように。



 金色の閃光が駆ける、駆ける、駆ける──



 派手な合図で遠くの砂煙が地を割り、真っ直ぐ猛進して、剣士との距離を急速に縮め──



 その距離、衝突まで残り僅か。



 待っていたと言わんばかりに軽く跳ねた剣士。



 着地と同時にブレーキを掛けつつ腰を落として砂地を滑りながら反転、太腿の投擲用ナイフを両手で全て引き抜いた。



 直後、彼女の背面から頭上へとそれは大きく身体を捻りながら飛び上がったのだ。



 ──ワニ、サメ、そのどちらも目撃し、証言した者達はそれを正しく表現していたと言えるだろう。



 やけに尖った鼻を持つサメの頭と胴に、ワニのような立派な前足と後ろ足、尾もワニのそれでありながら、その末端は上下に分かれてサメのよう。



 そして、ゴツゴツした無数の小さな背ビレが3列に並び、その中央には鋭い刃を思わせる巨大な背ビレが雄々しく煌めいている。



 人を丸呑みにするなど容易そうな程の大顎を有した怪物は、その身をよじりながら再び大地を割り、地の底へと潜って行った。



「──ドえらい獲物ね、ホント」



 一瞬の静寂の後、急激に彼女の足元が揺れ、辺りの乾いた地面がミシミシと音をたてる。



 彼女は後方へ咄嗟に大きく3度のステップ、最後の1度で宙に浮いた身体を捻りながら跳び、ナイフを持つ両手を胸の前で交差させた。



 怪物は圧倒的、ひたすら圧倒的パワーで土の塊を噛み砕きながら垂直に跳ぶ。



 もし、あのままもたついていれば、彼女の下半身など、幼い子供が人形遊びで過ちを犯した時のように引き千切れていたことだろう。



 それに見とれることもなく、彼女は手にしたナイフの全てを解き放ち、がら空きになった怪物の腹部へと放り込んでいく。



 しかし、奴は柔らかくも大地、熱砂の海を棲みかにする巨大な怪物、それも竜種である。



 飛竜の牙を用いた刃をもってしても、分厚い皮に阻まれ先端が軽く突き刺さる程度。



 四肢で着地した怪物は、腹に刺さったナイフを身体を揺すって落とし、時同じくして着地した剣士を睨むと、ゆっくり足を持ち上げながら彼女の周りを歩いてその動きを観察する。



「やっぱ一筋縄じゃ行かないわよね……」



 感嘆と共に呟きながらも笑みを零した彼女は、怪物の動きに合わせるよう、間合いを測りながら一歩一歩、その距離を保ちつつ歩く。



 そうして先に動いたのは怪物、それは尾を大きく上へ振り、ほんの僅かに剣士がそれへと気を向けたのを見逃さず、口を大きく開け、息を吸い込んだ。



 図られたことを察した剣士がひとつ舌打ちをした瞬間、怪物は喉の奥から息吹と共に泥の塊を吐き出したのである。



 彼女はそれを間一髪の所で転がりながら避け、立ち上がると同時に駆け出し、怪物の側面へと回り込んだ。



 泥の塊は地面へ着弾すると、しばらくしてから爆裂し、その周囲を赤々と焼いていた。



 それを見た剣士は思わず口笛を吹いて安堵する。



 そして、怪物へ改めて視線を移し、口角を持ち上げた。



「こっちにもこういうのがある!


 抜銃バースト!」



 今度はこちらの番と言わんばかりに右腕を突き出し、狙いを定めるように人差し指と中指を束ねる。



 すると、手甲のエングレービングが今度は赤く3度素早く点滅し、再び青い光が帯びると、間もなく、盾に備え付けられた灰色の四角い板──



 否、それは板ではなく紛れもなく銃。



 ちょうど指先の隣、盾との間、確かにある銃口は青白く小さな光を3度吐き出した。



 撃ち放たれた光の弾丸は怪物へと一直線、とは行かず、初弾はその背中を掠め、2発目も腹部の下を抜ける。



 最後の3発目こそようやっと命中はしたが、その堅い甲殻には傷ひとつ付いていない。



 これには剣士も苦い表情を浮かべ、改めて怪物の動きを見ながら距離を取った。



「嘘でしょ……」



 ──いくらなんでも頑丈過ぎる。



 そのように剣士は心の内で弱音を吐いていたが、それもその筈、先程の弾丸は事前に銃の機関部に装填されているマガジンに溜め込んでいた魔素粒子と金属粉を圧縮、加熱し、プラズマ弾として撃ち出したものだ。



 薄手の金属鎧であれば簡単に貫通させ、厚手の金属板ですら容易に変形させられるだけの威力がある代物なのである。



 ──尤も、彼女は射撃が苦手であり、命中したと思っているが、その実、この怪物の甲殻は高い耐熱、耐圧性を持っており、弾丸も直撃ではなく、甲殻の傾斜で弾かれてしまっただけなのだが。



 半ば納得のいかない彼女であったが、そうこうしている内に、怪物は改めて彼女の姿を捉え、小さく息を吸い込む。



「こんなことなら、最初から本命で行くべきだったわね」



 抜剣アウェイク──



 剣士は不服そうに一つ深呼吸してから小さく合図を呟き、右腕を軽くスナップさせた。



 すると、盾の中で折り畳まれていた刃が起き上がり、ガシャンと物々しい音をたてながら銃口を覆うようにして固定され、幅広の黒い剣が手の甲側から腕や盾に沿って真っ直ぐな姿を現わす。



 そのあまりに無骨な音に怪物の動きがピタリと止まった。



「さて、これならどうかしら?」



 ゆるりと怪物へ視線を刺し、ゆっくりと呼吸を整えながら、剣士は真っ直ぐに怪物へ一歩、また一歩と乾いた大地を踏み締める。



 目の下まで大きく裂けた怪物の大きな口が徐々に開き、その瞳が彼女の視線と衝突した。



 火蓋は切れて落ちる。



 怪物の右前足に力が込められ、その足元が僅かに沈んだ。



 それを合図に彼女は大きく駆け出し、怪物へ視線を突き刺したまま、得物を右へと振り上げ、その遠心力を使って身体を更にそちらへ捻る。



 対して、大口を開けながら剣士目掛けて跳び出した怪物はしっかりと彼女の身体を口内へ収めんと、彼女に覆い被さるようにして襲い掛かった。



「──そこは」



 あぁ、否、怪物が飛び込んだのはそれより人ひとつ左、顎の先端が乾いた砂を捉え、彼女は怪物の左目に視線をぶつけていた。



「私の距離よ──」



 得物を振るう。



 刃の腹が怪物の口角へ深く差し込まれ、怪物の体重、遠心力、加えて彼女はその右腕に左手を添え、怪物の顎の関節目掛けて刃を押し込んだ。



 熱したナイフでバターを切るように、弾力のある丈夫な怪物の表皮と肉を幅広の刃が引き裂いていく。



 彼女はもう一度身体を捻り、刃の切っ先を怪物の腹から逃がして着地。



 次に彼女が怪物に目をやると、走った激痛にそれが身悶えをし、唸り声をあげていた。



「ヴェリア!」



 左耳のピアスを押さえて大きく声を張りながら、剣士は相方の方へと目を向け、その名を口にした途端、金属弾が3発、彼女の身体の側をすり抜けて怪物の傷口へと間髪入れず着弾する。



 弾丸が傷口から体内へ深くめり込み、肉を乱雑に抉ると、それは弾けた。



『射線を開けな!


 本命を叩き込んでハンティング終了だ!』



 左耳のピアスを通じて飛んできた狙撃手の指示に、彼女の射線を通すよう、剣士は素早く駆け出す。



『今度のはタダの弾じゃねぇ──』



 呟く狙撃手、それから数秒、ボンッ、と強烈な破裂音と共にテントの側からライフルの銃口が閃光を放ち、蒼黒い流星が吐き出された。



『──日陰者の蒼い炎、たっぷり味わえ』



 刹那、痛みに暴れ回る怪物の上顎に着弾したそれは、蒼黒い炎を激しく撒き散らして爆発を起こしたのだ。



 その衝撃で怪物の上顎が吹き飛び、崩れ落ちた巨体が僅かに痙攣した後に、それは沈黙した。



『──よぉし、いっちょあがり!


 おつかれさん!』



「キャンプからこんな遠くで仕留めちゃったけど、どうするの?」



『まぁ待ってろ、こっちには人影もない


 直ぐにそっちに向かうさ』



 と、そう笑った狙撃手の言葉に剣士は一つ溜め息を吐く。



納剣クリア」と彼女が小さく呟くと、手甲のエングレービングから光が失われ、幅広の黒い刃が元の位置に収まり、武装の後方から排熱煙が吐き出された。



 そうして、彼女は一人怪物の元へと歩いていく。



 ──狙撃手が到着するのを待つ間、剣士は怪物退治の証拠である背ビレを、後腰に差していた短刀で切り取る作業を始めていた。



 砂漠の炎天下、照り付ける太陽はまだ沈む気配もなく、戦うことで忘れていた暑さがぶり返し、剣士の額に汗が滲む。



「よぉ、お待たせ」



 無心で背ビレの根元に刃を入れていた剣士の視界に、白く長い髪と紅い瞳がチラつく。



 狙撃手は水袋を剣士に投げ寄越し、怪物の全体像をまじまじと眺めていた。



「ありがと」



「しかしまぁ、この様子じゃあアタシがトドメを刺す必要なかったんじゃねぇか?


 顎の端から腹までザックリ、この傷じゃ放置するだけでも、数分と保たんと思うがなァ」



「はいはい、撃ちたがりな戦女神様


 ザックリ剥ぎ取ってあげたから、これはよろしく」



 剣士の身の丈程はある背ビレだが、彼女がその切り口に脚を挿し込み、思い切り蹴り上げて放ると、狙撃手の真横の地面に突き刺さった。



「ほほぉ~、コイツぁ見事なブツじゃねぇか


 このサイズなら、腹裂いて中から遺品が見付かれば報酬も上乗せが期待出来そうだ」



「そうね、単純に討伐報酬だけでもそれなりの額になりそうだし、ボーナスは欲しい所ではあるわ」



 上機嫌な様子で怪物の背から降りた剣士は巨大な背ビレと並んだ狙撃手と向き合い、自慢気に鼻を鳴らす。



 それを見た狙撃手は緩く拳を握り、剣士の前へと差し出した。



「やっぱアンタと組んでて良かったぜ相棒


 こんなロマンのある生活が出来るとは思ってもみなかったからな」



「出来ればこんな不安定な生活抜け出したいけどね


 戦女神様が満足してくれてるなら、それはそれで悪くないわ」



 剣士も拳を軽く握って狙撃手の方へと差し出し、二人は拳を突き合わせて、照れ臭そうに笑い合った。



 ──二人は冒険者。



 昨日、七色に輝く夢を見て。



 今日、命と金を天秤に掛け。



 明日、まだ見ぬ大地を踏む。



 明後日、そんな先のことは知る由もなく。



 今という日々を歩む者。



「さぁて、飯の準備だティレン!


 今夜はパァっとステーキだな!」



「明日にはこの砂漠もおさらばしたいものね


 しっかり食べて、ゆっくり休みましょ」



 この日も二人の波乱な日常は過ぎていく。



 これは、自由な二人の女冒険者を追う物語である──


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