第14話 三起三晩の巨獣
‐
「ん~♪ 身がプリップリで絶品ニ~♪」
「確かに、思ったより臭みもなくて美味しいですね。ニキ様の塗ったソースも素晴らしいアクセントになっています」
「この殻で出汁とってスープ作っても美味しそうだな。持てる分だけ砕いて、歩きながら乾燥させとくか」
時は
まあこればっかりは仕方ない…、無理に進めば夜行性の肉食生物に襲われるリスクが高くなるし…夜目も利かない…。
動物も魔獣も火を恐れて近付いては来ないので、火を絶やさない事だけ気を付けていれば危険少なく夜を越せる。
なので私達は火を囲みながら岩背蟹の脚を貪っている。かるく炙った身はほんのり甘くてまさに絶品、都市で食べれば1皿160リートくらいするだろうか。
ニキが生で食べようと言い出した時は肝を冷やした…、生で食べるとか…いつかぽっくり逝っちまうぞコイツ…。
「…ニキ達あとどれくらいで砦跡に着くんだろうニ…? もしかして本当に3日掛かる距離にあるのかニ…」
「さぁ…こればっかりは考えても仕方がないからなぁ…。無事に着くと信じて歩き続けるしかねえさ…」
ニキの
──〝ナップ〟の足跡が全く見当たらない…。進行中は定期的に、アクアスに
最初はそれらしい痕跡があったそうだが…途中からぱったりと途切れてしまったそうだ…。嫌な想像ばかりが頭をよぎる…。
きっとナップも
「いずれにせよ、今は私達が砦跡に着くことだけを考えよう。また
「そうですね…、今回はなんとかなりましたが…より凶暴で強力なのに襲われたらひとたまりもありません…」
「やっぱり過酷な大冒険ニ…」
夕食を終えて武器の手入れをした私達は、明日に備えて早めに眠りについた──。
‐
「──どう致しましょうか…これ…」
「いやぁ…どうするもこうするもなぁ…」
「流石に
寝ぼけたアクアスの地獄突きで最悪の目覚めを迎えた2日目の朝…。軽く朝食を済ませ再び歩き始めた私達は、すぐに障壁に直面した…。
今私達の目の前に広がっているのは…Ⅴ字に地下深くまで伸びる巨大な峡谷…。その景観はまるで大地の裂け目…、ニキの言う通り…とてもじゃないが渡れない…。
「困りましたね…まさかこんな所で足止めを食らうとは…。迂回しないと向こう側には出られそうにありませんね…」
「そうは言っても…峡谷の終わり目なんて見えないニよ…? 果てしなくどこまでも続いてるようニ…」
これは困った…実に困った…。最短ルートを進んだ先に…まさかこんな罠が待っていたとは…、思いも寄らなかった…。
迂回してとなると…大幅なタイムロスは避けられないだろう…。しかし他に手段がないのも事実…、う~ん…困った…。
「…仕方ない…迂回しよう…、それが一番の近道だ…」
「そうですね…」
「賛成ニー…」
結局私達は峡谷を避けて向こう側へ行くことに決め、渋々南下することになった。中々思いっ通りに事は進まないものだ…。
しかし砦跡の前に峡谷があるということは…どこかに吊橋なんかが掛けてあってもおかしくはない筈だ。砦がいつの時代のものかは知らんが…流石にあってくれ…。
そう願いながら歩き続けるが…まるで否定されているかのように一向にそれらしき影は見えない…。ただ指を銜えて向こう岸を眺めるばかり…。
「ニ? なんかあそこに変な木が見えるニね、ちょっと見てきてもいいニ? いいよニ? 行ってくるニ~♪」
「オイ…! 別に構わないが自己完結で先走んな…! こっちの意見を聞け…!」
「相変わらず平常運転ですねニキ様は…」
ニキが興味を惹かれたそれは、峡谷から少し離れた所に伸びた2本の〝枯れ木〟。葉が1枚も残っておらず、幹から枝までの全てが真っ白な不思議な枯れ木だ。
青々と草が生い茂る大地の上だと、その異質さがより一層際立つ。ニキが興味を示すのも無理はない、あまりにも不自然に目に留まる。
ドーヴァでは見た事がない…、リーデリアではよく見らえるのだろうか…にしてもなんて不自然な植物なんだ…。
「おお~! 間近で見るとより大きいニ~! ──…ニ?」
「んっ? どうしたニキ、なんかあったのか?」
ニキは木に手を付いた途端、首を傾げてペタペタと触り始めた。まるで感触を確かめているかのような…、
「なんか…木って感じがしないニ…。 こんなにつるつるしてる樹皮は初めて触るニ…、これはひょっとしたら良い商品になるかもしれないニ…!」
そう言い出したかと思えば、ニキは素早くリュックを降ろしてノコギリを取り出した。持ってく気か…!? あの巨木を…!?
いや流石にそれはないか…、きっと枝を少し切り取るつもりだな…。それなら問題はないだろう…ちょっとくらいなら…。
「カカー! アクアスー! そっちに倒れるかもしれないから一応注意してニ!」
違ったわ…ガッツリ幹切り落とすつもりだわアイツ…。ったく…あんま時間掛けてられないってのに…! 大体んなつるつるな表面じゃ…ノコギリでも切るのは──
「…あっ? つるつる…?」
ニキの言葉に何かが引っ掛かった私は、もう一度2本の木を交互に注意深く観察してみた。…嫌な予感がしたからだ…。
目を凝らして見ても木は真っ白なまま…、そんな2本の木は…妙に形までそっくりに見える…。枝の伸び方も…木の間を中心に外側に向いて伸びているような…。
そう…その形は木というよりかはむしろ…──
「…っ! ニキ…! こっちに戻ってこい…! 今すぐだ急げ…!!」
「どうなされましたカカ様…?! また何か危険が迫っておいでで…!?」
アクアスもまだ事態のヤバさには気付いていない…だが説明してる間も惜しい…! 今は一刻も早くこの場を離れなければならない…、
「…? カカどうしたニ? 危険そうな生き物の姿は特にないニよ?」
「いいから戻ってこい…! ヤバいんだ…! オマエが今立ってる場所は──」
ニキに真相を伝えようと声を上げた瞬間、それを遮るように大きく地面が揺れた…。小さなひびが亀裂へと変わり、揺れは激しさを増していく。
それに伴って…ニキの立つ大地がゆっくりと盛り上がっていった…。地面を割って徐々に見えてくるは…分厚く茶色い毛皮が覆う巨大な頭部。
「カ…カカ様…!? あ…アレは…!? あの化け物は…何ですか…!?」
「…草原に生息し…3日間動き続けてその後3日間眠る…〝
「 “ブオオオオオオオオオオオオオッ…!!!” 」
< 動物〝
ブオジカを一言で表すのなら…〝ドデカい〟である…。その大きさはもう圧巻…、岩背蟹が霞んで見える程だ…。
人くらいなら縦で口にすっぽり収まるんじゃなかろうか…。肉食性ではないが…、嚙みつかれたらそのまま飲み込まれてもおかしくない…。
「な…なんだか怒っているように見えませんか…!?」
「ブオジカは…眠りを妨げられるのが大嫌いな動物でな…、それが何であろうと外敵認定して…全力で排除しようとしてくるんだ…」
つまり何も知らなかったニキは…踏んではならない堪忍袋の緒を思いっ切り踏んづけたわけだ…。そう、大ピンチ…!
「ニキ…! 全身が地面から出てくる前に速くこっちに来い…! 私達全員死の淵に立たされてるから…! とにかく逃げるぞ…!」
ニキは慌ててリュックを担ぎ、ノコギリを片手に握ったまま急いで頭の上から飛び降りた。その間にもどんどんブオジカが地面を割って這い出てくる。
私達はとにかく南に向かって走り出した。後ろを見ずにとにかく走った…、正直今後ろ見たら恐怖でもう走れなくなりそう…。
「 “ブオオオオオオオッ!!” 」
あっコレあれだ…、逃がしてはくれない展開だ…。ヤバいもうなんか泣きそう…、とてもじゃないが私達の走力で逃げ切れる気がしない…。
ブオジカはあの巨体の割にもの凄く走るのが速い…、スピードに乗れば馬車をも凌ぐだろう…。ヤベえ…泣きそう…。
「どうにか足止めは出来ないのでしょうか…!
「無駄だ…! その程度じゃアイツは止まらない…!」
分厚い毛皮には生半可な攻撃は通用しない…、私の〝竜撃〟も同様だ…。ブオジカの素材が市場に出回らない理由がそれ…、倒せないから…。
だからどこかに身を隠したいのだが…、草原ではそう簡単に身を隠せる障害物は見つからない…。体力だって長くは続かない…。
“──…ズドドドドド…!!!”
後ろから徐々に近付いてくる不吉過ぎる音…、多分角で地面を抉りながら向かって来てる…。追いつかれたら跳ね飛ばされるゥ…!
血反吐を吐きそうくらい死に物狂いで逃げ続けているが…、段々と走っている地面が盛り上がっていくのを足裏から感じた…。そして…──
「 “ブオオオオオオオオオッ!!!” 」
「「「 うわああああああっ…!?
きゃああああああっ…!?
ニィィィィィィィィ…!? 」」」
突如勢いよく浮かび上がった土と私達…、
そして宙に浮かんだ体は…一呼吸置く間もなく無情にも自由落下を始めて出す…。そこでようやく思考回復…、落下先を見て絶望する…。
私達の体は吸い込まれるように峡谷へと落ちていく…。うわぁ…死んだこれは…、もう間違いなく…頭からグシャッで終いだ…。
あっ…でも下の方に水が見えるぞ…? これはワンチャン助か…んないわこれ…、この高さでも分かるくらい浅いわあれ…。
「ニー! 〝
リュックが重いせいで一番速く落ちていったニキは、ポケットに手を突っ込むと、何やら小さな緑色の塊を取り出して下に投げつけた。
ポチャンッと水に沈んだかと思えば、瞬く間に大きくなっていき、まるで巨大な袋の様に膨れ上がった。
まずニキが勢いよく落下し、その後私とアクアスも続いて着地した。衝撃はほとんど吸収されたのだが…、力が上手く入らない私の体はズルズルと崩れ落ちた…。
表面を滑り落ちてゆっくり入水したが…四つん這いのまま立てない…。力が入んねぇ…小鹿みたいにぷるぷるする…。
「カカ様ぁ…だいじょうぶですかぁ…?」
「ニキのおかげでな…、オマエもか…アクアス…」
主と従者揃って手足ぷるぷる…生きてるありがたみに体が震えている…。ニキがいてくれて良かった…、まあニキが居なかったらこうなってなかっただろうが…。
「ニキも大丈夫か…? 悪いな…助けてもらって…」
「だ…
アイツが一番堪えてるっぽいな…、リュックに乗っかかってピクリとも動かきやしねえ…。喋んなきゃパッと見死体だなありゃ…。
私は浅い水の中を這って移動し、岸の上に大の字で横になった。流石にここまで追っては来てないな…、まあ当然か…。
私は呼吸を整え体の震えを鎮めると、ゆっくりと体を起こして冷静に周囲を確認した。窮地は逃れられたが…、これはこれでマズいんじゃないだろうか…。
壁は登るには高過ぎるし…仮に登れても上の方が反ってて地上に出るのは難しそうだ…。かと言ってこんな場所じゃ救助も見込めないしな…。
「なあニキ、なんとか上に出られる
「凄腕旅商人のニキでも流石にそこまで何でも持ってるわけじゃないニ…。どうにか方法を考えないといけないニね…」
「分かったからいい加減顔上げろよ…、まだ動かねえのか体…?」
「ごめんもうちょっと待ってくれニ…」
ニキの体が動くまでの間、私とアクアスはこの辺りを少し歩いて見て回ることにした。運良く梯子とか掛かってないかなぁ…。
そんな僅かな希望を信じながら周囲を眺めてみるが…、それらしき物は見当たらない…。関係ない物しか見つからない…。
風に吹かれて揺れる鉱石、真っ赤に光り輝くキノコ、人骨…人骨…!? 怖っ…!? そんなサラッと視界に入ってくんな…! 隅におれ…!
“──ボフンッ…!”
「ん…? なんだ…?」
何かが
膨れ上がったままの
「カカ様ー! 朗報ですっ! もしかしたらここから出られるかもしれませんっ!」
「おおっ本当かっ?! でかしたぞアクアス!」
私と反対側を見ていたアクアスからの嬉しい報告、私は駆け足でアクアスのもとへと駆けていった。人骨の記憶はここに置いていくとしよう…。
「何が見つかったんだ? まさか本当に梯子でもあったか?」
「いえ…
「おおっそうか! じゃあニキ連れて早速向かおう、アイツ動けるかな…?」
後ろを振り返ると、ニキはようやく四つん這いの状態まで回復していた。あともうちょいかな…? 早く治れ。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ニキ完全復活ニ~♪ もうバリッバリに動けちゃうニよ~!!」
「おっ、ようやくか。じゃあこの勝負は私の勝ち逃げだな」
「むむむゥ…悔しいです…」
石蹴り勝負で遊んでいる間にようやくニキが回復、これでやっと洞窟を進める。準備を整えて洞穴の前に立った。
ひんやりとした空気が肌を撫で、コウモリの羽ばたく音が微かに聞こえる。言いずらいがちょっと怖い…。
だが弱音を吐くわけにもいかない為…、覚悟を決めて洞窟へと一歩踏み出した。さてさて…どこに続いているのやら…。
──第14話 三起三晩の巨獣〈終〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます