第3話 前準備
「んー♪ うっっま…!」
<〔Persp
ゲン担ぎの為に王都へと外食にし訪れた私とアクアスは、王都で評判なお店に足を運んで料理に舌鼓を打っています。
テラス席に座り、綺麗な街並みを楽しみながらの優雅な食事──うん…なんか貴族にでもなった気分で心地良い。
しかし流石は王都評判店、その味はレベルが違う…! 味付けとか調理方法云々にまず食材が違う…! なんか1つ1つの食材全部高そう…!
「美味いなアクアスっ! これはいいゲン担ぎになりそうだなっ!」
「
「聞いた私も悪かったけど…まず飲み込んでから話せ…。 口に物が入ってる時は…私への返答優先しなくてもいいから…」
「ふぁい…」
飛空技師とメイド、絶賛お食事中
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ふぃー、美味しかったな~。デザートまで完璧だった…!」
「大変参考になる味でしたね…、いつか再現してみたいものです」
料理を食べ終えた私達は、席に座ったまましばらく余韻に浸っていた。お互い言葉を交わさず、街並みを観ながらボーッとしていた。
布団を干す女性、道を駆け回る子供達、こっちに向かってくる兵士。 …こっちに向かってくる兵士?
「カカ殿っ! ちょうど良かったです! こちら国王陛下から預かりました約束の前金になります!」
「ん、ありがと兵士さん。おぉ…まさかホントに用意してくれるとは…」
私が未払いだったアクアスの給料1年分…なんぼ入ってんだこれ…、 “30万リート” くらいありそう…。
≪ミスレイス ~通貨単位~ ≫
ミスレイスの通貨単位は “リート” 。日本円にして1リート=10円。
≪ミスレイス ~オルド硬貨~ ≫
ミスレイスの硬貨は〝オルド〟と言い、一・十・百・千・万の5種類からなる。
少しの間大金を前に硬直していたが、人の目が集まる前に袋を結んでアクアスに手渡した。当の本人はポカンとしている。
「それ国王に前金って体で用意してもらった今までの給料ね。少なかったら言えよ? 私の方から国王に言っとくから」
「えっ? えェ…!? なんですか前金って…!? 今までの給料って…、
それはそう…だって言ってないし。その話をした時も、アクアスがお茶を淹れなおすとかで席を外していたタイミングだったし。
だってそうでもしないと…絶対アクアス自身が断ってたと思う…。「
「とりあえず受け取っちまったし貰っとけよ。本来はオマエの手元にある筈だったお金だし、私もスッキリしたし」
「は…はぁ…、では…ありがたく頂戴致します…」
そう言ってアクアスはワンピースの中に袋をしまい込んだ。これで抱え込んでたモヤモヤはキレイさっぱり! …問題は来月以降の給料だけというわけだ…。
私が先の事に頭を抱えていると、兵士はまだ何かを伝えたそうにこっちを見ていることに気付いた。顔を向けて最後まで聞くことにする。
「それとですねカカ殿、国王陛下から伝言を預かっておりまして、「飛空艇を城の敷地内にある発着場まで移動させておいてくれ」っとのことです!」
「城の…? まあ…了解…、この後すぐに向かうよ」
そう伝えると、兵士は早足で城の方へと帰って行った。大変だねェ新兵君は…、彼がいつか出世して人を使う立場になれることを切に願うよ。
「それじゃ私等もそろそろ出ますか。森の幸パスタとフレッシュバゲットサンドにデザートで、230リートか…、まあこの手の店では安い方だな」
私は店員を呼び、来る前にポケットから皮袋を取り出してお会計の準備をする。っが…ここでやはりストップをかけてくる奴が居た…。
「カカ様…! ここは
「いやいや何を言うかねアクアス君…! こういう場では立場関係なく年上が払うのが礼儀なのだよ、引っ込んでいたまえ」
「いえいえ、ここは
「いやいや、ここは私が」
・ ・ ・ ・ ・ 。
“──ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ
「主の言う事が聞けないのかアクアスゥ…! 私が払うから下がれと言ってるんだ…! 年上の面子を重んじてくれよォ…!」
リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ
「カカ様こそ…主に仕えるメイドの仕事を軽んじてはおいででないですか…! 外食の支払いも立派なメイド業の1つなんですからね…!」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ
「主あってのメイド業だろうが…! 黙って従えアクアス…!」
リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ
「雇う者の責任です…! お仕事の邪魔をしないでくださいカカ様…!」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ
「あのぉ…どちらでもいいのでそろそろお会計を…」
リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ…──”
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
美味しい食事で胃を満たした私とアクアスは、早速家へと引き返して飛空艇を移動させる準備に入っていた。
ちなみにあの取っ組み合いのいがみ合いの勝者は私、見事な粘り勝ちを収めた。アクアスには悪いが…あれが年上の気概というものなのだよ…。
「カカ様、 “
「ありがとうアクアス、あとはゆっくりしててくれ」
私の飛空艇は操縦席が甲板ではなく
甲板へ出る為にいちいち階段を上らないとならないのがちょい面倒だが…、まあ…いい運動だと考えればマシか…。
またそれに伴って、操縦席のある部屋の壁が一部ガラスになっており、
念の為周りに人が居ないかを確認して、私は上から伸びているワイヤーを引いた。
飛空艇上部の空気袋と繋がっている “
十分に地面から離れたのを確認し、さっきとは別のワイヤーを引く。そうすると飛空艇の後方についているプロペラが回り、前へと進み出す。
あとは
「無事発進できましたね、墜落しなくて良かったです」
「して堪るか墜落なんて…! ったく…失礼なメイド様だぜホントによー」
冗談を言うアクアスに文句を垂れながら、飛空艇を城へと進ませる。大した距離ではないが、気を抜くとアクアスの言った通りになってしまうので気は抜かない。
風速と風向きに注意しながら真っ直ぐ進むと、あっという間に飛空艇は王都の上空に出た。こっちに手を振る子供の姿が操縦席からも見える。
次第に城とも距離が近付いてきた為、速度を落として着陸する準備を整える。
「アクアス、念の為に信号拳銃を撃ってくれ。もしかしたらまだ向こうの着陸準備が整ってないかもしれない」
「かしこまりました、少々お待ちを」
アクアスは棚から信号拳銃を取り出し、階段を上って甲板に出た。そして間もなくして、銃声が部屋の中にまで鳴り響いた。
「あとは向こうからの返答待ちなんだが…おっ早いな」
こちらの信号拳銃に呼応して、発着場の方から一筋の青い光が立った。青の信号拳銃は着陸・着岸の許可を意味するものだ。
流石に準備が速くて助かる、これで無駄に滞空していなくてすむ。燃料が勿体無いし、なにより住民が混乱してしまう恐れがあるからな。
ゆっくりと発着場の真上を目指して飛行していくと、発着場でこちらに手を振る兵士の姿が見えた。誘導してくれているようだ、ありがたい。
兵士の指示に従い、私は慎重に指定の場所に飛空艇を着陸させた。離陸の時もそうだが…やはり着陸の時が一番緊張する…。何回やっても変わんないもんだ…。
「操縦お疲れ様ですカカ様、今回も見事な飛行でした」
「墜落しなくて良かったよ本当…、そんじゃ行きますかね」
甲板へと出て、艇体に備え付けられている梯子を使って飛空艇から降りた。発着場では大勢の兵士が整列していて、その全員がこちらに敬礼をしている。
なんだ…なんか凄く落ち着かないこの空気…。別に偉くない人がガチ敬礼を受けると…こんなにも拒否反応がでるのか…。アクアスもなんかキョドってるし…。
「おーいカカー! 久しいなっ! カッコいい登場しやがってよォ!」
兵士達の後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。馴染みのある声の方に顔を向けると、兵士の間を抜けて1人の男が姿を現した。
「これはこれは “ジド兵長” 、相変わらず凛としたお耳が目立ちますね」
「えっ…カカ様そこですか…?」
「ハハハッ! お前こそ昔と一切変わらんなァ! 元気そうでなによりだっ!」
<ドーヴァ軍兵長 〝
この人はジド兵長──昔から事あるごとに私を兵士に勧誘してきたしつこいおじさんだ。 “スノーウルフ” の獣人で、凛とした耳と尻尾だけが取り柄。
やたら声がデカいわテンション高いわで…別に嫌いなわけではないけど疲れるんだこれが…。40歳の陽気さじゃない…。
「それにアクアスちゃんじゃないかっ! カカに振り回されちゃいないかい? 何かあったら何でも言いねェ! 俺がガツンと言ってやるからなァ!」
「あっ…はい…お気遣いいただきありがとうございます…」
アクアスは城でメイド見習いをしていた過去がある為、私と同様この獣人おじさんと面識がある。──が…どうやら私と同じ考えを持ってるっぽい…。
ほらアクアスも笑顔ガッツリ引きつっちゃってるじゃねえか…、おい止めてやれよ40歳…21も年下の女の子を困らせんなよ…。
「ジド兵長…! お話盛り上がっているところ恐縮なのですが…そろそろ我々の仕事を致しませんと
「え~…でもしょうがねえかァ…、そればっかりは国王陛下のご命令だからなァ…。しょうがねえ取り掛かるかァ…! オメェら2人は城に行け、国王陛下がお待ちかねだぞ」
そう私達に伝えると、ジド兵長と周りの兵士達は一斉にどこかへと行ってしまった。取り残された私達はとりあえず城内へと向かった。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「おー! よく来たのカカにアクアス君! …っと言っても昼前振りじゃがの」
「こんなハイテンポで会うとあれッスね、酔いますね」
「酔う…!?」
城内にお邪魔すると、国王が呼んでるとかなんとかでメイドさんに王の間まで案内された。横には甲冑を纏う兵士が並び、流石はこの国一番の緊張スポットだ。
私がそこそこ国王陛下と親しくなければ、この重苦しい空気に息が詰まっていたことだろう。まあ若干1名…顔見知りなのに顔色の悪いメイドが居るけど。
「まあ冗談はさておいて、何故私達を城に招いたのです?」
「そうじゃな、冗談で済ますかはさておいてしっかり説明しよう。っとは言ってもそんな大層な理由はないんじゃ。ただリーデリアへと向かう勇敢な者達を、最大限送り出してやろうと思っての」
それでわざわざお城まで…国王陛下自らのお気遣いとは大変ありがたいことだな。でもまあそれだけ今回の件が
「今頃ちょうどジド兵長らが、お主の飛空艇に燃料やら食料を積み込んでおることじゃろう。他の準備も全て任せておれ」
「それは嬉しいですが…どこに積めばいいのか分かってるんですか…? 適当に積まれると…後で移動させるのが困るんですが…」
「それは問題なかろう。ワシもそうじゃが、ジド兵長も主の飛空艇に何度か乗った経験があるのでな、構造は熟知しておろう」
そういやそうだったっけか…まあなんにせよそれなら問題はないか。私とアクアスで食料の木箱を運搬するのは普通にだるいからな…。
燃料の補充にしたってそう…なにせ長時間飛行だし、変な心配事を抱え込まずに操縦に集中できるのは大きい。
「してお主ら? 出発はいつ頃にするか決めたのか? 明後日か明々後日か?」
「あっいや、
「明日…!? 早くて結構じゃが…随分思い切ったものじゃな…」
※
そりゃ急がないとならない理由があるからだ。アツジ大陸からフジリア大陸間を波に乗って流されてきたってことは…距離的に1ヶ月は掛かってる筈だ。
先月は雨の多い
何はともあれ助けに行くと決まった以上、可能な限り早く向かうのが最善。アツジ大陸までは飛空艇でも4日は掛かるし…本当に大変な飛行になりそうだ…。
「ともかく了解した、ではお主らは今日はゆっくりと休むがよい。城内の1室をお主らに貸すから、存分にくつろぐといい」
「おおっ! 気が利きますね国王陛下! それじゃあ御言葉に甘えてゆったりさせて頂きますよ、これで失礼します」
「失礼致します国王陛下」
その日の夜、私達はお城の最上級のおもてなしを受けて体を休めた。明日はいよいよドーヴァを発ち、リーデリアへと向かう長旅が始まる。
未知の存在 “魔物” によって未曾有の危機に瀕した悲劇の舞台への旅が──。
──第3話 前準備〈終〉
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