『新しい時代への歌』 サラ・ピンスカー
『新しい時代への歌』
サラ・ピンスカー 村山美雪 訳
ミュージシャンのルースは、ヒット中の新曲『血とダイヤモンド』のプロモーションを兼ねたツアーを爆破テロで中止に追いやられ、同時期に発生した疫病で仲間を失う。人々が密になることを恐れる空気が蔓延する中、ルースは故郷のブルックリンからも近いニューヨークを離れる。
人々が閉じられた空間で集会を開くことを禁じる参集禁止法が成立して十数年の間に、音楽ライブは巨大企業が運営する仮想空間ステージ・ホロ・ライブ(SHL)で楽しむのが当たり前の社会に変貌していた。自宅のある農場からアバターごしに巨大企業スーパーウォリーに勤めていたが、ある日顧客に誘われて初めてSHL内のライブを訪れ、転職を決意するほどの強い衝撃を受ける。
SHLのスカウト係となったローズマリーは、初めて農場の外に出る。有望な新人ミュージシャンを求めて訪ねたボルティモアで、参集禁止法下であっても観客の前で演奏したいミュージシャンと直接音楽を聴きたい人々が集まるライブハウスがあることを知る。客としてそこを訪れたローズマリーは、地下ライブハウスのオーナーが自分の大好きな曲『血とダイヤモンド』を生みだしたルースだと知る。伝説のミュージシャンが新曲を生みだし、歌っていることを、ローズマリーはSHLに報告するのだが……。
人々が集会を開くことを禁じられ、仮想空間上で娯楽を始めとするあらゆるサービスを提供する巨大企業が世界を牛耳るようになった世界で繰り広げられる長編音楽SF。
パンデミックの様子は否が応にもコロナ禍を連想させるわけだけど、本書の原本が刊行されたのはコロナ禍前の二〇一九年とのこと。二〇二三年現在に読むと、疫病の蔓延で病院に人が押し掛ける様子やなすすべもなく亡くなってゆくことや、人々が集まることを禁止する法律が生まれること等に関する描写に対するイマジネーションの正確さに驚かされたりする。今よりも少しだけ先に進んだような、巨大資本に支配されている世の中描写も十二分に不気味。
若くして成功した後に姿を消したミュージシャンのルースと、パンデミックとテロの恐れから人々が集まることを禁じた法律施行下で育ったローズマリー。ブルックリン育ちで人々に直接歌を届けたいルースと、農場育ちで音楽を世界中に届けたいローズマリー。音楽が好きだということのほか共通点がなく、巨大資本の下で歌うことを嫌い法に背くことも辞さないミュージシャンと、人々に新しい音楽を伝えることを夢見ている巨大企業のスカウト。音楽を愛している以外に生まれも育ちも全く違う女と女が交錯した日の前後の物語が、二人の視点から交互に語られている。
相容れない価値観やローズマリーの無知から行き違いが生じるが、それでも二人や仲間たちが離れた場所から力を合わせて一つのライブとその配信を成功させる。その後に別れて各々の人生を送る。その物語が時に泥臭くも美しい。
音が本当に聴こえてきそうなライブの描写も嬉しい。せまいライブハウスに人々が密集してい熱気や雰囲気もありありと感じられる質感も良い(ミュージシャンでもあるという作者の体験が活きてるのだろう)。やっぱり音楽が大きな要素を占めている小説は、文字だけで音を鳴らしてナンボだなぁと思う。
読んでいてやる気が湧いてくる、ちょっと照れを感じるくらいまっすぐで熱い小説でもあったので素直に心を打たれつつ読んでいた。
あと、ルースもローズマリーも同性愛者であることがさりげなく示唆されているけれど、二人の間に恋愛は発生しないあたりも個人的にとても良かった。こういう風に人と人の関係を書いてみたい。
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