第4話 はじめての?神殿

 乗り物は荷馬車に覆いをつけた大きなもので、外から見えぬようになっている。神官たちが豪華な乗り物で前を行き、その後ろを荷馬車が追いかける形だ。薄暗い内部では少女達に交じって褐色肌の少年が腰を落としているが、この時は腰に一対の曲剣や拳に装着する打撃武器を下げている。孤児院では見ない装いに、アレッシアは興味を隠せない。

 少年におそるおそるにじり寄る様を、他の少女達が微笑んで見守っていた。


「カリトン様、そういう武器を扱えたんですか」

「扱えたとは何事だ。僕は孤児院の護衛に務めていても、本質は神殿付きの戦士だ。一通りの得物は扱えなければ試練を超えるなどできん」

「試練? 神殿付きになるのにどんな試練があるんですか」

「そんなものは仕えたい神による。僕の場合は運命の女神に武を尊ばれただけだ」

「その内容が知りたいんですけども……」

「知ってどうする。それよりもお前はおまけだという自覚が抜けていないか。大人しくしていると神官長様に約束したからこそ同行を許されたのを忘れていないか」

「到着したら黙ります!」

「……こうも変わり果てるとは、いったいお前になにがあったのだろうな」


 本格的に嫌な顔をされたが、せっかく外に出られた喜びをアレッシアは共有したい。カリトンが頭痛を堪える面持ちで額を抑えると、くすくすと鈴を転がす笑い声が空気を伝う。


「まあ、カリトン様。アレッシアはなにも変わっていませんよ」

「そうそう、お寝坊さんになって、お喋りが増えても本質的にはずうっと一緒です」 

 

 そこまで言われると二人には言葉もない。アレッシアは気まずそうに視線を逸らし、カリトンは腕を組んで目を閉じた。


「……我らが運命の女神は、気紛れな神と違い誠実な武を求められた。僕の時は、深い山林地で決められた期間だけ他の戦士達と競い一年生き残ればお認めいただけた」

「いち……」

「会えば戦わぬなど論外だが、生き残れば全員をお認めくださるのだ。実に寛容な試練だ」

「そ、それって、ちゃんと道具類持ち込み大丈夫ですよね……」

「丸腰に決まってるだろう。自然が猛威を振るう環境で武器を仕立て、水と肉の取れる猟場を競い、拠点を組み上げる。負ければすべてが奪われ、弱ければ死ぬ。そうして召し上げていただいた後は、戦士としての技量をさらに高め、一人前となってはじめて役目が与えられる」


 カリトンは人であったときにそれを成し遂げ、後天的に寿命を延ばしてもらったらしい。いくらなんでも命がけすぎるのではないかとアレッシアは思うのだが、少年は誇らしげだ。


「ちなみに……他の神々の試練というのはどういうのが……」

「…………さてな、神官長にでも聞け」

「じゃあ外を眺めても良いですか」

「絶対に止めろ」


 がたごとと揺れる馬車内で、アレッシアはぼんやりと神殿へ向かう五人を眺める。

 各々は平常運転で、はじめて出ると思しき外にも恐れる様子がない。それどころか仲良く手を繋いでリラックスしているが、アレッシアの視線に気付いて「来る?」と無言の問いがかけられ、ゆっくり首を横に振った。

 カリトンの隣で膝を抱えていると何度か馬車が停止し、再出発を繰り返す。そのうち外で人の気配を感じ始めたから耳を澄ませていると、神殿へ到着したらしいと知った。少女達が降ろされたのはどこか裏手の降り口で、周辺は緑に囲まれている。どう見ても誰にも見られたくないのが一目瞭然だ。

 降り口では迎えが来ていた。その人達はもっといかつく銀の鎧に身を包んでおり、神官長達に対する態度は恭しい。ついでのアレッシアには戸惑うも、神官長が説明すると納得してくれた。


「アレッシア。私たちはしばらくお前と別行動をしなければならない。その間はカリトンにお前を任せるから、彼の言うことをよく聞くのだよ」

「はい、わかりました神官長さま」


 五人の少女達もばいばい、と手を振ってくれる。


「それじゃあ私たちは行くから。アレッシア、また会いましょうね」

「うん。みんな待ってるから早く帰ってきてね」


 春を待っていた花が如く顔を綻ばせる少女達を見送ると、カリトンと二人きりだ。少年は横目でアレッシアを睨む。


「それで、お前はどこに行きたい」

「えーとえーと……人の多いところ」

「それは駄目だ。人目に触れるところは行くなと言われている」

「なんでですか」

「今日は外部からの客人も多ければ、ひ弱な雛を下手な衆目には晒せない。それでも行きたいというのは勝手だが、僕の手から逃れられると思うな」


 どうやら神殿に来るタイミングを逃したらしい。では、と続いて提案した。


「女神様の神殿は都市の一番上にあると聞きましたから、景色を見渡せる場所が良いです」

「了解した」


 少年は手を差し出し、手を繋ぐよう促してくる。孤児院でそんなことをされた記憶がないから驚くと、カリトンは不機嫌に口をへの字に曲げた。


「お前に落ち着きがないのは学習済みだ。勝手にどこか行かれては困るんだよ」

「変なところで疑り深いんですね」

「目覚めた翌日から迷子になったのは誰だ。林になんて迷い込んで、僕がいなければお前は帰れなかったんだぞ」


 カリトンの手は温かく、そして意外にもごつごつと分厚い。歩調をアレッシアに合わせてくれ、ようやく落ち着けた心地で周囲を見渡せた。

 孤児院の祈りの間も素晴らしい意匠だが、こちらは絵に描いた荘厳さがそのまま現実となっている。目に届く範囲の壁や柱は磨かれ、苔一つ生えず光沢を放ち、床にいたるまですべての材質に拘っている。杖を持ちかざしている女性像は女神をモデルにしたものだろうか。石材が作り出す布の形に至るまで繊細で、人が石細工になったのだと錯覚してしまう。

 少年はアレッシアをどこまで連れて行ってくれるのだろう。浮き立つ心を抑えきれず、自然と早足になり、鼻歌でも歌ってしまいそうだ。


「ねえねえ、カリトン様って女神様と話したこと……」

「待て」


 鋭い口調で遮られた。カリトンは足を止め、険しく目元を細めるとある方向を見つめている。アレッシアを強引に引っ張り、元来た道を引き返そうとするのだが……。


「遅い遅い。遅いぞぉリト坊」


 男がカリトンの肩を抱いている。赤毛の長髪を揺らした屈強な男で、身長はカリトンの倍以上だ。ゆったりとした服装で、あちこちから肌が覗いているが、腕の太さはアレッシアの三倍は優にある。

 瞬間移動でもしてきたのか。白い歯を見せて笑う男性に対し、カリトンは煩わしげに腕を払う。


「黙れペイサンドロス。お前にリト坊などと呼ばれる謂れはない」

「おうおう言うねえ。だが孤児院なんぞで子守りをするうちに勘はなまったと見える。ここまで近付かなきゃ俺様に気付けないなんぞ、削ぎ手の二つ名が泣いちまうぞ」

「黙れと言っている。お前と話している暇はないし、話したくもない。さっさと失せろ」

「久しぶりに会ったのにつれないねぇ。俺様が神殿に戻ってきたのは百三十年ぶりなんだぞ、誰かこの働き者を労ってくれんもんかね」


 ペイサンドロスと呼ばれた男は肩をすくめると、その視線がアレッシアに向けられる。なぜか品定めをされた気がしたのと、男の巨躯も相まってアレッシアはカリトンの身体に隠れた。


「で、それが例のおちびさんかい。仲良く手を繋いで、随分まあ愛し子と仲良く――」

「ペイサンドロス」


 ──愛し子とはなんだろう。

 アレッシアの頭に疑問が過ったが、カリトンの圧といったら、アレッシアが経験したことのない、底冷えする恐ろしさだ。たまらず身をすくめるとカリトンは舌打ちを零し、アレッシアの手を離した。


「僕はこの男と話があるから、離れた場所で待っていろ」

「どのくらい離れていればいいですか」

「話し声が聞こえないくらいだ。だが距離を取り過ぎるなよ」

「注文が多いなぁ」


 カリトンはこの男が嫌いなのだ。言われた通り彼らから距離を取ると、壁にかけられた絵画に目を向けた。ちょうど近くに長方形型の広間があって、至る箇所に絵画が並べられている。

 芸術に理解がないアレッシアの興味を引くものはひとつもなかったが、他にやることもない。ぼんやりと絵を眺めていると、唐突にカリトン達とは反対側の方向が気になった。

 なにかあるわけではない。通路でもなく、あるのは建物から外れた庭の方角だ。

 カリトンは話に熱中しているのか、アレッシアの足が逸れても気付かない。足は自然と茂みを超え、庭を伝って違う建物に入っていった。奥に進むにつれ天井からあちこちに薄布がかけられており、他の神殿とは違う雰囲気を纏っている。


「――どうしよう、なんとなく入って来ちゃったけど……」


 寒気を感じ腕をさすり始める。どこを見ても薄布だらけで方向感覚も狂い、帰り道もわからなくなった。それでも歩き続ければ出口が見つかると思い歩を進めるのだが……。

 ある方角から音がした。

 カン、と床を鳴らした音だ。なんてことはない音だが、どこか聞き覚えがあり、ぞわりと背筋が粟立つ。

 理由はない。ただそれが固い棒のような――杖。杖を床に強くたたきつけた音だと解すと、音の方へ走り出す。巨大な柱の裏に差し掛かった頃、女性の玲瓏な声が耳朶を打つ。


「そなた達五名はこちらにおわします我らが運命の女神の後継として励んでいただくことが決まりました」


 聞いたことないはずなのに記憶に残っている女の声。

 それを聞いた瞬間、アレッシアは動きを止めた。

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