妖怪の国のカグヤ姫
朱之ユク
第1話初恋の行方
<<称号:敗北した河人>>を獲得しました。
脳内にその音声が聞こえてきた。響くような音に俺は驚くことをしない。ただ地面に横たわり打ちのめされたという現実を噛みしめている。
「お前は一体なんか俺に負ければ気が済むんだよ? もしかしたらいい加減負け犬の称号を手に入れちまうんじゃないのか?」
その言葉は決して嘲笑ではない。
ただ何回も勝負を仕掛けてくる俺に呆れた龍人の彼が哀れに思ってそんなことを言っただけだった。
「まったくお前みたいな河童になり損ねた種族の河人も可哀そうだよ。この妖怪の国でバカにされて、高貴な生まれなのに目下の人間からこき使われる妖怪にしかなれないんだからな」
龍人であり、聖という名前のある彼は無様に身分が下であるものに負けた俺の姿を見ていた。
「俺がお前だったきっと恥ずかしくて何もできないのに、よくやるよね。それじゃあ、俺はもう行くから」
背中に生えている翼を使うことなく彼は見事に体をひねり、この俺に打撃をくらわせた。河童になり損ねた種族である河人の弱点である頭の皿を狙わなかったのは龍人としての誇りがあるのかもしれない。
朝も早くの、この時間帯に俺はわざわざ自分よりも身分が低い龍人の彼に頼み込んでけいこをつけて貰っていた。
「まったく。本当に手加減しないんだな。いったいな」
口からその感想が出てしまうのも仕方ないかもしれない。敗北した河人という称号を手に入れてしまうほど龍人に木っ端みじんにボコボコにされてしまったこの俺には負け犬という称号が相応しい。
河人と言うのはこの妖怪の国において最弱の妖怪とされており、強さが絶対であるこの国においてそれは致命的なまでに残念過ぎる称号だった。
曰く、同じ妖怪である鬼人のものからは「頭の皿が干からびると動けなくなる陸上の魚さん、お疲れ様でーす」とか言われて。
曰く、同じ妖怪である天狗からは「頭の皿が円形脱毛症に見えるカッパさんになれなかった河人さんちーす」とバカにされ。
曰く、同じ妖怪である龍人さんからは「可愛そうだからいっそのこと近くに川を引いてあげ
よう」とさげすまれてしまうありさまだ。
河人である俺からしたら屈辱以外の何物でもない。
だけど、そんな俺でも恋をする。
「そうだ。俺はこの国のお姫様と結婚するために、どうしても力が必要なんだ」
俺とこの妖怪の国のお姫様との出会いはもう何年も前になる。あの時は俺がいじめられている他の河人を守った時の話だ。
「やめろ。妖術を使うな。卑怯だろ!」
「おい、河童ですらない円形脱毛症が何か言っているぞ! 見ろよ」
「本当だ。河童って本当に剥げてるように見えるんだな」
そんな風におちょくられてみじめな思いをしていた俺は、それでも自分よりも弱いものを守ると決意していじめられていた子の前に立ちはだかった。
「ざんねんでした。その歳になってもほとんど妖術の使えないお前にはこれがお似合いだよ」
「おい待て。そんな邪悪なことは俺が許さないぞ」
リーダー格の男の子は成長が速く妖術を扱うことのできる鬼人だったのを覚えている。そして、術を発動したのだ。
「<<妖術:螺旋迷宮>>」
そう一言呟く、この俺を螺旋のように抜け出せないような凶悪な迷宮が閉じ込めてきた。当時の俺には妖術に対抗する手段なんて持ってなかったから、あの時はどうしようもなくて二人で一緒に途方に暮れていたんだ。
そんな時に一筋の光が舞い降りる。
絶対に光など舞い降りないはずの迷宮に光がさしたということはそれは迷宮を作り出した妖術を圧倒する存在が生まれたということだ。
そして、その存在こそが当時の俺の前に現われたこの妖怪の国のお姫様であるかぐや姫だ。
戦闘スタイルの服を破ったかのようなドレス姿には途方もないほどの黄金色の魔力が込められていた。それは王族としての証だ。黄金色はこの国の頂点を表しているのだ。
一瞬で螺旋迷宮を取り壊して、彼女は俺にこういった。
「君たち、英雄が来たからもう心配ないよ」
それは俺にとっての永遠の言葉となって、脳裏に深く刻まれることになった。
そして今に至る。
熱烈に、それはもう抑えきれないほどの思いがその日から溢れてきてしまったほどに好きという気持ちが止まらない。それは今も変わらない。
だからこの俺は彼女にふさわしい男になっていずれ彼女を娶りに行くとそう決めている。
それが今の俺の目標だった。
運が良いことに顔はそこまで唾棄するべきものでもなかった。要するに人に見せられるくらいの顔をしていたというわけだ。イケメンと言うものでもないかもしれないが、少なくとも容姿で差別されるようなことは無いはずだ。
「おーい、仁(ひとし)。今日はお見合いの日だぞ。朝から鍛錬に励んでどうする!」
仁(ひとし)というのは俺の名前だ。仁のある人間に成ってほしいという思いから親父が名付けたらしい。
「ごめんごめん。でもこれは日課だから。仕方ないよ」
「まったく、お前が狐人が好きだというからせっかく今日は狐人とのお見合いをセッティングしてあげたんだ。必ず相手を落とすんだぞ」
「はい、はい」
口ではそう言うものの、心ではあまりにも時代遅れだと思っていた。
だって冷静になって考えると、自由恋愛をせずに相手と結婚するということである。そして、今の時代カップルのおよそ八割は恋愛で結婚まで至っているというのに、こんな時代にお見合いなどと言うのはすごく恥ずかしいものだ。
父がステレオタイプの古い人間だから仕方ないかもしれなかった。
それに俺はすでに相手はお姫様だけだと決めている。だからそれ以外と結婚するつもりはない。
「お見合いはもうすぐ始まる。お主は風呂に入って身支度を整えてこい」
「はーい」
お風呂に入る。身支度を整える。
すぐに終わったこの時間の後は、いよいよお見合いだ。
先ほどは心のなかでぼろくそに言ったが、それでもお見合いでかわいい子が来たらそれ相応に緊張するというものだ。
相手がこちらが河人ということで失望してほしくないのだが。そこだけが心配なことだった。
運命の時がやってくる。
障子をあけて、そこを見ると。思わぬ相手がそこにはまっている。
袖を無理やり引きちぎったかのようなドレス姿は、まるで動きにくい服装から動きやすい服装に変わっているように見える。
その相手は、まるで本物の俺が恋した女の子にそっくりだった。あの時の立ち姿を再現すればきっとまた愛が止まらなくなるだろう。
「よろしくお願いします。私は九尾であり、この国のお姫様のかぐや姫でございます」
自己紹介を聞いて心臓が裏返るほどの衝撃を受けてしまう。
「親父。どういうことだ? どうしてこんなところにこの国のお姫様がいるんだ?」
「ふん、そんなもの本人に聞けばいい話だろ? 俺はお前がその女を好きだというからお願いしてみただけだ。こんなハゲのように見える種族を好きになってくれる物好きもいないと思っていたからダメもとだったけど、案外成功してしまったようだな」
「決めた。これから一生おやじについていく」
「ふん」
一通り会話を交わした後で、この出会いがどれだけ運命的なものかを考え直した。
彼女の顔を眺める。
美しく化粧を施された美しい女の子だ。
絶対に自分のものにすると決めた彼女が今目の前にいる。そうなった男として取るべき行動は一つだろう。
「カグヤさん。俺はずっと前からあなたのことが大好きだったんです。ぜひ結婚してください」
そんなことを彼女の目の前に言って言うと、かぐや姫は目を点にしてこちらの言ったことを咀嚼していた。
「とりあえず、その椅子に座っていただけませんか。私はあなたとおしゃべりがしてみたいですから」
「はい」
そうやって、お見合いという名の初恋が再開した。
だから、こうなることもきっとあの日の思いの再開だと思うのだ。
仁は頭の中に流れる音声をただ時計の針が進むスピードで聞いていた。
<<称号:初恋爆発>>を獲得しました。
この称号を得たものは、愛の強さに依存して、潜在能力が爆発して、また特定条件を満たすことによって進化をすることが全妖怪の中で唯一可能になります。
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