第41話 それとこれとは別
「あー……緊張したぁ……」
グラスを片手にサイラスが深くため息をついた。王子に相応しくない言動にメイベルは眉根を寄せた。
「ちょっと。舞踏会の最終日なんだから、ちゃんとしなさいよ」
「仕方ないだろー……てかおまえはよく昨日の今日でそんなしゃんとしてるな」
尊敬と呆れの混じった表情にメイベルはふんと鼻を鳴らした。
「私はむしろもっと言ってやりたいくらいだったわ」
最後にようやく教皇はしおらしい態度をとっていたが、あれももしかすると演技で、まだどうにかなると思っているかもしれない。油断はできなかった。
「さすがに諦めただろ、って言いたい所だけど、あのオッサンだもんな……」
「政治に口出すことはやめるとしても、教皇としての地位は守り通すと思うわ」
それが最大限の譲歩だと、教会側は訴えるだろう。
「ああ。むしろ最後の教皇として、思う存分自分の権限を発揮しようとするだろうな」
「そうね。それくらいで済めばいいんだけど……」
「いっそ早く天国からお迎えが来てくれると助かるんだけどな」
でもまぁ、とサイラスは眩しいシャンデリアの下で踊る
「たぶん大丈夫だ」
「俺たちの愛は誰にも引き裂くことはできないって?」
「うん。そういうこと」
へへっと少年のように笑うサイラスにメイベルは呆れながらも笑みを浮かべた。
「そうね。あなたたちがそんな調子だったら、きっと大丈夫でしょうね」
「うん。……メイベル。ありがとな」
「なに? 婚約解消してくれてありがとうってこと?」
そうじゃない、とサイラスは急に真面目な表情をして言った。
「今まで……母上が亡くなってから、ずっと代わりに叱ってくれていただろう? 王子っていう身分に対してみんなどこか一線を引いているなか、おまえだけは真正面から接してくれた」
「でも、煩わしくもあったんでしょう?」
重い空気がなんとなく嫌で、わざと揶揄うように言っても、サイラスはのってくれなかった。
「煩わしいっていうか、自分が情けないって思うようになったんだ。おまえはいっつも何でもできて、隙なんかちっとも見せなくってさ……今思えば、必死に裏で勉強したり、努力してたんだなってわかるけど、当時の俺はまったくそんなこと思いもしなかった」
「それは……」
仕方がないんじゃないか、とメイベルは思った。母親を亡くして、王子という重責に置かれていた。他人を思いやるには幼すぎたのだ。お互いに。
(私も自分のことばかりで、サイラスがどういう気持ちだったのか、あんまり考えなかったな……)
「かっこ悪い所見せるのが嫌で、でも実際はそんな所ばっかりで、エスコートとか、婚約者として相応しい言葉も気恥ずかしくて……」
「いや、それはシャーロット様が好きだったからでしょ」
思わず鋭く指摘すれば、うっとサイラスは言葉を詰まらせた。
「うん。まぁ、それはそうなんだが……でも、シャーロットとは別の意味で救われていたのも事実なんだ。おまえと離れてみて、そのことにようやく気づいたんだ」
彼は一瞬泣きそうな顔になった。
「ごめんな、メイベル。ずっとおまえを王宮に縛り付けて、勝手に婚約解消して……おまえの好意に甘えて、おまえのことすごい傷つけてきた」
「……」
「それなのにおまえは……のこのこ会いに行った俺に変わらず接してくれて、俺の心配もしてくれて、何度も背中を押してもらった。ほんとに……ありがとう」
メイベルはじっと見つめてくる彼の視線に落ち着かず、ふいと目を逸らした。後ろめたさも幾分あった。
「やめてよ。あなたらしくない。……私があなたを助けたのは、クレア王妃のこともあったからよ」
彼の母親を助けてあげられなかった。その罪滅ぼしとして、メイベルはサイラスを支え続けてきたのだ。姉のように、ずっと……。
「母上のことなら、もう気に病むな。ハウエルも言ってたが、おまえが死んで母上が助かっても、母上はきっと同じように悲しんだだろう」
それに、とサイラスはニカッと白い歯を見せて笑った。
「罪滅ぼしというには、おまえは十分俺を助けてるしな。この城を埋め尽くすぐらいのお釣りが出るくらいだ!」
その表現にメイベルは目を丸くして、なにそれと笑った。
「あなたの中で、私はそんなに助けたことになってるの?」
「もちろんだ。俺はおまえがいなければ――」
「今頃城外のどこかで野垂れ死んでいたかもしれませんしね」
サイラスがぎょっとして振り返れば、そこにはハウエルとシャーロットの二人がそろってこちらを見ていた。
「もう踊り終わったの?」
一曲目に婚約者同士で踊り、二曲目は互いのパートナーと踊ろうということになり、メイベルとサイラスは少し疲れたからと輪を外れて休憩、ついでに話をしていたという流れだった。
「ええ。殿下が何を仕出かすか不安だったので」
誰に、という所はあえて伏せて言ったものの、サイラスが頬を引き攣らせるには十分だったようだ。
「ハウエル。先ほどの台詞といい、王子に対してずいぶんと不敬じゃないか?」
「いいえ、ちっとも」
むしろ言い足りないくらいです、と彼はその綺麗な顔を惜しみなく輝かせながら毒を吐いた。
「失礼ながら殿下のような方が今まで王宮で王子として生きてこられたのは、メイベル様という素晴らしい婚約者がいらっしゃったからです。彼女がいなければ貴方はとっくにケイン殿下に取って代わられ、用済みとなった後は街中に放り出され、自分の生活力のなさと不甲斐なさで死ぬ間際まで惨めな気持ちを抱き続けたことでしょう」
「お、おまえなあ……」
あり得たかもしれないもう一つの自分の人生を淀みなく語るハウエルに、サイラスは絶句したようだった。そんな彼を励ますようにシャーロットが「あのっ!」と口を開いた。
「でしたらわたしはサイラス様とご一緒いたします! たとえお父様やお母様が反対してでもサイラス様を支えます!」
(それってつまり駆け落ち……?)
「ふむ。けれど生活力のないお二人が一緒になったところで、仲良く共倒れ……果ては来世で一緒になろうという心中エンドしか見えませんが?」
「それでも構いません!」
望むところです! と胸を張るシャーロットにおいおいとサイラスが慌ててつっこむ。
「俺は死ぬつもりもないし、シャーロットを道ずれにするつもりもない! 不吉なことを言うのはよしてくれ!!」
「そうですか。それでは死ぬ気で頑張ってください」
「……おまえ、なんか、前会った時よりだいぶ印象が違うな。というか俺に対して辛辣すぎないか?」
「臣下として無礼な振る舞いだということは重々承知しております。……ですが、それでも私は貴方のメイベル様に対する今までの態度はだいぶ、いえ、絶対にあり得ないと思いますし、たとえメイベル様が許すとおっしゃっても、私は一生許さないつもりですので」
女性を虜にするような笑みでハウエルはそう言うと、行きましょうというようにメイベルに向かって手を差し出した。ちなみにサイラスは固まっている。シャーロットも怯えた様子でハウエルを見ていた。
メイベルはちょっと可哀想かなと思ったものの、スッキリしたのも事実であった。だからこそ、次の言葉を明るく言うことができた。
「私たちにあそこまでさせたんだから、あなたたち二人には何としてでも幸せになってもらわないとこっちが困るの。いい? もしこれで夫婦の危機にでもなったら、ただじゃすまないからね」
「絶対に許しませんので」
笑顔でしれっと付け加えたハウエルに、メイベルがわかった? とまるで脅しのように言えば、二人は仲良く揃って何度も頷いた。
それをしっかりと確認すると、メイベルはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、気まずい雰囲気はここまでにして、残りの時間を目一杯楽しみましょう」
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