ぼく。

「おはよう、彼方」

「……うん、はよう」

 ボクの目の前には、不出来な目玉焼きが並んでいる。父も向かい合わせに同じものを見下ろしては、手を合掌。

「いただきます」

「…………ます」

 カチャ、カチカチャ。

 ボクは目玉焼きを箸で掴む。黄身はすぐに崩れる。それを啜るように口に運んだ。

 もぐもぐ。

「ごちそうさま」

 カチャ。――箸を置く。

「もう、いいのか?目玉焼きしか食べてないじゃないか」

「うん」

「ご飯くらい食べていったら?」

「いい」

「……そうか?ほんとに大丈夫か……っ」

「いいッつってんだろッ!?」

 ちょっと怒鳴るだけで、父は尻込む。

 今だって、瞼をぎゅっと閉じておっかなびっくり。

 いい大人なクセに。

「……行ってきます」

「あ、ああ……」

 ボクは、鞄を取り席を立った。


「…………変な子だな」

 アタシは、喋らない一人の女の子を見つめてた。

 本を読むわけでもなく、机に頭を伏せて頭上に開いたままの本を乗せる女の子。ほんとに変な子。

 アタシは、立ち上がり、最近になって履くようになったズボンを翻す。

 (あの本を取ったらどうなるんだろう)

 アタシはそろりと近付いては、すっと腕を伸ばす。

 あともう少しで本を掴める。

 がしっ。……ひょい。

 一応持ち上げてみる。

「……?」

「…………」

 本を持ち上げ、すぐにも反応した女の子は頭を起こしてこちらに振り向く。

 じーっ。

 ………………。

「どっ、どうも」

「……(こくり)」

 女の子は頷く。ボクも頷く。まるで鏡合わせ。

 アタシは、手に持っていた本を彼女に返そうと思って、ちらりと本の中身を見るとある一つの文章が見えた。

『あさこのちじょうでぼくはしんだ』

 本を閉じて背表紙を見ると『ぼく』というタイトルの絵本だった。

 この時、アタシの齢は8歳。

 死の概念なんて分からない子どもだった。でも。それは、相手も同じ。

 女の子は学校の休み時間に図書室で借りた絵本を読んでいたのだ。

 絵本は大きなひらがなで書かれており、内容が理解できなくても、彼女を心配してしまった。

「大丈夫?」

「……(こくり)」

 ガサゴソ。

「?」

 彼女は拙い文字でなにか書かれた手紙を机から取り出した。そして、それをアタシに差し出す。

 紙面には崩れたひらがなで、『かざばなおうかです。なかよくしてください』と綴られていた。

「……うん、よろしくね。おうかちゃ……、?」

 女の子は薄ピンクの桜色のハンカチをこちらに差し出していて、アタシは彼女は訊いてみる。

「……これは?貰っていいの?」

「……(こくり)」

 頷いた彼女にお礼を言って受け取った。女の子らしいハンカチを広げて見る。

 上質さを伺わせる綿生地に、綺麗に染められた桜色。端にはうさぎがちょこんと刺繍されていて女子心をくすぐられる。刺激されてしまう。

 可愛い、可愛過ぎる。

「……あ、ありがとう」

「…………っ……」

 女の子は嬉しげに笑みを溢していて、そんな笑顔を見るのは初めてだった。

 いつも仏頂面の女の子、桜歌ちゃん。どんないかなる場面でもその表情を崩さなかった。でも不意に見せてくれためんこい笑顔に、こんな顔できるんだ、ってちょっと驚く。いや、ちょっとどころじゃないかもしれないな。

 この子の笑顔をもっと見たいと想った。そして改めてアタシはココロだけは女の子なんだなって思った。だから、アタシは、……ボクは。

 蒼野彼方は君を、幸せにしたいと、いや、救いたいと思ったんだ。

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