届け、あたしの聲。feat空に舞う幸せな風花。
蒼井瑠水
心の聲、初の恋。
「好きです!付き合ってください!!」
……なんて始まり方したらなんてラブコメらしいか。最初は告白シーンで物語が始まるってお決まりだよね。でも、そこの読者さん残念でした。あたしが、風花桜歌という主人公が意中の人に告るスタートだったらなんて良かったか。
「ごめん、気持ちは嬉しいけど付き合うのはちょっと……」
「そっ、そんな……」
この台詞を宣うはあたしなんかじゃなくて眼前で繰り広げられる校舎裏で男子が発言したものでありんす。
そしてもちろん告白は聴く限り失敗。気不味そうに女子が帰ってくのを見届ける男の子はなんと儚げな事か。
(かわいそ…… )
今は昼休み。そう。ある理由でクラスで浮いているあたしは、教室でお昼を取るのがなんとなくイヤで誰も寄り付かぬ湿気臭い、あと地味に雑草臭い絶好の避難場所で、ご飯を食べてると珍しく人が訪れたのだ。
そして、勝手に現在進行形で失恋を披露して帰ってく男子に憐れみながら、弁当を食べる。
……。
うん。場所だけじゃなくておかずもなんか湿気が増してる気がする。水分の増した食べ物なんて風味が薄くなるだけで全然いい事ないのに容器の端に溜まった水滴をなおも米粒やらが吸収してるような気がしてならないのだ。
さっきの男女の密会を見てからね…。
「はあ、あたしだって告白できるもんならしたいっていうのに…」
目の前でいちゃつきやがって。いや、フラレてるからいちゃつく事すらしてないか。
あたしは、弁当箱を片付け風呂敷に包むと午後の授業を受けるべく教室に戻った。
「……で、ここの公式は教科書の例に倣えば簡単に解ける。なあに、これさえ覚えとけば色々な計算に……」
よく分からん数学の授業中、眠くなってふとあくびをこぼすと、先生は目ざとくあたしを見つける。
授業態度が悪いと思ったのだろうか。先生はため息を吐いてあたしを名指しする。
「おい、風花。この公式で計算に必要な所を答えてみろ」
機嫌が悪いと地味に生徒に嫌がらせをすることが生徒間では有名な数学担当の関山先生。
あたしが、真面目に説明をろくに聴いてないと思ったのだろう。
途端にクラスメイトの視線集中砲火があたしに降り注いだ。
(こんなん…答えづらいじゃん)
やめてよ、それがあたしの正直な感想だった。だってあたし、あたし…
ガタっ。
席を急に立ったあたしに教室という会場の観客の熱視線は厳しくなる。
やめてよ。
……やめてよ。
…………やめて……。
――――――――――――。
――――――――やめてよっ!!
「……ぁっ、はぁ、はあっ……!」
あたしの息は荒くなる。動悸。
額、顔に汗が滲み出る。発汗。
指先、口唇が震えだす。身震。
顔も朱色に染まりだす。緘動。
そう、あたしは、緘動という症状に襲われているのだ。場面緘黙症という人の前で声をも出せずに喋れないというコミュニケーション障害のひとつに。
(やだ、そんなに見ないで。あたしは見せ物なんかになりたくない)
関山先生はうっすら薄ら笑いを浮かべていた。……浮かべていた。浮かべて……いた。
(や……だ。や、だ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ――)
脳裏が、白で埋め尽くされる。
視界が、赤でチラつく。
次は、白で。
次は、青に。
次は、黄色。
次、赤。白。青、赤。黄色。白。青。黄色、白赤黄青ー―……。
なんか、気持ち悪くなってきた、かも。
「先生、この公式で重要なのは――――です。生徒に意地悪はやめ……ださ……、…………が困ってるじゃ…………」
「お前の気持…………かったよ、すまな……」
あたしは代わりに答えてくれたクラスの男子をぼんやり見つめ、その子と先生のやり取りを眺め、先生は二人に席に座るよう催促した後は、授業を再開した。
若干耳が遠くなってはっきり聴こえなかったけど、あたしを庇ってくれた。あの子はまたあたしを庇って、くれた。優しい、優しいあの子。
澄まし顔でクラスのヒソヒソ声に頓着しないあの子。あの彼。あたしが初恋した男の子が成長した顔が、目に映ってる。
最初女の子だと思ってた子は、未だに中性的な顔であたしの視線の先にいた。なで肩で、顔の線が円く、目も丸々。女装させたら、誰もが気付かないだろう。間違うだろう。
そんな彼が、初恋の人が、またあたしを助けてくれたんだ。
「……?」
彼が最後尾の窓際にいるあたしの方に振り返った。
(っ!?)
じっとりうっとり、悪く言えばねっとり視線を送っていたあたしは、慌てて机の木目を見下ろす。
(――はあっ、視線に悪いよぅ……)
そう、こんなあたしを見てすぐに気付くだろう。あたしは彼に、今も恋している。
(そんな事されたら尚更好きになっちゃうじゃん……)
……やっぱり告白、したいな。
そんな事をぼんやり思いながら関山先公が公式を書き連ねていく黒板を眺めた。
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