14-2
抑えきれず、やや皮肉めいた声になってしまったかもしれない。
エミリオははっと目を瞠った。
「ど、うして?」
「……なんとなく、聞いただけ。サリタ、こっちに帰ってきてるんでしょう?」
「あ、ああ……。そうなんだ。いや、僕は……会ってないよ」
今度はエミリオが強ばった微笑を浮かべる番だった。
(……嘘つき)
胸の中で、ミレイアはささくれだった呟きをこぼす。
エミリオは嘘をついた。やはり後ろめたいという気持ちがあるのだろうか。
こんなふうに婉曲に突きつけるような薄暗い自分にも、嫌気が差す。
エミリオとサリタの、引き裂かれた恋人そのもののやりとりが頭の中で反芻される。
(私は――そんなに可哀想な女なの?)
胸の底に、じわりと嫌なものが広がった。
シャンデリアの光に照らされ、楽曲と美酒美食で彩られた王宮の広間は、だが常の夜会よりずっと場が広く見えた。
限られた男女だけが招かれ、その中にはこのリジデス国以外の人間――それも大国テンペスタの王太子すら含まれる。
誰もがどこか緊張し、視線を忙しなくさまよわせるようだった。
ミレイアはエミリオの手を取り、ともに宴の場へ足を踏み入れた。先客の視線が一瞬すべてこちらに向けられる。
ミレイアはそのどれとも合わぬように伏し目がちに、だが素早く自分も周囲を見回した。
ラウル・ヴィクトールの姿を探す――しかしそうするまでもなく、すぐに見つかった。
壁の花を決め込んでいるが、どうあってもその存在感を消せないせいで、周囲が緊張しているのだ。
一見、喪服かと見紛うほどの黒を基調とした衣装をまとう長身は、だが金銀宝石をまとめて身につけているかのようにその存在が浮き上がって見えた。
深い青と黒のまじった目もまた、すぐにミレイアを見つけた。
ふ、と形の良い唇がかすかに綻んだように見えた。
ラウルが壁から体を起こして動きだすと、周囲の視線もまた動く。
テンペスタの王太子は《四印の聖女》に真っ直ぐに向かった。
ミレイアの隣で、はっとエミリオが息を飲む気配がした。触れる手の下で、エミリオの腕が強ばる。
ラウルが距離を詰めるにつれ、ミレイアの体もまた強ばった。だがすぐに、エミリオの肘にかけていた手を引いた。
――両手をあけておかなければ、いざというときに剣を振るえない。
礼節を保つにはやや近い距離でラウルは立ち止まり、ミレイアを見た。
鋭い目がやや細くなり、視線がさっと全身を眺めた気がした。
まるで狩人が獲物を見定めようとするかのように。
ミレイアはとっさに体を強ばらせる。
「――悪くない形だが、色が気に食わんな。貴様の目の色を殺している」
予想もしなかった言葉に、ミレイアは虚を衝かれた。
ぽかんとする――が、どうやら衣装のことを指摘されているらしいとわかり、自分でもおかしく思うほどじわじわと頬に熱がのぼっていく。
恥ずかしい。屈辱だ。
だが怒りで反論しないのは、ラウルの声や眼差しに奇妙なほど邪気がないからだった。
目の色の良さを引き立てる別のものにすべきだ――そんな意図があるように錯覚してしまう。
エミリオが堅い声を発したのは、そんな時だった。
「お初にお目にかかります、ラウル・ヴィクトール殿下」
ミレイアははっとする。
ラウルの目が、ゆっくりとミレイアの隣に向いた。それまで、エミリオの存在がまるで見えていなかったとでもいうような顔だった。
深い色をした目がす、と再び細められる。
慣れていない者は、それだけで竦むような鋭い眼差しだった。
まして、エミリオはラウルと顔を合わせたのはこれがはじめてであるはずだった。
「……お前が、この女の婚約者か」
「そうです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。