第5話
その日、ウェストラント王国の第一王子アーレントと彼がドラゴンから助け出した運命の乙女イルセとの結婚式が盛大に行われた。
国を挙げての盛大な結婚式は、王家を慕う多くの国民に祝われ、つつがなく終了した。
白いドレスに、カサブランカのブーケを持ったお義姉さまはそれはそれは清楚でお美しくて、涙が出るほどだった。
お義姉さまの一歩一歩に寄り添い、とろけるようなまなざしでお義姉さまを見つめるお兄様に、招待客の皆が唖然としているのがおかしくて仕方なかった。
夕刻からは、ウェストラント城で貴族が招かれての披露を兼ねた舞踏会が開かれる。
赤のドレスに着替えたお義姉さまも、とても美しかった。
ホールの中央でお兄様と見つめ合い、幸せそうにたおやかに踊る姿は、ため息とともに皆の視線を奪っていく。
その時だった。
ドン、という衝撃が走り、城全体が揺れ、人々の悲鳴があがった。
同時にホールの高窓に、深い青を身に纏う一人の青年の姿が浮かび上がる。
ただそこにいるだけで目を奪うその存在感に、会場中の人々は、皆目を離せなくなる。
彼は、中空で静止し、そのまま見えない「何か」に手をかけると、それをこじ開けようとする。
彼が力を込める度に、バキバキという音がホールに鳴り響き、城がびりびりと揺れる。
ウェストラント城を守る結界が力技で引きはがされようとしていた。
――来たのね、デニス。
強さや覇気を感じないなんて言ってごめんなさい。真の強さを持つあなたは、その強さを完璧に隠し通していたのだものね。
彼が城の結界を破るために開放した覇気を感じとれば、自分がどんな馬鹿な勘違いをしていたのかが手に取るように分かった。
お兄様はストレス発散のために毎夜暴れていたのではなかった。
お義姉さまを連れ戻すために現れた彼と、一騎打ちを繰り広げていたのだ。
そして昨夜、兄は彼を「討ち損じた」のだ。
彼の強さは、お兄様とほぼ互角。
「え? あれ? デニス? ええ? なんでここに?」
「イルセ、ここで待ってろ」
そう言ってお義姉さまを置いて進み出ようとするお兄様を、私は紫のドレスを翻して片手で制した。
「お待ちください、お兄様。今日はお二人の結婚式ですもの。お二人のお手を煩わせたくありません。ここは私にお任せくださいな。――それに、私、彼とは少し因縁がありますの」
「え? ちょ、ちょっと待って。妹ちゃん!」
「すまないな、アンジェリカ。借りは後日まとめて返す」
「え、アーレントも何言ってるの? まさか、戦おうとかしてないよね? デニス強いんだけど! 私とは全然違うんだよ! 里でも今の世代で最強だって話で」
お兄様は、私の肩に手を置くと耳元でそっと囁く。
「叩き伏せろ。そうすれば――」
私は、その答えを、無言の笑みで返した。
◇◇◇◇◇◇
私の伸ばした右手の先の何もなかった空間に、深紅の宝石をはめ込んだ杖が、光に包まれて形をとる。
「
私は、結界を引きはがそうとするデニスの前の中空に身を浮かべた。
「お前、どうしてここに」
私はにこりと笑うと結界の向こうの彼に杖を向ける。
そして。
「
結界ごと彼の体を吹き飛ばした。
私は、結界の外に出ると、左手を振り、自分の開けた背後の結界の穴を閉じた。
炎の爆炎と轟音が収まると、その中で青く光る覇気をまとった彼が、無傷で立っていた。
「お前、治癒魔導士じゃなかったのかよ」
「自己紹介がまだだったわね。私は、ウェストラント王国の第一王女にして賢者アンジェリカ。最強の治癒魔導士にして、最強の攻撃魔導士よ。勇者が魔道を究めたら、最強の賢者になるのは当然でしょう?」
「……勇者」
強さを隠していたのは私も同じ。
対外的に治癒魔導士とされていたのは、私を国外に嫁がせる際の、国家間のパワーバランスを考えてのこと。勇者の力は、力なき者にとっては脅威でしかない。
「強さ」のお兄様。「癒し」の妹。
その実、お嫁に行けなくなってしまうからと、お母様が必死に隠していただけなのだけど。
でも、そんなのもう、どうでもいい。
「なんだよ、それ。俺はお前がただの人間の女だと思って!!」
私は昂る気持ちを抑えられない。
彼の覇気に当てられて、引きずり出されるこの気持ちをどう表現したらいいのだろう。
明確に表現する言葉を私は持たなかった。
――ただ、どうすればよいかだけは知っている。
「お前は、俺を治してくれた。飯もくれたし、俺も食わせたし」
私は、杖を一振りすると、十連の氷の刃を自身の周りに出現させ、デニスに突き立てた。
デニスは、なんなくその氷を片腕で叩き落していく。
「ねえ、そんなのどうでもいいわ。あなたは、お義姉さまを攫いに来た敵。それだけよ」
「俺は、お前となんて!」
「
デニスは襲い掛かる超重力で地面に叩きつけられ、その体で大地をえぐった。
「ねえ、私のことを馬鹿にしてるの? それとも私の強さが分からないほど、あなたは頭が空っぽなのかしら? 所詮は卑しき魔獣ね。その血を搾り取り、革を剥いで役立てるぐらいしか使い道がない」
私は、彼の一族を蔑視する言葉を口にする。
彼らにとって、私達は、そういう存在なのだ。
「てめえっ! ああ、そうか、そうだな、お前は、知ってたんだな……俺の正体を。兄弟そろって、俺を馬鹿にしてたってわけかっ」
びりびりと空気を震わせる覇気が宙に立つ私のドレスまでも翻した。
私は、目を伏せると無言で彼の覇気をこの身に受けた。
高揚感に、体震える。
「イルセだけでなく、俺まで、使いつぶそうってわけか」
私は、大きく息を吸って震える体を落ち着かせた。
もう、後戻りはできない。
するつもりもない。
私は、翻る紫のドレスの裾を重力で押さえ、顔を上げると、デニスに微笑み、ゆっくりと杖を掲げた。
「御託は結構よ。かかってらっしゃい。叩き伏せて差し上げるわ」
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