第4話

 闘技場には、剣闘士たちの入場口は四つある。豪華な装飾がされ、仰々しい紹介にあずかって剣闘士は闘いの舞台に上がるのだ。

「『白銀』のサラ!」

 北の門は、サラの二つ名にちなんで純白の布が垂らされている。太陽の光を反射して光っているので、きっと宝石が散りばめられた高価なものなんだろう。

 その布をかきわけて現れたサラは、腰に刀を下げ、身に着けているのは袖が広い馴染みのない淡い色の衣服だ。ただ、その服と刀、そしてサラは不思議に調和していて、むしろ美しさに目を奪われるほど。その見た目とは裏腹に、浮かべているのは部屋では見せたことのない表情だった。触れるもの全てを切り刻んでしまいそうな殺気を湛えた瞳は、まっすぐに闘技場の中心を見据えている。

 勝手に後ろに下がろうとする足に、力を入れた。

「『閃光』のヒカ!」

 黄色の布で彩られた西の門から現れたヒカは、短い金髪を後ろでまとめている。首飾りも耳飾りも金色に輝いていて、サラとは違う光を携えていた。奴隷部屋で見るいつもの服とよく似た、長袖のシャツと長いズボンに身をつつみ、短剣を右手に握っている。優しげな瞳からは殺気も何も感じないが、そこは光も闇も写していない。

 底なし沼に吸い込まれないよう、拳を握る。

「『時雨』のユーリ!」

 風になびく東の門の青い布から顔を出したのは、空を見上げるユーリ。額に青い糸を巻きつけ、何かを唱えているように口が動いている。ヒカと同じ奴隷服を着て、二本の剣を背負っていた。手が動いて、ネックレスの十字架に口づけをした後にようやく、瞳が闘技場を映し出す。こんな目をする剣闘士なんて世界のどこを探してもいないんじゃないだろうか、慈愛に満ちた瞳だった。

 そんな様相とは逆に、悪寒が走る。

 アリアは、深呼吸をしてから歩み出た。

「『火炎』のアリア!」

 南の門は、アリアの身に着けている衣装と同じ緋色の布で鮮やかに飾られていた。ぶっちゃけてしまえば、そんなものに興味など一切ないのだけれど、感慨深く思って辺りを見渡した。

 左側にヒカ、正面にサラ、右側にユーリ。

 観衆はもういっぱいで、奥の方では立ち見も見える。最前列のお偉いさん方もたくさんいて、クリーム色の大理石が人に埋もれて見えないほどだ。

 赤髪を高い位置でくくったアリアは、いつもの奴隷服に赤で模様が描かれた剣を手にしている。歩きにくい砂を蹴って、ゆっくり、確かに前に進む。

「……」

 直径百メートルの闘技場の舞台の中央、互いの距離が十メートルほどの場所で足を止める。

 視界の端で、支配人が声を張る。

「『白銀』のサラ、『閃光』のヒカ、『時雨』のユーリ、『火炎』のアリア」

 その声は観衆のざわめきを破って、高い空に響き渡った。白い何かが宙を舞う。




 感傷に浸らせてくれる時間などなかった。

 きっと彼らにとって、自分たちの命なんてこれっぽっちの価値もないのだろう。自分たちがいなくなっても、また新たな剣闘士で稼ぐだけなのだから。

 観衆は役者エンターテイナーの命にも、人生にも、興味などないのだから。

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