DAY6406

捜索

 翌日になってもクロウは家に戻ってこなかった。主人が不在の家は少し物悲しく見えた。


 裏庭の窯の中の炭はとっくに白く燃え尽きていた。ラーサはその燃えカスをじっと見つめたまま夜を明かしたのだった。探しに行った方がいいよね……。ラーサはあれからずっと身動きが取れないでいた。今すぐにクロウを探して謝るべきはずなのに、身体が動かなかったのだ。かける言葉がわからない、ということもあった。けれど、それ以上に再びあの拒絶の眼差しをクロウに向けられることが怖かったのだ。


 あたしが……またなにかしちゃったんだよね……。ラーサは深いため息をついて空を見上げた。太陽はすでに中天に差し掛かろうとしていて、青空の真ん中で爛々と輝いていた。あれからずっと考えていたのに、クロウがなににあれほど腹を立てたのか、彼女には想像もつかなかった。それが歯痒かった。


「あっ、いた」


 不意に声がかけられた。ベニーニャが裏庭を覗きに来ていた。彼女は笑顔でラーサに手を振ると「クロがどこにいるか知らないかしら」と訊ねた。


「あー……」


 ラーサは言い淀んで目を伏せた。それでベニーニャも不穏な気配を感じ取ったようだった。


「あれ……もしかしてまたなにかあったの?」


 ベニーニャはまさか、と言いたげに眉尻を下げた。ラーサが頷くと「ああ……だから朝から姿が見えなかったのか」とベニーニャはため息をついた。


「二人とも、よく喧嘩するわね」ベニーニャはラーサの隣に腰を下ろす。「それで? 今回はどうしたのよ」


「多分、あたしが余計なこと言っちゃったんだと思う」


 ラーサは抱えた膝の上に顎を乗せて言った。


「余計なことって?」


「クロウくんがお父さんを探しに旅に出たがってるっていうのを聞いたから……あたしと一緒に旅に行かないか誘ったの」


「あぁー……」ベニーニャは憤りとも落胆とも取れる長い息を吐いて顳顬を抑えた。「なるほどね、そういうこと……」


「どーいうこと?」ラーサは訊ねた。「やっぱりあたし……クロウくんを怒らせるようなことしちゃったんだ?」


「うん……。あ、いやでもこれは事故みたいなものだからラーサのせいってわけじゃないんだけど……」ベニーニャは歯切れ悪く言う。「ラーサが言ったことって、要は〈グローリア〉でのハンターをやめろってことでしょ? それって今のクロには禁句なのよ」


 ラーサは眉根を寄せた。ベニーニャは続ける。


「わたしも詳しくは知らないんだけどね。昔、クロが何日も森に行ったきり帰ってこないことがあってね。やっと帰ってきたと思ったら全身傷だらけになりながらクマとか鹿とか……たくさんの獲物を仕留めてて。いくらなんでも一人で無茶しすぎだって怒ったのよ。そしたらクロ、言ったの。おじさん……お父さんみたいに立派なハンターになるって……お父さんが旅に出る前に約束したって。クロってばその約束を果たすためにがむしゃらに頑張ってたんだって――そのとき初めて知ったの。ううん。今も頑張ってる最中なんだと思う」ベニーニャは一拍間を置いて、小さく息を吐いた。「ダンジョン探索は長老から認められたほんの一握りのハンターしか選ばれないもの。だから……」


 もう、わかるでしょ? とベニーニャはラーサに視線を向けた。ラーサは表情が抜け落ちた顔をして、茫然自失としていた。


 あたしは……どれだけ愚かなんだろう。無神経にもほどがある。クロウくんがずっと旅に行きたいと言いながら〈グローリア〉に留まっている理由……少し考えれば事情があることくらいわかったはずなのに。


 ラーサは自分自身に対する憤りを抑えられなかった。


 気がついたら彼女は走り出していた。ベニーニャの制止の声も置き去りにして、家を飛び出した。



 * * *



「……み、見つからない」


 クロウを探して文字通りコロニー中を駆け回ったラーサは、〈グローリア〉の広場に突っ立ったまま空を仰いだ。探すといってもなにも手がかりがないのだ。彼女にできることは通りを歩いている人々にクロウをみかけなかったかどうか聞き込みを行うことくらいだった。けれど、誰も彼と会ってもいなければみかけてもいないという。まるで神隠しにでもあったみたいに、彼の行方の手かがりが掴めなかった。もしかしたら森の方へ一人で入って行ったのかもしれない。もしそうだとしたら見つけ出すのは相当に難しいだろう。


 ラーサは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。なに一つ上手くできない自分がほとほと嫌になる。考えてみれば、〈グローリア〉へやってきたときからそうだった。〈グローリア〉の人々からは敵視され、クロウとベニーニャにどれほどの迷惑をかけたことか。ハヤテトラとの一件もそうだ。自分の行動でクロウはひどく心を痛めたではないか。そして今、彼女は再びクロウを深く傷つけてしまっている。……それも彼女自身の浅慮な言葉のせいで。


 もし、ここにいるのはあたしじゃなくてほかの誰かなら……もっとうまくやれたのかな? あるいは……あるいはあたしが普通の人間だったら……、ベニーみたいに生身の肉体を持った女の子だったら……。考えても意味がないことはわかっている。それでも彼女は思わずにはいられなかった。


 だめだ、こんなこと考えてる場合じゃない。ラーサは冬の澄み渡る高い空から視線を切ってもう一度、探し残しているところがないかどうか探しに行こうとした。ふと、そこでまだ足を運んでいない場所があることを思い出した。長老のところだった。


 長老の巨木のもとまで向かうと、ドームのトンネルを抜ける出口のそばに侍っていた二人の男がラーサを静止した。


「ここから先は長老に呼ばれた方しかお通しすることはできません」


「長老になにか御用ですか? 長老は今、お眠りになられています。御用件なら私が承り、後ほど長老に伝えさせていただきますが」


 長老のもとにやってくるのは二度目だったが、初めての問答にラーサは面食らった。思えば、最初は長老に呼ばれたわけだし、二度目に関してはなぜだか知らないが侍っている男たちがいなかった。本来はこれが通常の応対なのかもしれない。そう考えると少しだけ冷静になった。


「長老さんに用っていうか……あの、ここにクロウくんは来ませんでしたか?」


「クロウ?」二人の男は互いに顔を見合わせて首を捻った。「いや……ここには来てないが……」


「そうですか」


「クロウを探してるのか?」


「はい……朝から探してるんですけど、見つからなくて」


「ふむ。ならバウアーのところに行ってみるといい」


「バウアー?」


 誰だっけ? と考えて思い出す。ラーサが〈グローリア〉へやって来たときに最初に声をかけて来た農夫だった。


「ああ。確か、あいつのところでダンジョン探索に向かう連中が食料を分けてもらう手筈になっていたはずだ。あいつのところは〈グローリア〉で生産された食料の管理をしてるからな」


 確かに、まだ彼のもとには訊ねていなかった。「ありがとうございます!」ラーサは礼を言って踵を返すと、最初にバウアーと出会った〈グローリア〉入り口の畑へと向かった。彼の家は知らなかったが、そこに行けばおそらく会えるだろうと思ったのだ。


 しかし、畑にバウアーの姿はなかった。考えてみれば当たり前だった。今は冬だ。彼の畑はすっかり収穫を終えていて、畑は土起こしをされたまま放置されていた。ため息が口をついて出た。すぐに被りを振って気を取り直す。誰かにバウアーの居場所を訊ねれば済む話だ。


 ラーサは手近にいた人々にバウアーの居場所を訊ねた。居場所はすぐにわかった。彼は別の畑で冬の作物を育てていて、この時期はそちらにかかりきりになっているというのだ。教えられた畑に向かうと、額に汗を浮かべながら〈アイギス〉を土だらけにして農作業をしているバウアーを見つけることができた。


「バウアーさん!」


 ラーサが声をかけると、彼は顔を上げて辺りをキョロキョロと見回した。ラーサの姿を見つけて驚いたような表情を一瞬浮かべたかと思うと、すぐににこやかな笑みを湛えて手を振り返して来た。


「嬢ちゃん!」バウアーは共に作業をしていた仲間に一言声をかけて、ラーサのもとへやって来た。顔に浮かんだ汗を首元のタオルで拭う。「久しぶりだなぁ! 災難な目にあったみたいじゃねえか。もう大丈夫なんか?」


「はい。それはもう……」


 ラーサは微苦笑を浮かべた。


「そうかい、そりゃよかった。んで今日はどうしたい? オレになんか用か?」


「はい……あの、クロウくんってバウアーさんのところに来たりしてませんか?」


「クロ?」バウアーは顎に指を当てて思案すると被りを振った。「いや、来てねえな」


「そうですか……」


 ラーサは落胆した。


「クロになんか用かい? なんなら、見かけたらオレが伝えておいてやってもいいが」


「……っ」ラーサは一瞬、それでもいいかもしれない、と思った。けれどすぐにこれは自分の口で直接伝えなくては意味がないことだと思い直した。「いえ、自分で探して伝えます。ありがとうございました」


 ラーサはぺこりと頭を下げてその場を後にした。

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