DAY6405
残念な人たち
ラーサは旅立ちの日を三日後に設定した。それまでに旅支度や――ごく短い期間ではったが――〈グローリア〉で世話になった人々への挨拶を済ませるつもりだった。
そんな彼女が今いるのはコロニーから少し離れた森の中だった。足元ではすっかり怪我が完治して……半年前よりも一回りほど大きくなったテラが「はっはっ」と舌を出して荒い息を吐いていた。コロニーからここまで、約五キロほどを彼女とともに全力疾走してきたらからだ。なぜそんなことをしていたのかといえば、リハビリのためだった。
ラーサは目覚めてからまだきちんと身体を動かしていなかった。ウィリアムの腕を信じていないわけではないが、彼女の身体は一回はバラバラに近い形になったという。修理された身体の具合を確かめるというのは自然なことだったし、実際ウィリアムからも不備がないかどうか確認するように言われていたのだ。もし違和感があればウィリアムに調整をお願いしなくてはならない。
そして、今……全身に負荷をかけるように森の中を疾走したラーサは体内の駆動部が熱を放熱しているのを感じながら満足げに頷いた。
「うん。問題なさそう」
ウィムじいさんってほんとーに腕がよかったんだ、とラーサは〈グローリア〉にウィリアムという職人がいたことに感謝した。
「帰ろっか」
ラーサはテラに声をかけて踵を返して、数歩歩き始めた。けれどすぐに足を止めた。テラがついてこなかったのだ。鼻頭を空に上向けていたかと思えば、森の奥へと視線を向けたまま動こうとしなかった。耳がなにかを探るように仕切りにピクピクと動いていた。
「……向こうになんかあるの?」
ラーサが訊ねるとテラは「クンッ」と短く鳴いた。彼女はテラの視線の先を目で追った。見渡す限り、青々とした常緑樹と葉が落ちて寒々しくなった落葉樹のコントラストがどこまでも広がっていた。
「なにもないけど……」
ラーサは改めてテラを見下ろした。この先になにかがあることを確信したような顔つきをしているように彼女には感じられた。もしテラがこの森の奥でなにか異変を感じ取っているのだとしたら、なにがあるのか確かめておいた方がいいだろう。もしハヤテトラのような凶暴で危険な生き物がいるのだとしたら、そう遠くない位置にある〈グローリア〉に危険が及ぶ可能性もあるからだ。
「行ってみるか」
なにもなければそれはそれで構わないのだ。
テラはその言葉を待っていましたとばかりに「クンッ!」と一声、大きく鳴いた。
* * *
「――あれ?」
テラを先頭に森の中をしばらく歩いた先でラーサが発見したのはハヤテトラ……ではなく四人の男たちだった。見覚えのある顔だった。確かティグヌスと一緒にキングラングールに捕まっていた〈グローリア〉のハンターたちだった。
「あんたは……」男たちのうちの一人が突然現れたラーサにたじろいだ。仲間三人と顔を見合わせるその表情には畏怖とも困惑とも取れる色が浮かんでいた。「こんなところでなにしてんだ?」
「あたしは……リハビリ?」
「なんで疑問形」
「あたしのことは別にいいじゃん。それより……きみたちこそこんなところで――」言いかけたところで彼らが持っているライフル銃に気がついた。「ごめん、狩りの邪魔しちゃった?」
「いや……」
男の反応は歯切れが悪い。
沈黙が辺りに落ちた。ラーサは「えーと……」と視線を地面に落とした。テラが欠伸をしていた。どうやらテラは彼らの気配に反応したらしかった。人騒がせな、と内心でごちてから四人に向き直った。「じゃ……仕事の邪魔しちゃ悪いからもう行くね」と言って、彼女はそそくさともと来た道を引き返そうとした。
「待ってくれ!」
男のうちの一人が予想外に彼女を呼び止めた。ラーサが振り返ると彼らはバツが悪そうに頭を掻いたり、身じろぎをしたりしていた。
「なに?」
ラーサが訊ねると、男のうちの一人が意を決したように言った。
「頼む、助けてくれ!」
* * *
話を聞いてみると、なんと言うことはない。狩りを手伝ってくれ、というそれだけの話だった。彼ら四人はいつもティグヌスとともに狩りに赴いていたのだが、今はティグヌスが長老からハンターとしての仕事を止められている。そこで、四人だけで森の中に入って狩りを行おうとしたのだ。自信はあった。彼らもハンターとしての経験はそれなりにあったからだ。幸先よく、森の中でカガミジャッカルを見つけて、彼らは今日の獲物と定めた。しかし、そこからが上手くいかなかった。銃撃が簡単に交わされてしまい、包囲して逃げ場を無くそうとしても包囲網を築く前に逃げられてしまう。罠を仕掛けても野うさぎ一匹かからなかったという。それでもなんの収穫もないままでは帰れらない、と彼らは――この際カガミジャッカル出なくてもよかった――獲物を捉えるまで意地でも〈グローリア〉へは帰らない決意でいたのだ。そこへ偶然ラーサがやってきたのだった。
「ティグヌスがいればこんなに苦労しないのに」
一人がぼやくように言った。クロウから話は聞いていて、ラーサはティグヌスがハンターとして優秀だということは知っていた。だからこそ、彼らは普段の狩りからティグヌスに依存してしまっていたのだ。
ラーサは悩んだ。普段からティグヌスに頼り切っていた彼ら自身の責任でもあるのだから、ここでさらに彼女に助力を頼んだところで彼らのためにはならないだろう、というのが一つ。もう一つは、単純に森を生きる仲間を殺すのが躊躇われたのだ。人間が生きてくために食糧を手に入れなくてはならないことはもう理解しているし、その点において人間とほかの野生動物との間に相違がないこともわかっていた。しかし、理性では理解できることと感情面で受け入れられることは、必ずしも一致しないことも事実なのだ。
「しょうがないっか」ラーサは嘆息して言った。「手伝ってあげる」
「おお! マジか!」
「ただし!」男たちの歓喜の声を遮るようにラーサは人差し指を彼らの鼻先に突きつけた。「あたしが手伝うのはカガミジャッカルをきみたちのところに誘導するだけ。そこから先は自分たちでやるの。それでまた逃げられるんだったらもう潔く諦めて」
「っ……」男たちは困惑したように顔を見合わせた。一人が代表して言った。「最後まで手伝ってくれないのか?」
「この条件が飲めないなら……」
「い、いや、それでいい!」男は慌てて言い繕った。「それでお願いします!」
心の底から懇願する彼らに、ラーサは苦笑を禁じ得ない。ほんとーにこんな感じで今までよくハンターなんてやってこれたなぁ……。
「それで、どうやってカガミジャッカルを見つけるんだ?」彼らは訊ねた。「もう影も形も見失っちまってるんだけど……」
「自分で言ってて情けなくなんないの? それ……」ラーサは呆れて言った。それから居住まいを正す。「だいじょーぶ。あたしに任せて」
ラーサは彼らが最後にカガミジャッカルを見失った場所に案内してもらうと、地面に痕跡がないか調べ始めた。わかりずらいが、穿ったような小さな穴が何個か残されていて、明らかに動物の足跡だった。カガミジャッカルのものかどうかはわからないが、今ある手がかりはこれくらいのものだった。彼女は足跡の角度から移動していった方角の検討をつけると、そちらに向かって歩き始めた。
「いや〜、にしてもあんたが来てくれて助かったぜ」彼らはそんな腑抜けたことを安心したように言った。まだカガミジャッカルを見つけてもいないのに。「ティグヌスさんが戻ってくるまでこれからも狩りを手伝ってくんねーかなぁ……なんて?」
「きみたちってほんとーに……」ラーサは嘆息した。「よくそんな他力本願で今までやってこれたね。ティグヌスさんにはなにも言われなかったの?」
「あの人は優しいからな。『助けてくれ』って言ったら助けてくれるんだよ」
ラーサは胡乱気な眼差しを彼らに向けた。果たして、ティグヌスが本当に優しさだけで彼らを助けていたとは――少なくとも彼女自身やクロウに対する態度を見ていたら――にわかには信じられなかったのだ。でも夜月も言ってたっけ……『人の目に見えている部分はその人のほんの一面にすぎない。それで人間性を決めつけちゃダメだ』って。彼女は考え直す。少なくとも、ティグヌスは自分が仲間と認めた相手に対しては惜しみなく力を貸す人間のなのかもしれなかった。
「それでもあんまりティグヌスさんに頼ってちゃダメだと思うけど。それじゃ成長なんてしないじゃん」
「……クロウのやつみたいなこと言うんだな、あんたも」
どうやらクロウにもすでに似たような小言を言われていたらしい。彼らは口を尖らせて不貞腐れる。ますますラーサは呆れてしまった。
「まあどのみちあたしが手を貸すのは今日が最初で最後だよ」ラーサは言った。「明後日にはもうあたし、ここを離れるから」
「そうなのか。また急だな」
「長老さんからの頼まれごともあるからね」
「長老?」
ラーサは長老から受けた任務の話を彼らに話すと、彼らは「なるほどなぁ」と気のない返事を返してきた。もともとそこまで彼女に興味があるわけでもなかったらしい。
「じゃあもしかしてクロウのやつも一緒に行くのか?」
「クロウくん? 違うけど……どうして?」
ラーサはなぜ急にクロウの名前が出てきたのか不思議に思った。
「いや、だってあいつ昔からずっと言ってたんだよ。いつか絶対父親を探しに行くんだって」
ラーサは雷に打たれたような衝撃を受けて、その場で足を止めてしまった。
「それ……ほんと?」
「ん? ああ、もちろん」
ラーサは俯いた。旅に出るって話をしたとき、クロウはそんなことは一言も言っていなかった。
……本当は一緒に旅に出たいのかな? 思えば、〈ヴァーサライト〉を探しに出かけた日。クロウは父親を探しに旅に出るのも悪くはない、と確かにそう言っていた。あのときはその場の思いつきで、冗談めかすように言っていたのでラーサも本気にはしなかったのだが……もしかしたらあれは思いつきでも冗談でもなく、彼の本心の吐露だったのかもしれない。
コロニーに戻ったら一緒に旅に出ないか誘ってみよっかな……。ラーサは想像してみる。クロウと二人で旅をするのは考えるまでもなく楽しそうだった。少なくとも一人で旅をするのとは比べるべくもないだろう。思わず口元がにやけてしまった。
「クフッ」
テラが短く吠えた。ラーサを見上げる瞳は不思議と自己主張をしてきているような気がした。
「大丈夫、もちろんきみのことも忘れてないよ。二人と一匹の旅だもんね」
ラーサは腰をかがめてテラの頭を撫で付けた。テラは気持ちよさそうに目を細めた。
そのとき。「キャオオオオオオォオォォォオオオオンン!」と長い遠吠えがラーサの耳朶を打った。ラーサは顔を振り上げると四人の男たちに声をかけた。
「今の、聞こえた?」
男たちはきょとんとした顔を浮かべて互いに顔を見合わせていた。「なんか聞こえたか?」「いや……」と言葉を交わし合う。けれどラーサの耳には確かに聞こえた。金属が鳴り響くような特徴的な鳴き声は前にも聞いたことがあった。カガミジャッカルの鳴き声だった。
テラを見やると、この小さな相棒の耳には確かに相手の鳴き声が聞こえていたようで、すでに臨戦体制――やる気満々といった感じで尻尾を振っていた。
鳴き声の遠さからして、かなり遠くにいるようだった。
鳴き声がした方へ歩くこと数十分。ラーサは足を止めた。
「おい、なんで急に止ま――」
「静かに」
男たちの言葉を片手をあげて静止する。ラーサの視線の先には鬱蒼と茂っている木々や低木があるのみ。けれど、じっと見ていると視界の光景の一部がおかしいことがわかる。周囲の空間が歪んでいるように見えるのだ。
キラッと光が反射するようになにかが輝いた。そして、それが姿を現した。大型犬ほどの大きさに鏡のように銀色の毛並み――その毛並みは鏡のように周囲の景色を反射させていた――カガミジャッカルだった。
ラーサは四人と顔を見合わせた。
「じゃあ作戦を決めるよ」
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