第11話 週末間近
週末間近である。
金曜日ともなれば気分も高揚し、来たる休日を誰と、どう過ごすか考えたりしてウキウキするものだ。しかし、凪人はもやもやとした朝を迎えていた。
当然だろう。
頭の中には得体の知れない感情が溢れている状態だというのに、遥の想い人が漫画の主人公だと知り、散々推し?の説明を受けた挙句、何故かショップにまで同行し、行きずりの女性たちに、まるで自分がオタクであるかのような印象を与えられたのだ。
「エゴサなんかしなきゃよかった……、」
帰ってSNSを見ると、案の定、自分の名前が検索され、拾い画で記事を上げられている。『#カレントチャプター』である。
「凪せんせ、おはよ~」
今日も黄色い声がする。
「ああ、おはよ」
しかし、愛想を振りまく元気がない。
こんなことは初めてだ。
いつもなら、どんなに疲れていようが愛想を振りまくことに苦痛など感じたりはしなかったし、常に120%の自信と共に生きてきたのだ。それがどうだ。このモヤモヤ。
何がこんなにモヤモヤするのか、まったくもってわからない。だが、断言できることが一つだけあった。谷口遥。彼女が、悪い!
「あ、」
前から歩いてくる遥を見つけ、トクン、と小さく心臓が反応する。
「お、大和先生!」
凪人に気付いた遥がパッと顔を上げ、手を振った。ただ、それだけのことだ。それなのに、何故か遥の周りにはキラキラした光が見えるのだから、意味がわからない。
きゅぅ~ん
どこかでそんな擬音が聞こえてくる。空耳だ。幻聴だ。すべてにエフェクトが掛かったかのような現状に、凪人は慌てて頭を振った。
「おはようございます」
心の中の花畑とは裏腹に、少し低い声で返事をしてしまう。
「おや? 今朝はご機嫌斜めか?」
遥が凪人に並んで下から顔を見上げる。180近い身長の凪人に対し、遥は160に満たない、どちらかといえば小柄な身長。大きいのは態度だけ、というやつである。
「昨日のことを怒っているのか?」
眉をひそめ、顔を寄せる。
「ちょ、怒ってないですっ」
バクバクいう心臓を抑えつつ、後ずさる。
「そうか。よかった。今日、少しだけ時間が欲しい。あとで保健室に来てくれ」
「え?」
呼び出し!!
それは凪人にとって日常茶飯事の恒例行事。
慣れている。いつものことだ。いつも通りにっこり笑って「Yes」と言えばいいだけのやつ。そうか、いよいよか、などとほくそ笑んでいると、遥がクイッと凪人の上着を引っ張った。
「誰にも見つからないようにな」
小声でそう言うと、小走りに去っていく。
「ふぇっ?」
思わず変な声が出る凪人。
去り行く遥は心の中で呟く。
(ふふ。今のが、裾クイ……)
*****
休み時間。
と言っても、学校の休み時間ではない。凪人の、空き時間である。
凪人は辺りをきょろきょろしながら、誰もいないことを確認し、保健室へと向かった。
妙に緊張している。
深呼吸をひとつすると、保健室のドアを叩く。
「どうぞ」
と、中から遥の声。
「失礼します」
ぎこちない足取りで中に入ると、丸椅子をくるりと回し、遥が振り返る。
「おお、来たか」
「はい」
とびっきりの微笑で凪人がキメる。
「まぁ、座れ。コーヒーでも淹れよう」
「あ、どうも」
遥は片隅にあるポケットコンロにやかんを乗せ、火を点けた。
「昨日は引っ張り回してすまなかったな」
カップを二つ準備しながら言う。
「いや、まぁ……、」
「あの後、少しネットを見ていたんだが、大和先生、君はすごいな」
じっと、熱っぽい視線を向ける。
「え?」
「私は少し、君のことを見くびっていたかもしれない。反省したよ」
「……はぁ」
なんと答えていいかわからず、凪人が生返事をする。
「奈々の言っていたことは本当なんだな」
急に元カノの名前が出てきて、肩が震える。
「私は…大和先生が欲しい」
はい、キタ~~~!!
凪人が心の中でガッツポーズをとる。なんだかんだ言っても、結局は皆、自分のことを好きになるのだ。それが定石ってもんだろ!
「今日は随分素直なんですね」
ズイ、と凪人が遥に迫る。遥はそんな凪人に、小首を傾げ、
「私はいつだって素直だよ。凪せんせ?」
フッと微笑んだ。
凪人が遥の肩に手を置く。その手を遥が掴み、そっと降ろす。
(……ん?)
「お湯が沸いた」
そう言ってコーヒーを淹れ始めた。
(なんだよ、ツンツンしてるくせに、実は
ふふ、と笑みが漏れる。
「ほれ、コーヒー」
「あ、どうも」
カップを受け取り、啜る。
「誰にも見られなかったか?」
遥が問う。
「充分気を付けて来ましたから」
「そうか…、」
コトリ、とカップを机に置く。凪人が持つカップに手を伸ばすと、取り上げる。同じように、机に置いた。
「こっちへ」
立ち上がり、遥がベッドの方へと進む。ベッドにはカーテンが掛かっている。
(え? マジで? ここで?)
心臓がバクバクする凪人。
経験なら人一倍ある。今まで緊張なんかしたこともなかった。なのに、何故こんなに胸が高鳴るのか。保健室、というこのシチュエーションのせいなのか?
「あの、本気…ですか?」
(なんで余計なことをっ)
ビビっている自分に、ビビる。
「私は本気だ。さぁ」
遥が手を伸ばした。
凪人が遥の手を取ろうと、自分の手を伸ばす……と、
シャッ
遥がカーテンを引いた。
そこには…、
「ん?」
「全、十二巻だ!」
コミック、カレントチャプター全十二巻が、ベッドの上に綺麗に並べられていたのだった。
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