私を見つけてくれる人
夕闇が近づいてきた。寒さがじわじわと体に染み込んできている。いくら丈夫な私でも寒さには勝てない。手足が冷たくジンジンしている。
「身なりが良いお嬢さん、ちょっと暖まっていかないかい?」
気づけば人通りの少ない道まで来てしまっていた。そんな男の人の誘い文句が耳に入った。
……私のことを貴族の娘だと思ってるのね。中身は孤児のみすぼらしい娘なのに。
「お金、持ってないの。また今度にするわ」
私はそう言う。さすがにこんな場所は危険であることはわかってる。
男はしつこく、良いだろう?と手を伸ばしてきた。
「だから!お金がないの!」
もうっ!私、今はしんみりとしたいのに。なんで絡んでくるわけ!?こっちは傷心なのよ!そっとしておいてよ!と怪力の力を見せて腕を掴む手を振り払おうと私は腕に力を入れた。
その瞬間だった。男は音もなく突き飛ばされていた。その動きは素早く、影のようで、私には一瞬何が起こったのかわからなかった。
「えっ!?」
「なにすんだ………ひっ!?」
突き飛ばされて雪道に尻もちをつき、文句を言おうとした男はそれ以上、声が出なくなった。その男を見下ろすのは冷酷無情な表情と硬質的な紫の目のアデル様だった。静かな怒りが感じられる。
「触るな。去れ」
その一言で十分だった。飛ばした相手は雪に足をとられながらオタオタと逃げていく。
「アデル様!ど、どうしてここに?」
「なぜ逃げた?」
その声は怒るというよりも悲しそうだった。
「逃げてなんて……いません。私のこと、いらなくなったんでしょう?いえ……そうじゃなくて……やっぱり孤児の私がアデル様の傍にいるのは相応しいとは思えなくて……」
「は!?なぜそんなことになっている?……母が何か言ったか?……あの人はいつもああなんだ。気にするな」
私は答えなかった。
「選んだのはオレだ。そして思ったよりニーナを気に入ってしまっている」
「え?それはどういう……」
ハッと顔を上げた私を見て……微かにほんの微かな表情だったけれど笑った気がした。
アデル様が自分の手袋をとる。私の寒さで痺れた指先にそっと触れて、掌まで包んだ。
「冷たくなってる。寒かっただろ?帰るぞ」
冷酷な北の魔王じゃなくて、やっぱりアデル様の掌も心も温かいと思った。手をつなぐとホッとし、迷子の子供のような気持ちになった私はひと粒だけ涙を溢してしまった。
契約婚なのにどうしてこんな気持ちになっちゃったんだろう?アデル様が知ったらきっと驚くか呆れるか………悪くしたら契約終了させられちゃうかもしれない。
私は心を悟られないように、気になっていたことを尋ねる。
「なぜいきなり私に冷たくなったんですか?あの歌のせいですか?」
手を引っ張って歩いて行くからアデル様の顔は見えない。
「……あの歌を何故知っている?孤児院にいたおまえがどうやって知り得る?遥か昔の音楽だった。現在で知っている者も稀だ」
「あっ、あの歌は………セレ………」
セレナがよく歌っていたと言おうとして止めた。誰だ?それ?と聞かれても答えようがない。
「ええーっと、母です!母がよく歌を聞かせてくれていたんです!」
「え?おまえの母が?」
アデル様は振り返り、足が止まった。雪が降り続いていて、暗闇にフワリと落ちてきて白色がまるで鳥の羽根のようだった。
「はい。でも両親は私が幼い頃に魔物に食べられたと孤児院の院長先生が言っていて、私も顔は覚えてないのですが……」
嘘をついてしまった。父母の記憶なんてないくせに……。
「ニーナの両親は魔物に………そうか……これも……罪の一つなのか?」
「え?罪ってなんの罪がアデル様に?」
「いや、なんでもない。ニーナの両親を助けてやれなくて……悪かった。ニーナの母に会ってみたかった」
「アデル様のせいじゃないのに謝らないでください」
また歩きだして前を向いてしまったアデル様の顔は見れなかったが、小さく吐き出した声は微かに私の耳に届く。
――いいや。オレのせいだ。
そう言った気がした。
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