洗濯は手短に!授業は真面目に!
「いってらっしゃいませー」
ひらひらと私が手を振ると、アデル様がいつも通りの無表情でフイッと何も言わずに行ってしまう。あの表情はどうやら崩せないようだ……。
さて、今日の私は午前中、暇がある。午後からミランダ先生の授業が2時間ほど。
早く済ましてしまいましょう!私は腕まくりした。屋敷のシーツや服などをひとまとめにし、大きなタライにいれる。
「奥様、何をなさるんですか?……洗濯ですか?」
メイドが眉をひそめる。私はそうよと笑う。
「ちょっと大ざっぱだけどね!」
水魔法を使って、ザパンっと一気にタライに水を溜める。そこへ洗濯用の洗剤を入れる。手をタライの中へ入れる。冷たい水が手のひらに伝わる。次は風魔法で水と洗濯物をかき混ぜていく。ザアアアッと音がして汚れはどんどん落ちる。
「すごいですね!」
私に悪意を向けていた、あの赤毛のメイドは今はこうして、素直に感じたことを口して、私に心を許してくれている。私も親しみが沸いてきた。
「フフフ。大量の洗濯物がある時は便利なのよ。このやり方!」
汚れた水を流していく。そこへまた新しい水を入れてすすぐ。絞った洗濯物を物干し竿に乾かしていく。
「よーし!行くわよ!」
パンッと私は並んだ洗濯物に向って熱風を起こす。おおおーっ!とメイド達から拍手が沸き起こった。
あっという間に乾く洗濯物。
「奥様すごい!こんなことができるなんて!」
私は称賛の声に思わず得意顔になってしまった。
フフフ……と密かに笑う。セレナの時も多少は魔法が使えたのだ。体が弱くて、戦闘用の魔法などは使う機会がなく、魔物と対峙した時に咄嗟に戦闘用の魔法が出てこなかったが、生活で使う明かりを灯す魔法やこのくらいの魔法の掛け合わせならたいしたことではない。
午後からの授業はこの国の歴史だった。アデルバード様の家系であるスノーデン家は王家の血も流れているらしい。現在の王がアデルバード様の父の兄。王の甥っ子という立場で最前線に幼い頃から、立ち続けていて、その戦果が認められて、辺境伯という爵位を得たらしい。
この大陸の人が住める最北端の国。レイドニア王国は常に魔物の脅威にさらされ、滅ぼされかけている。
それを阻止しようとしているのがアデル様が率いる騎士団、傭兵団の精鋭部隊らしい。
すごい人なのねぇと私は感心してしまう。厳しい顔をしたミランダ先生が少しだけ表情を曇らせた。
「アデルバード様はまるで自分を追い詰めるように日夜戦い続けております。お父様は魔物と戦った傷のために幼い頃に亡くなられ、お母様は危険であるため、王都に避難させているのです。だからあまり愛情も知らず、あのように無愛想ではありますが……」
「優しいところがある。そう言いたいのね」
パッと顔をあげるミランダ先生。
「ニーナ様はわかりますか?アデルバード様は別に不機嫌なわけではないのです。傍にだれにも寄せ付けないようにはしておりますが、心が冷たいわけでもなく、優しさも持ち合わせているのです」
理解しているわけではないけれど、表情や態度だけでアデル様を見てはいけないのではないか?とは思い始めている。転びかけて抱きとめてくれたり私の健康を気にしたり……そんなこと本当に冷たい人にはできないと思うのよね。
「ミランダ先生は心配してるのですね」
「アデルバード様の幼い頃より家庭教師を務めておりますので、おそれながら弟や息子のように思っております」
「そんな方を私の家庭教師にしてくれたのね。アデル様が信頼されてるミランダ先生にいろいろ教えて頂けて嬉しいです」
ニコッと私が笑うと、ミランダ先生の厳しい顔つきがフッと柔らかくなった。
「なんだか、アデル様は不思議な方を奥様にしたのですね。そんなふうに言っていただけるのは始めてですよ」
照れ隠しのように、さあさあ!授業を続けますよとミランダ先生は言うのだった。
期限付き契約結婚だけど、アデル様のことを少し知りたくなってきている。そんな私が心の隅に芽生えてきていた。ほんの小さな芽だけど。
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