替え玉にも、愛を注いでいいんですか?

DITinoue(上楽竜文)

第1話

 ガチャリ

 及川およかわと書かれた表札をポンッと叩き、私は木のにおいが充満する室内に、第一歩を踏み入れた。

じゅん、どうよ、新しい家は」

「あのボロいボロイマンションより断然いい」

 今日、車で到着した私は、前まで住んでいたマンションではなく、出来立ての一戸建てに心がバクバク高鳴っている。

「さてさて、ちょっと荷物置いたら早速ハルヒのところ行くからな」

 パパが大きな段ボールを二つ持ってきて言う。

「ハルヒ、何年ぶりだったかな?」

「三年ぶりくらい?」

「コロナであれだったもんね」

陽道ようどう中のこと、色々聞かないとな。八鳥はっとり中よりもだいぶ人数少ないらしいしな。二クラスだったはずだ。まあ、結構ショッピングセンターとかあるくせに人口ないらしいからな」

「少子高齢化、アレだね」

 家族三人で話しながら私たちはせっせせっせと家具を車から玄関に運び込んでいた。




 トゥー、カカカカカ

 車のエンジンが止まる。

 パパが運転席からスライドドアを開けてくれると、ドアの外で待っていた彼女が私に飛びついてきた。

「純ちゃーん!」

「ハルヒー! くるちー!」

 私たちは後部座席で熱い抱擁を交わす。

「お引っ越しお疲れさん。あっちから遠かったでしょ。まあひとまず、入って入って」

 車を降りたかと思うと、私の腕をグイっと引っ張り、座席から引きずり降ろしてくる。

「あらら、ハルヒ、腕千切れたらダメだから優しくしなさい。いやぁ、純ちゃん、久々ね。何年ぶり? 三年ぶりか。早いなぁ、純ちゃんももう中一になって」

「おばさん、久々です」

 ハルヒのお母さんがカサカサの手でワシャワシャと髪を撫でてくれる。

「いやぁ、本当にどっちがどっちか分かんないねぇ。本当に似てるんだから寒いから早く中に入って、ね、ほら」

「はい、純ちゃん、行くよ!」


 船谷ふなやハルヒは私の母方の従妹だ。年齢は、私が一カ月年上。

 今日、パパの仕事の都合でこの知らない土地にやって来た及川家は、前からここに住んでいる船谷家に助けてもらわなきゃいけない。

 私とハルヒは二人で暖房の効いた二回のハルヒの部屋に来て、二人椅子に座って向かい合った。

「いやぁ、ハルヒぃ。本当に久々だよね。最近どう?」

「まあ、まずまずだね」

「バスケ部はどうなの? レギュラー取れてる?」

「え、あ、いや、それが……」

 と、ハルヒは最初の笑顔とは顔色を変えて言葉を詰まらせた。

「どうしたの?」

「いや、それがさ、実は……バスケ部辞めてさ。陸上に入ったの」

「……えぇっ?! 陸上ぅ?! 何で?!」

 ハルヒはものすごい運動音痴で知られていた。バスケはスリーポイントシュートの上手さが評価されて頑張っていたが、よりによって陸上部?!

「まあ、後で説明するから。純ちゃんはどうなの?」

「え、私は……まあ、まずまず。八鳥中は結構いい友達多かったんだけどね。まあ、仕方ない仕方ない」

 さらりと話題を変えたハルヒに何かを感じつつも、私は答える。

「なんかさ、超能力使える子とかいてさ」

「超能力ぅ?!」

「何かそう言う子がいたのよ。何やら、友達の好きな人がその子のことをどう思っているかとか、そういうことを当てることができるっていう」

「どういう……? 何それ」

「また今度教えてあげるわ。で、あと成績とかはまあ普通くらい。可もなく不可もなしみたいな」

「なるへそぉ。部活は何してたの?」

「部活? 部活はね、ダンス部」

「ダンスぅ? またすごいねぇ……けど、残念ながら陽道中にはダンス部はございません」

 だいぶんオーバーリアクションをハルヒは連発する。表情豊かな人間で、またこういうところが好かれるのだ。

 それにしても、よほど彼女が驚くこと、私は言ってるだろうか?

「そりゃ残念だわ。ま、どうせあと二年間だしね」

「けど、純ちゃんってすぐに友達出来るじゃん。だから、それはまあ大丈夫大丈夫」

 確かに。自分は自他ともに認める明るい天然キャラなのだ。友達作りに関しては自信がある。それはハルヒも一緒だ。ちょっと生徒会長タイプなところがあるが、基本は良いやつだ。

「そうだ、ハルヒ、恋人とかいないの?」

 今、一番気になることでもある。


「……いるよ。まあ、それでちょっとお願いがあるんだ。バスケ部の退部にも関係ある話」


 急に深刻そうな顔になった。目が暗くなっている。

「……あのさ、ちょっとさ、実は彼氏がいるんだよね。三年生で、陸上部のキャプテン兼野球部のエースって言う」

「へぇ、すごいじゃん。てか、陽道中は部活掛け持ちできるんだ」

 張り詰めた雰囲気の中出してしまった一言を、かなり嫌気が差したような暗い顔のハルヒは一切流して続きを話す。

「その彼氏ってのが困った存在で。ちょっとグレててさ、授業サボることもしばしばで、しかも、すごい締め付けてくるのよ。ヤバい、ホントに。ちょっと色々あって付き合ってるんだけど、本当に他の男子と話すことはおろか、女子と話すことも許してくれないの。学校にいるときは絶対に一人にさせてくんない」

「……何それ。ヤバいじゃん。異常でしょ、もはや」

「まあ、その彼氏がもう嫌なのよ。でも、これで別れようって言ったら何されるか本当に分かんないし……だからさ、お願いがあるの」

 の、を言い終わった途端、ハルヒはズバッと額をタイルの床に擦り付けた。


「純ちゃん、私不登校になるから、しばらくの間、私の替え玉になってくんない?」


「……は?」

「お願いします!」

「ちょ、待って待って。替え玉ってどういうことよ。何すればいいのよ」

 脳がグラグラと揺らいでいる気がした。それぐらいの動揺。替え玉。何となくの意味は分かっている。その予想が外れていることを願っていたかった。

「つまり、私と純ちゃんの顔ってすごい似てるじゃん? だから、しばらくの間私の代わりに彼と付き合ってほしいの。いや、彼と付き合う時以外は普通に及川純として生活してくれていいからさ。でも、彼といるときは船谷ハルヒとして生活してほしいの。及川純としている時も彼にバレないようにしてね。だから、一生のお願い!」

 ど、どういう。

 こんな必死にものを頼むハルヒは初めて見た。

「……その彼氏の名前は?」


冬馬皇華とうまきんぐ


 キング。明らかにそういう高慢な人間の名前で、私はひっくり返りそうになった。

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