第30話 無駄遣い厳禁!
「ひゃっ」
不意打ちのように首筋にキスをされて、ルナはビクンッと身体を跳ねさせる。すると、クリスティーナが妖艶な微笑みを浮かべた。
「ほぅら、もっと深く繋がりましょう?」
「な、何をするんです……!? ひっ」
クリスティーナが軽く触れる程度に優しく吸い付くたび、ビクビクと小刻みに痙攣するルナ。彼女はクリスティーナに触れられる度に意識が薄れていくのを感じた。頭の中がふわふわとして、身体もまるで自分のものではないかのようだ。
(これが聖フランシス教団の洗脳……? ごめんなさいリックさん、クロエさん、わたしは……)
やがて完全に抵抗できなくなったルナを見て、クリスティーナはくすくすと笑い出す。
「あら、可愛い顔になっちゃいましたねぇ。うふふ、どうですか? そろそろ素直になりましたか?」
「あ、あう……」
焦点の定まらない潤んだ瞳、火照って赤くなった顔、だらしなく半開きになった口からは熱い吐息とともに唾液が流れ落ちている。そんな無防備極まりない表情を見せられては、男ならば誰でも我慢できなくなってしまうだろう。だが、クリスティーナはなおもルナに問いかける。
「では、『リジェネレーション』と『ライフドレイン』のありかについて、答えていただけますね?」
「……はい」
消え入りそうな声でそう言うと、力無くこくんとうなずくルナ。それを見たクリスティーナは満足そうに微笑むと、彼女の顎に手を当てて上向かせた。
「おい、ルナ嬢に何をしやがった!今すぐ離れねぇとぶち殺すぞ!」
「気にすることはありません。あなた方はすぐに死ぬのですから」
クリスティーナはアーベルに向かって妖艶に微笑んでみせながら、脱力したルナを抱え上げる。
「そろそろ頃合ですね。それではごきげんよう」
クリスティーナは優雅にスカートの裾をつまむと一礼し、そのままアーベルたちの前から忽然と姿を消した。
そしてその直後、洞窟の奥から恐ろしげな咆哮が聞こえてきた。
「クソッ、ドラゴンが目覚めたのか!? おい、トルステン! いつまで寝てるつもりだ!」
アーベルは倒れ伏している白銀の鎧の男に声をかけるが、彼はピクリとも動かない。そんな彼を見つめながらアーベルは苛立ちのあまり拳を地面に叩きつけた。
「……ちくしょう。こんな時に魔力切れとは……」
やがて、動けない対竜部隊の面々の前に洞窟の主であるドラゴンがその姿を現した。その威容を目の当たりにして全員が息を呑む。体長はおよそ20メートルといったところだろうか。体表は真っ黒な鱗に覆われていて、全身をゴツゴツとした太い骨のようなもので覆われていた。鋭い爪のついた四肢には禍々しい鉤爪が備わっており、大きく裂けた口に生え揃った牙はどんなものでも噛み砕けそうだ。背中には巨大な翼があり、そこからは時折羽ばたくように風が巻き起こっていた。
『グルルルル……』
低く地を這うような声に混じって、その口からチロチロッと赤い舌が見える。それは餌を前にした捕食者の姿そのものだった。
「終わったな……もう完全に詰みだ……」
アーベルは覚悟を決め、目を閉じた。
***
祝勝会を終え、ギルドハウスに戻った俺たち。
デスナイト討伐の報酬はかなりの額があったが、祝勝会のために入った酒場でノエルが飢えたドラゴンのごとく肉を食いまくったため、結局その半額くらいを一晩で使い尽くしてしまった。
「あーあ、どうすんのよこれ。これからギルドのためにお金を使わなきゃいけないってのに、無駄遣いしてぇ……」
クロエは不満をあらわにするが、ノエルはどこ吹く風だった。
「また貯めればいいと思う」
「だいたいあんたのせいでしょうこのバカ乳が! 脳みそに行く養分を全部乳に吸われたか?」
「なんとでも言ってどうぞ」
ノエルはそう言い捨てると、ギルドのテーブルに突っ伏して眠りこけるアルフォンスに寄りかかるようにして居眠りを始めた。祝勝会で一気に距離が縮まったのか、ノエルもアルフォンスもすっかり敬語はやめてしまっている。まあ、俺とクロエも最初からタメ口なので、こちらのほうがやりやすいが。
「……まあまあ、ノエルは今回だいぶ活躍してくれたし、たまにはパーッとやるのもいいんじゃないか?」
俺がそうクロエをたしなめると、彼女は案の定こちらを睨みつけてきた。
「リッくんはバカ乳に甘くない? そんなに乳が好きなんだ?」
「別にそういうわけじゃ……というか俺はおっぱいより尻派だから!」
「うわ、最低。死ねば?」
蔑むような視線を向けられ、慌てて取り繕う。最近は中途半端に言い訳をしてもかえってクロエをヒートアップさせるだけだと学んできたので、こうやってあえてバカなことを言って引かせたほうが楽だと感じ始めている。……まあそれもそれでみじめなのだけど。
「で、どうするの? これから。いよいよ聖フランシス教団の本拠地に乗り込む?」
「いや、さすがに俺たちだけじゃ手も足も出ないだろ。ルナの話だと、七聖剣でも幹部クラスと互角くらいみたいだし、大司教でも出張ってきてみろよ、瞬殺だぞ」
「……確かに、今の私たちが敵う相手ではないかもね」
クロエもそこは納得しているらしく、素直に引き下がった。それに、教団に攻め込むとなったらが絡んでくる以上はルナにも相談したほうが良いだろう。
そんなことを考えながら、俺は自室に戻って休むことにした。ノエルやアルフォンスにはそれぞれ自分の住処があるようだが、疲れきっているみたいなのであのまま寝かせておくことにする。
翌朝、俺はクロエに起こされた。
「ねぇねぇリッくん、見て見て!」
まるで小さい子供のようにはしゃぐクロエに苦言を呈する。
「お前なぁ……お互い勝手に部屋には入らないって約束しただろ……」
「それどころじゃないの! とりあえずほら、見てよ!」
クロエは部屋の窓を開けると、遠方を指さす。そこには青、赤、緑のカラフルな一団がまさに王都から出ようとしているところだった。
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