第19話 クロエとリックと愉快な仲間たち

 俺は自信満々に言った。ルナは呆然と俺の顔を見つめている。その隣で、クロエも驚いたように俺の方を見ていた。自分でも無茶苦茶なこと言っているのは分かっている。でも俺は本気だった。


「このギルドは俺たちが勝手に作ったものなので、ルナ嬢は関係ない。ルナ嬢はこれまで通り七聖剣として任務にあたることができます」

「ちょ、ちょっと待ってください! さすがにそれは無謀すぎます! そんなことをしては教団ばかりか七聖剣もあなた方を放っておきませんよ!?」


 俺の発言に、ルナは思わずソファから立ち上がり声を荒げた。クロエも難しい顔をしている。

 確かに無謀かもしれない。聖フランシス教団だけでなく七聖剣からも命を狙われて生き残れる自信はない。だけれど、このまま指をくわえて何もしないよりはずっとマシだと思ったのだ。それに、俺には『リジェネレーション』のユニークスキルがある。そう簡単には死なんだろう。


「覚悟の上です。俺たちは一度死にかけた身、今さら死なんて恐れません」

「勝手に私の代弁されてるのは腹立つけど、私もリッくんと同じ意見だよ」


 クロエも真剣な表情でルナを見る。その迫力に気圧されたのか、ルナはしばらく目を泳がせていたが、やがて観念したかのようにため息をつくとソファに深く座り直した。


「……分かりました。そこまでおっしゃるなら、どうかお願いします。でも約束してください、無理はしないと。わたしもあまり力添えはできませんが、できる限り陰でサポートします」


 ルナの言葉に、俺とクロエは強くうなずいた。

 こうして新たな目標が生まれた。だがそれは決して楽なものじゃないだろう。むしろ今までよりも困難なものになるかもしれない。それでも俺はやるんだ。この世界の平和を守るために。



 ***



「ここがお二人のギルドハウスです。あまり目立つ場所にあると色々困ると思うのでこんなところですが……」


 数日後、ルナに案内されて訪れたのは王都の外れにある一軒家だった。外観は特に目立つところもなく、ただの一般家屋といった感じだ。


「えっと、もしかしてルナさんの別荘? さすが貴族……」


 クロエが戸惑った様子で言う。まあ普通は驚くよね。でも安心して欲しい。もちろん、ルナの別荘とかそんなことはない。


「いえ、違いますよ。これはわたしが以前隠れ家として使う目的で買ったものです。名義はちゃんとリックさんのものに変更してますのでご心配なく」


 そう、ルナが購入したものである。


「なんで私名義じゃないわけ?」

「いやだって、お前は教団から逃げ出した身だし、身分を保証するものを何も持ってないだろ?」

「……確かに」


 そうなのだ。例えば冒険者であれば、冒険者カードに刻まれたランクや名前などである程度身元を証明できるのだが、孤児であるクロエにそういった保証がない。王都にいられるのもルナの保護下にあるためなのだが、ギルドとして独立するからには誰かがこいつの身分を保証してやる必要がある。──だから


「なあクロエ。これは一つの提案なんだけど……」


 俺はクロエをじっと見つめた。クロエは小さく首を傾げる。その可愛らしい仕草に一瞬ドキッとした。落ち着け、相手はクロエだぞ。俺は自分を叱咤すると、クロエに話を続けた。


「俺と結婚してくれ」

「……なんでぇ!?」


 クロエが大声で叫んだ。そしてみるみると顔が真っ赤に染まっていく。彼女は口をぱくぱくさせながらこちらを見つめていると、やがて我に帰ったようにぶんぶんと頭を振って深呼吸をした。そして改めて口を開く。


「ど、どうしていきなり結婚なんて言い出すのよ! いくらリッくんでも怒るよ! バカバーカ! 死ね!」

「もう、リックさんは言葉足らずです。──クロエさんの身分を保証するために、お二人には結婚していることにしてもらう必要があるんですよ」

「……そういうことだ」


 ルナが助け舟を出してくれて、クロエはポカンとしたまま固まってしまった。


「つまりどゆこと?」

「形だけ、結婚してる事にしてくれってこと。……別に養子とかでもいいんだけどな」

「リッくんの養子とか、なんか嫌」

「……だろ?」

「なるほどー。……なるほどー?」


 クロエはやっと意味を理解してくれたようだ。俺も自分で言っていて少し混乱してたので助かった。というか冷静になると恥ずかしいなこれ……。俺は照れ隠しのために咳払いをする。


「それで返事はどうなんだ?」

「えっ、えっと、うん、いいよ……」


 クロエはうつむきがちに言った。その頬はまだほんのりと紅潮している。その様子があまりにも可憐すぎて思わず胸が高鳴ってしまう。クロエも同じなのかチラリと視線を上げるたびに目が合うものだから余計に意識してしまう。…………ヤバイ、緊張してきた。仮に結婚するだけなのにドキドキさせられてるのは情けない。とにかくなんとか会話を繋げなくては。俺は慌てて次の話題を探す。


「そういえばギルドの名前決めないとな。どんなのがいいと思う? クロエの好きな言葉でもいいし、カッコイイ感じのとか、何でも──」

「はい、ギルド名決まりました」


 突然のルナが手を挙げた。俺とクロエは驚いて彼女に注目する。


「『クロエとリックと愉快な仲間たち』です」


 ルナはニコニコしながら俺とクロエを見る。なんだよクロエとリックと愉快な仲間たちって。しかもその満面の笑みはなんなんだよ。ツッコミたいけどツッコんだら負けな気がする。


「えっと……却下で……」

「なんでですか! 素晴らしい名前だと思いますよ?」

「どこがだよ。そんなんよりクロエと俺で名前考えだ方が絶対マシですって」

「ダメですよ、ここは公平にクジ引きで決めましょう」


 ルナはいつの間に用意したのか箱を取り出した。中には小さな紙切れが入っている。


「どうしてそうなるんだよ!」


 俺が困惑していると、ようやく正気を取り戻したらしいクロエが口を挟んできた。


「『月下の集い』の後継ギルドだから、『月』って単語は使いたいよね」

「そうだな。確かにそうかもしれない」


 確かにそれは重要なことだ。ルナに任せていたら、本当に『クロエとリックと愉快な仲間たち』になってしまいそうで怖い。それは死んでも避けないといけない。俺もクロエの意見に賛成したのだが、


「えーっ!」


 ルナは不満そうに声をあげた。まるで子供みたいだ。てか子供か。

 どんだけ気に入ってるんだよ『クロエとリックと愉快な仲間たち』。やばい、その名前思い浮かべるだけで笑いそうになってくるぞ。


「ていうかルナ嬢はギルドメンバーじゃないんですから、勝手に名前決めないでください」

「いいじゃないですかそれくらいしても」

「ダメです」

「う〜……分かりましたよぉ……」


 ルナは不承不承ながらも同意してくれたようだ。物わかりのいい子で良かった。俺はホッとして息を吐いた。

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