第16話 聖剣会議

 ルナが手招きすると、メイドはルナの耳元でなにやらゴニョゴニョと告げていた。それを聞いたルナの表情が引き締まる。


「リックさん、クロエさん、わたしは急用で王城に呼び出されることになりました。聖剣会議が開催されるとのことで」

「聖剣会議?」

「はい、王国の守護神たる七聖剣が一堂に会する重要な会議です。理由は不明ですが、王国になにか一大事があったのは間違いないと思います」


 七聖剣は基本的にルナのように王都に控えていたり、軍と共に遠征に行っていたり、要請を受けて魔物を討伐に行っていたりとバラバラに行動している。

 そして、聖剣に異常事態があれば、王城へ緊急招集されて会議が開かれるのだそうだ。


「聖剣会議はわたしが七聖剣になってから初めてのことです。なので少し戸惑っていますが、リックさんとクロエさんはこのまま屋敷で待機していてください」

「はい、わかりました」


 ルナの言う通り、俺たちはおとなしく待つしかないだろう。しかし……


(……なんか嫌な予感がする)


 根拠は無いけれど、胸騒ぎのような、漠然とした不安感が拭えなかった。


「……では参りましょうか」


 登城する準備のためにメイドを伴って屋敷へ戻っていくルナを見送りながら、俺はふと思ったことを呟く。


「あんな小さくても、しっかり王国を守る任務が課せられてるんだよなぁ……」

「……? 何が言いたいの?」

「いや、すごいなって思って。まだ年端もいかない子供なのにさ」

「子供だって有能な人間はああやって成り上がれるんだから、素晴らしい世の中じゃない?」


 クロエの言葉には皮肉が含まれているように思える。幼い頃拐われて聖フランシス教団の実験道具として散々な目に遭ってきたクロエにとって、ルナの境遇は同情に値しないのかもしれない。むしろ、羨ましいと思うのが自然だろう。

 俺だってクロエほどじゃないが地獄を見てきたから、恵まれない人たちの気持ちは分かるつもりだ。俺たちが預かる『月下の集い』は弱者を救済し、非道な教団を倒すためのもの。──だから、ルナは俺たちに『月下の集い』を託したのかもしれない。


 そう考えると今更ながらに納得ができた。


「世の中を変えるんだ。恵まれない人たちが虐げられない世の中に」

「……えぇ、もちろん!」

「そのためにもまず、俺たちが強くならないとな!」


 俺と拳を突き合わせるクロエの顔は、どこか晴れやかに見えた。



 ***



 王都アルスメラルダ中心部に位置する王城、その大広間に、七聖剣セブンスナイツたちが集められていた。彼らは皆、国で最も優れた実力を持つ者たちだ。その彼らが全員揃うなど滅多にないことだった。

 彼らの前には一人の老紳士──七聖剣第一席である『鉄槌』アルドヴィン王国軍総指揮官オルグ・バルクスフォルクが立っている。オルグは七聖剣設立当初からのメンバーであり、もうかれこれ30年は第一席の座を守り続けているという、名実共に王国最強の騎士と言えた。


 オルグの背後にある玉座には、この国の主であり国王であるバーランド三世の姿もあった。しかしその姿は、威厳のある姿からは程遠いものだった。傀儡かいらいに過ぎない彼はまるで怯えた仔犬のように体を震わせて顔を青ざめさせている。


「皆さまお集まりいただき誠にありがとうございます。早速ではありますが、本題に入らせて頂きます」


 七聖剣たちの視線を一身に浴びながらそう切り出したオルグだったが、その声色から緊張の色は見て取れなかった。いつも通りの落ち着いた様子のまま、オルグはその表情に微笑みすら浮かべている。


「『魔女狩り』が聖フランシス教団に乗り込み、人体実験及び禁呪開発、ならびに魔女生成の疑いについて調査にあたったようです」

「なにっ!? そのような命令は出しておらんぞ!」


 国王が慌てて声を上げるが、オルグは気にせず続ける。


「どうやら彼らの独断のようです」

「なるほど。……して、結果は?」


 大柄の男騎士──七聖剣第二席のトルステン・ヘーザーが尋ねると、オルグは笑みを浮かべたまま首を横に振る。


「『魔女狩り』ベネディクトの報告によると、何も疑わしいものは無かったそうです。聖フランシス教団は潔白そのものだと」

「はぁ? ふざけんなよ! そんなわけあるか!」


 オルグの報告に激昂したのは七聖剣第五席のアーベル・ネルリンガー伯爵だ。彼は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。王宮内での勢力争いで厳しい立場に立たされている彼は、教団の息のかかった面々を一掃し、自らの権力を高めようと画策していた。今回の件は、それを実行する絶好の機会だと思っていたのだ。アーベルとしては期待が裏切られたこと甚だしいのだろう。


「落ち着きなさい、馬鹿者が」

「あぁ? テメェこそ冷静ぶってるんじゃねぇよ。この状況で落ち着いてられるヤツなんざどこにもいねーだろうが」


 オルグの制止の声にも耳を傾けず、アーベルが凄む。他の七聖剣たちは黙ったまま二人のやり取りを眺めていた。彼らは皆それぞれ思うところはあるだろうが、それを表立って口に出す者はいなかった。



「それで、結局教団はお咎めなしということになったのでしょうか?」


 七聖剣第三席、仮面をつけた金髪の令嬢──ステファニー・シャントゥールがそう問いかけると、オルグは頷いた。


「現段階ではそうなりますね。彼らが悪事を働いているという証拠はどこにも無いのですから」

「でもさ、オルグさんは何か知ってるよね?」


 そこで発言したのは七聖剣第四席、フードを被った少年──ナナシだ。顔を隠しているのは人前に出ることを嫌うからであり、その素顔を知る者は数少ない。出自は不明で名前も偽名。文字通り、実力だけで七聖剣までのし上がった強者だ。

 普段は無口なナナシの言葉にオルグ以外の全員が驚きを見せる中、彼は淡々と答える。


「いいえ、相手は今や王国の冒険者パーティーの多くを回復面でサポートし、王宮とも関係の深い強大な集団。勝手な推測は全て意味をなしません。なので、私から言えることは『聖フランシス教団はシロ』という事実のみです」

「そっか、オルグさんがそういう結論を出すなら、僕からはこれ以上なにもないかな」


 そう言って納得したような仕草をするナナシ。すると、今まで沈黙を保っていた一人の女性が言葉を発する。


「私はオルグ様の判断に従いますわ」


 それは、七聖剣第七席、黒いローブを身につけた魔術師のロザリンドだ。彼女は静かに佇んでいた。まるでそこに存在していることが当たり前かのように。彼女だけはいついかなる時も自分の考えを口に出そうとしなかった。七聖剣において序列最下位に甘んじているのもその辺りが原因だと言われている。

 だが、その彼女が発した『オルグに従う』という言葉。それによって場の空気は変わった。皆口々に賛同の意を呟く。──約二名を除いて。

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