無限のキャンバスに色を重ねて
菜乃花 月
無限のキャンバスに色を重ねて
【登場人物】
藤野 凛(ふじの りん):舞台から芝居を始めた大学一年生。ユーザー名は白夢シキ(はくむ しき)
相田 瑞希(あいだ みずき):たまたま見かけたアプリをきっかけに演技が楽しいと思う大学一年生。ユーザー名はズッキー
後輩:凛の高校の時の後輩。瑞希が兼ね役
上演時間 約60分
―ここから本編―
凛N:『公演が中止になった』
凛N:高校最後の舞台へ向けて必死に練習していた時に告げられた言葉。それは一番聞きたくない言葉だった。
部長だった私は誰よりも早くその言葉を顧問の口から聞いた。悲しみ、驚き、怒り、絶望、全てが混ざり合ったあの瞬間私はどんな顔をしていただろう。
職員室を出て一人になった瞬間、中止になったという事実が私を支配した。ぐちゃぐちゃになった感情が涙として溢れそうになるのを必死に抑え、部員が待ってるステージへ向かった。何も知らない部員たちが私に挨拶する。
後輩:「おはようございます!先輩!」
凛:「・・・おはよう」
後輩:「今日はどのシーンやりますか!」
凛:「えーと今日は全員揃ってるんだっけ。じゃあ衣装とか着て通ししようか」
後輩:「わかりました!」
凛:「声出しとか終わったら役者は衣装着て準備、音響照明さんは音の確認とかお願いします。30分後には通し始めようと思います。おっけい?」
後輩:「はい!」
凛N:公演は中止になった。つまりこれがこの舞台の最後の練習。私にとって最後の部活。後輩たちはすぐに準備を始め、三年間一緒にやってきた同級生たちは文句を言いながらも、準備をする。全員から本番へ向けての熱が伝わってくる。何か月もかけて創ってきたこの舞台を成功させるために、より良いものにするために同じ方向を向いているのがわかる。
しかし、それが一気に冷める言葉を私は言わなければいけない。心が苦しかった。
後輩:「先輩、だいたいみんな準備できました!」
凛:「わかった。・・・みんなちょっと集まって。音響照明さんもみんな一回来てほしい」
凛N:視線が私に集まる。息を大きく吸って、ゆっくり吐き出して気持ちを整える
ぐるりと部員を見渡し、覚悟を決めて先ほど顧問に言われた言葉を繰り返す。
凛:「公演が中止になった」
タイトルコール
瑞希:「無限のキャンバスに色を重ねて」
~五秒の間~
瑞希N:ある日突然、光源病という体が淡く光る病気が世界中で大流行した。かかった人の60%が死亡するが原因はわからない。感染が広がらないためにも、世界自粛期間という異例の状態から一年が始まった。
瑞希:「はーあ、輝かしい大学生生活を送るつもりが家からは出ないし、課題多すぎだし、友達どころか先生の顔もわからんしなんのために入学したんだろ。この課題終わっても一時間後には課題増えてるとかありえん。まじアリエンティ~!・・・はぁ、いったん休憩しよ。なんか面白いことないかな~」
~ベッドに寝転びながらスマホをいじる瑞希~
瑞希:「「これであなたもモテモテ!男を落としまくるたった3つの秘訣!ステップ1、男をと夜景が綺麗なレストランに行きます。ステップ2、『ここの屋上から見るともっと綺麗なんだよ』と屋上に連れ出します。ステップ3、男の背中を軽く押します」
・・・え?落とすって物理的にってこと?こっわ!それもう犯罪じゃん。そこまでして男求めてないからなぁ・・・ん?声で演技ができるアプリ?ドラマCD的な?ちょっと見てみよう」
~アプリの詳細を開く~
瑞希:「へぇ、リアルタイムで掛け合いできるんだ。声優さんとか好きだし、ちょっとやってみようかな。とはいえ演技したことないから聞くだけかな。えっとアカウントを作って、それから・・・これはなんだ?うわ、なんか入っちゃった!」
凛:「お、来た。初めまして~白夢(はくむ)シキと申します。ズッキーさんですね、よろしくお願います」
瑞希:「あ、あの!すみません、間違って押しちゃって!さっき始めたばっかで何もわからないって感じでえっと・・・!」
凛:「大丈夫ですか?私で良ければこれからやる配信の流れ教えますよ。教えるというか一緒にやるという形になりますけど、いいですか」
瑞希:「え、これから演技するんですか?」
凛:「そうですね。お時間あればですけど」
瑞希:「む、無理無理無理です!!だ、だってボク演技とかしたことないし、このアプリ入れたのも聞き専のつもりで・・・!」
凛:「せっかくならやってみませんか?楽しいですよ、演じるの」
瑞希:「で、でも」
凛:「配信って考えると緊張するかもしれませんが私がサポートしますよ。このアプリのことも教えられることは教えます。ズッキーさん素敵な声だしどうですか、一緒に演じてみませんか?」
瑞希:「じ、じゃあ一回だけなら・・・」
凛:「やった!よろしくお願いします!」
瑞希N:これが白夢シキさんとの出会い。どうせハマるわけないから記念に一回やってみよう。そんな気持ちだった
~別の日の声劇終了後。まだ配信は続いている~
瑞希:「声劇めっちゃ楽しいですね!今回のシキさんの長台詞めっちゃ泣きそうになりました!かっこよかった!」
凛:「あの台詞はずるいですよね。すごい感情入ったので、今若干魂抜けてます」
瑞希:「シキさんなんでも似合うからずるいですよね!!ね!コメント欄の皆さんも思うでしょ!!!」
凛:「ありがとうございます。なんか照れますね」
瑞希:「はぁ、楽しい。余韻がすごい」
凛:「語彙力どうしたんですか」
瑞希:「台本読んだ時から似合うだろうとは思ってたんですけど、もう!もう!すごいっていうか!最高っていうか!語彙力もどっかに飛んでいきますよ!」
凛:「はは、ズッキーさんすっかり声劇にハマってますね」
瑞希:「はい!毎日楽しいです!」
凛:「最初は無理無理って言ってたのに」
瑞希:「あーそういえばそうですね」
凛:「皆さん知ってます?ズッキーさん最初演技とかできないって言ってたんですよ。信じられないですよね」
瑞希:「もともとは演技なんてしたことなかったから聞き専のつもりだったんですよ~。シキさんの枠に間違えて入っちゃったときは焦りました」
凛:「めっちゃ焦ってましたね」
瑞希:「でもボクの初めてがシキさんで良かったなって思います」
凛:「ズッキーさん?!事実だけどその言い方は語弊がありますよ!初めて声劇をしたのがですよね!!」
瑞希:「すごく優しくしてくれました」
凛:「だから言い方!」
瑞希:「にへへ。おかげで私も少しは上達しましたよ?たぶん」
凛:「どんどん上手くなってますもんね」
瑞希:「わぁ嬉しい!でもシキさんにはかなわないですよ!・・・やってて思いますけど演技って難しいですよね。その場でやってる時とアーカイブで聞いた時の感じが全然違うし、初心者感が隠せない自分の演技聞くの恥ずかしくて」
凛:「最初はそうですよね。でもやってけばだんだん慣れますし、演技は常に上達できるものだから諦めなければ上手くなりますよ。と言ってもまずは楽しむのが一番ですけどね」
瑞希:「え?上手さよりも楽しむことが一番なんですか?」
凛:「私はそう思いますよ。たとえ棒読みでも、本人が楽しそうなら応援したくなりますし、一緒にやりたいって思います。だから楽しそうに演じるズッキーさんとはこれからもやっていきたいです」
瑞希:「嬉しい~!ボクもシキさんともっとやりたいです!台本全部制覇しましょう!!」
凛:「一日に何本やればできますかね・・・」
瑞希:「うーん10本くらいですかね?」
凛:「10本かぁ。あ、『10本でも追いつかないだろ』ってコメント来てますよ」
瑞希:「んー月2くらいで24時間声劇すれば、一日10本どころじゃなくて50本くらいできそうじゃないですか!それなら制覇できそうじゃないですか!!」
凛:「前向きだなぁ。そもそも24時間やるタイミングあるんですか」
瑞希:「うーん、ボク学生なんですけど、学校に行けてないのでやろうと思えばできますね」
凛:「え、ズッキーさん学生なんですか」
瑞希:「あ、そうなんですよ。一応大学生なんです」
凛:「えっ!ほんとですか!私もですよ」
瑞希:「えぇ!シキさんも大学生なんですか!?一気に親近感沸きますね!」
凛:「ですね!意外と年近かったんですね!」
瑞希:「わぁ嬉しい!じゃあ24時間声劇合わせやすいですね!」
凛:「私はやるって言ってませんよ?」
瑞希:「あれ?もちろんシキさんも一緒ですよ!!逃がしませんからね!!」
凛:「え~どうしようかなぁ」
瑞希:「えぇ~!
あ。盛り上がっちゃってコメント読んでなかったですね、えーとモニモニさん『ごはんちゃんと食べて』、ガッシーさん『行く行く~』、油マシマシマシーンさん『二人が大学生っ!?ジュルッ・・・あっ間違ったガタッ』」
凛:「なんか一人危ない人いましたね」
瑞希:「いましたね。黒豚トントンさん『24時間声劇はバカwww』、ば、バカって言われてますよ!」
凛:「私もバカだと思います」
瑞希:「えぇ!シキさんの裏切者~!!」
凛:「じゃあそろそろ枠閉じますか」
瑞希:「ですね!」
凛:「それじゃあ今日はこの辺で!お疲れ様でした!」
瑞希:「お疲れ様でした!ばいばいっ!」
~瑞希の部屋~
瑞希:「はぁーシキさんとの声劇楽しかった!まさかシキさんも大学生だったなんてなぁ・・・あっ!やっば課題の締め切り一時間切ってる!??やんなきゃ!!」
~凛の部屋~
凛:「今日も楽しかったなぁ」
~ベッドに寝転びスマホを眺める凛~
凛:「・・・サークルからの連絡は今日もなし。声劇で演技はできるけど、舞台みたいなことはあれからできないまま。仕方ないことだってわかってる。・・・仕方ないんだよ」
~間~
凛N:時は流れ、日常という歯車が少しずつ動き出していた
瑞希N:課題に追われながらも、シキさんと声劇をする日々が楽しかった
凛N:夏休みが明けて大学もやっと対面授業が少しずつ再開。教室で一人で座っていると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた
瑞希:「えー!久しぶりじゃん!一緒のクラスで嬉しい!!」
凛:「この声・・・」
瑞希:「あっ!英語で同じクラスだったよね!そうそう、覚えててくれて嬉しい!・・・夏休みは何してたかって?んー声劇っていうのをやってた。・・・そう、声で演技するの!めっちゃ楽しいんだよ!」
凛N:後ろで話しているのは陽と陰で分けるなら絶対陽の人間。その中心で話している人物は、ほぼ毎日一緒に声劇をしているズッキーさんの声。大学生とは言っていたけどまさか同じ学校なわけ・・・
瑞希:「声劇でね、すっごい演技上手い人がいるんだよ!その人に一から声劇を教えてもらったんだ。声も性格も最高だからみんな聞いて。名前は白夢シキって」
凛:「わあーーーーー!!!!」
凛N:私の大声が教室に響き渡る。静まる教室、集まる視線。自分がしたこと、置かれた状況を理解し顔が熱くなる
凛:「あ、あの・・・その・・・」
瑞希:「・・・え?シキさん?」
~放課後~
凛:「・・・最悪」
瑞希:「まさか白夢シキさんが同じ学校だったなんてね~」
凛:「その名前で呼ばないで!はぁーもう最悪のスタートだ・・・」
瑞希:「ごめんごめん。ほらっお詫びのジュースあげるから許してよ」
凛:「ありがとう。・・・なにこれチョコチョコラテ?」
瑞希:「それね、苦くて美味しいんだよ」
凛:「この名前で苦いの?!」
瑞希:「そうなの!その苦さが癖になるんだよねぇ」
凛:「(一口飲む)ほんとだ、苦い」
瑞希:「でっしょお!」
凛:「身バレした私には染みる苦さだわ。・・・はぁーあ、声劇やってることは隠しておこうと思ったのに、初日でバレるなんてほんと最悪・・・。ズッキーさんのせいだからね!」
瑞希:「シキさんもボクのことズッキーって呼ぶじゃん」
凛:「だって、その名前しか知らないから」
瑞希:「ボクは相田瑞希。よくズッキーって呼ばれるからアカウント名もそのままズッキー。シキさんの名前は?」
凛:「・・・藤野凛」
瑞希:「え!全然本名と違うじゃん!」
凛:「そうだよ。だからバレたくなかったのに」
瑞希:「凛か・・・じゃあ、りんりんって呼んでいい?」
凛:「気楽なやつめ」
瑞希:「りんりんは嫌だった?」
凛:「・・・はぁ、別にいいよ」
瑞希:「・・・にへへ」
凛:「何で笑ってるの」
瑞希:「シキさん、いやりんりんが声劇で感じた通りいい人だなって思って」
凛:「は・・・?」
瑞希:「ずっとね、会いたいなって思ってたんだよ。ボクに声劇の楽しさを教えてくれた人だから、いつか直接会ってお礼がしたいなって」
凛:「・・・そんな真っすぐな目で見ないでよ。今の私には眩しすぎる」
瑞希:「え、ごめん。・・・でも本当に嬉しいんだ」
凛:「・・・はぁ、もうバレたのとかいいや。どうせ演劇サークル入ってるから演技してるのがバレるのは時間の問題だろうし」
瑞希:「あ、ほら!名前が知られたことでフォロワーが増えるって考えよう!そしたら一緒に声劇する人が増えるかもしれないじゃん!」
凛:「・・・前向きだなぁ」
瑞希:「あ、それ前も言われた」
凛:「言った気がする」
瑞希:「にへへ、本当に白夢シキさんなんだな~こうして顔見ながらタメで話してるの新鮮」
凛:「私もだよ。まさかズッキーさんが同じ大学でしかも同じクラスなんて思わなかった」
瑞希:「ボクも白夢シキさんは年上だって思ってた。これって偶然というか運命じゃん」
凛:「そういうの信じるの?」
瑞希:「信じる信じる!シキさんと会えたのは運命だと思ってるから」
凛:「はぁ」
瑞希:「ねーねーこの後暇?リアルで会えた記念に一緒に声劇したい!」
凛:「え、対面状態で声劇するってこと?」
瑞希:「そうそう!りんりんがどんな風に演技するのか気になる!」
凛:「えー恥ずかしいよ」
瑞希:「演劇部なのに?」
凛:「演劇はほら、練習して人に見せるから・・・」
瑞希:「見たいな~!シキさんの演技してるとこが見たいな~!!白夢シキさんが~!演技してるとこー!!みた」
凛:「わかったわかった!!やる!やるから!大きな声で言わないで!!」
瑞希:「にへへ、やった~」
凛:「はぁ、やるのはいいけど、どこでやるのよ」
瑞希:「カラオケかな~。あ、ボクの家でもいいよ」
凛:「家族とかは?」
瑞希:「今の時間は仕事でいないの。せっかくだしボクの家でやろう!」
凛:「いいよ」
瑞希:「けってーい!じゃあ行こう!」
:
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0:【瑞希の家】
0:声劇中
凛:『あんたは早く行きなさい!!』
瑞希:『やだ!私、姉さんと戦うって決めたんだよ!!』
凛:『いいから早く!!才能ないあんたを妹なんて思ったことないのよ!!私の視界から消えて!!邪魔なのよ!!』
瑞希:『・・・っ姉さんなんて嫌いだ!!』
凛:『・・・はぁ、行ったわね。約束守れなくてごめん。・・・最後くらい姉らしいことさせてちょうだい。さぁ、可愛い妹には指一本触れさせないから覚悟しなさい!!』
0:少しの間
凛:「はい、お疲れ様でしたー!」
瑞希:「・・・」
凛:「ってあれ?ズッキーさん?声劇終わりましたよ~」
瑞希:「姉さんっ!(凛に抱き着く)」
凛:「おわっ!?ズッキーさん?」
瑞希:「姉さん!!嫌いって言ってごめん!!」
凛:「ズッキーさん?」
瑞希:「・・・わっ!すいません!シキさんの表情とか見てたら、姉さんに謝らなきゃって思って勢いで抱きしめちゃいました」
凛:「役に入り込むのはいいけど、離れなさいよ」
瑞希:「ご、ごめん!シキさんの演技がすごいからつい!」
凛:「ったく・・・」
瑞希:「生シキさんすごぉい・・・ボク感動してる。声だけなのもったいないよ。もっとみんなに見てほしい」
凛:「声劇してるとこ見られるのは恥ずかしいって。あ、今私たち実際に会ってやってました。なので今も一緒です。というのも実は私たち同じ大学だったんですよね」
瑞希:「そうなんですよ!お互い同じ大学だったなんて知らなかったからびっくりですよね。『もう夏も終わるのに初めて知ったの?』とコメント来てますけど、ボクたち前期は遠隔授業だったので学校行ってないんです」
凛:「で、やっと学校再開と思ったら背後から聞き覚えのある声がして」
瑞希:「ボクも前の人急に叫んでどうしたんだろうと思ったら、シキさんだったっていうね!」
凛:「あぁ・・・。だってあれは叫びたくなるって」
瑞希:「にへへ、ごめんってば」
凛:「聞いてくださいよみなさん!この人教室で「白夢シキさんってすごい演技上手い人がいるんだよ」とか普通に言ったんですよ。信じられます?!声劇を知らないであろう同級生に当たり前のように言ったんですよ!おかげで初日から私がこの名前で活動してることがクラス中にバレました」
瑞希:「ごめんって。みんなにもシキさんのこと知ってほしかったんだよ!お詫びとして何でもするから許して!」
凛:「・・・何でも?」
瑞希:「うん、何でも」
凛:「ふーん」
瑞希:「ん?急に近づいてきてどうしってわぁ?!」
凛:「何でもするって言ったよね」
瑞希:「言ったけど!なんでボク押し倒されてるの?!」
凛:「・・・部屋には私たち二人だけ、ズッキーさんは何でもするって言った。こんだけ条件揃っててあとは何するか、わかるよね」
瑞希:「シ、シキさん!まだ配信終わってない!」
凛:「聞かせてあげましょう。実は私たちがどんな関係なのか」
瑞希:「え、シキさん!だ、ダメだよ・・・!」
凛:「ズッキーさんは私のこと、嫌い?」
瑞希:「・・・その言い方はずるいって。嫌いなわけないでしょ」
凛:「ふふ、じゃあ両想いだ。目、閉じて」
瑞希:「え・・・うん・・・」
凛:「・・・」
瑞希:「・・・」
凛:「えいっ!(デコピンをする)」
瑞希:「いったぁ!」
凛:「今日の仕返し」
瑞希:「え・・・ええぇ!?で、デコピンしただけ?!めっちゃ恥ずかしかったというかドキドキしたのにぃ!」
凛:「へぇ、ドキドキしたんだ?」
瑞希:「う、うるさい!あーでもコメントは盛り上がってるよ。『いいぞもっとやれ』、『突然の百合最高』、『百合のかほり・・・!ここが楽園!ジュルッ・・・!』『シキさんは攻めなのか・・・受けだと思った』だって」
凛:「やばい人しかいない。てか最後のおかしくない?私受け?」
瑞希:「受けらしいよ」
凛:「嘘だぁ。あ、アーカイブは残しません」
瑞希:「えー!ボクこの劇もっかい聞きたい!!残してよ!!」
凛:「残念。もう残さない押しました」
瑞希:「ひっど!じゃあまた同じ台本やろうね!!」
凛:「いいよ」
瑞希:「約束だからね!絶対だよ!」
凛:「はいはい。では!この辺で終わりましょうか。お疲れ様でした」
瑞希:「えっお、お疲れ様でした~!」
凛:「はい、配信終了っと」
瑞希:「ちょっと!さっきのなに!」
凛:「なにって、だから言ったでしょ。仕返しだって」
瑞希:「もしかしてクラスで名前言ったこと意外と怒ってる?」
凛:「今はそんなに怒ってない」
瑞希:「今はってことはちょっと怒ってるじゃん!ごめんって!」
凛:「あはは、ズッキーさんが照れてるの可愛かったから満足した!」
瑞希:「こっちは良くない!本気でなんかドキドキしたんだからね!」
凛:「へぇ、何されるって思ったの」
瑞希:「えっあっそれは」
凛:「言ってみてよ」
瑞希:「い、言わない!でも一瞬、あれ、ボク達付き合ってたっけって思った」
凛:「そんなに?」
瑞希:「だって!声だけじゃなくて表情がつくと印象変わるじゃん。いい声で迫られたら錯覚しちゃうじゃん!白夢シキさんとデート始まるじゃん!」
凛:「始まらないわよ」
瑞希:「やっぱりんりん演技上手いよね」
凛:「私のこと褒めないと死ぬ病気か何かなの」
瑞希:「だって上手いの事実だし」
凛:「嬉しいけど私はまだまだだよ。もっと表現できると思うし、したいの」
瑞希:「へぇ、今でもすごいのにもっと上手くなったら、ボクが置いて行かれそう」
凛:「そう言う人ほど私のことなんて軽く追い抜かすんでしょ」
瑞希:「無理無理!りんりんに追いつくのも大変なのに追い越せるわけないって」
凛:「そこまで差はないでしょ。私は高校で演劇部としてちょっとやってただけだし」
瑞希:「へぇ演劇部だったんだ。あ、だから演技上手いんだ納得!」
凛:「上手いというか多少経験があるだけで・・・」
瑞希:「褒めたんだから否定しない!」
凛:「は、はい」
瑞希:「そういえば大学でも演劇やってるって言ってたよね。今日はサークルないの?」
凛:「・・・あーうん、まだ活動とかはないんだ。もう少ししたら始まると思う」
瑞希:「そっか。やっぱさ声劇と演劇って違うの?」
凛:「うん、演じることは一緒だけど、やっぱり顔が見えてるか見えてないかで大きく違うよ。あと練習量とか当日の雰囲気とかも違う。あの、照明に照らされて、お客さんの反応を感じながら幕が下りるまで舞台の上で芝居をするのが楽しくて、気付いたら抜けだせなくなってた」
瑞希:「へぇ」
凛:「声劇は一回台本読んですぐ本番ってことが多いけど、演劇は何度も台本読んで覚えて感情を照らし合わせて、一ヶ月とかそれ以上かけて一つの舞台を創るんだよ」
瑞希:「うん」
凛:「何度もやったうえで本番は完璧にできたと思っても、見返すともっとこうすればよかったとか思ったりするとさ、芝居は一生完成しないものだって実感する。完成しないからこそ、いろいろ試したり完成に近づけたりするのが楽しいんだ。それをお客さんの前で体を使って演じて、拍手とか感想とかもらえると次も頑張ろうって思う」
瑞希:「・・・りんりんは本当に演劇が好きなんだね」
凛:「うん、大好き」
瑞希:「完成しないのは声劇も一緒だね。アーカイブ聞き返すといつも自分の演技下手くそ!悔しい!次はこうしようって思う。リスナーさんの反応があるから続けられてる部分も大きいよね」
凛:「そうだね」
瑞希:「あと、存在を認められる感じがある!大学生になって家にいる時間が増えてからさ、誰からも褒められないし怒られないしで独りだって感じる時間が多かった。人と会話なんてせずにただただ提示されたものを提出するだけの日々ってつまらないじゃん。正直なんのために大学生になったんだろうって思うことも増えてた。
瑞希:でも演技好きですとか聞いてて楽しかったとか言われると嬉しくて、時間ができれば声劇したいなって思っちゃうなぁ」
凛:「すっかり声劇の虜だね」
瑞希:「うん。演じるの楽しいし、なにより誰かに認められるのって大事なんだなって思った。つまんなかった毎日が今は楽しいもん。
瑞希:はーあっ最初はこんなにハマるつもりなかったのになぁ。これも全部あの時りんりんと出会えたからだね」
凛:「瑞希・・・」
瑞希:「りんりん、声劇の楽しさ教えてくれてありがとう!」
凛:「・・・こちらこそいつも一緒に演じてくれてありがとう」
瑞希:「にへへ、なんかくすぐったい」
凛:「はは、だね」
瑞希:「はい!りんりん先生!どうやったら演技って上手くなるんですか!」
凛:「先生って・・・
どうやったら上手くなるかか・・・。うーん、色んな人の演技を見ることが一番かな。演技は正解がない分、良くも悪くもお手本になる人がたくさんいるから、引き出しを増やすためにお手本を見つけると演技の幅は広がると思う」
瑞希:「あの、秘密の薬で一瞬で上手くなったりしませんか」
凛:「それはない」
瑞希:「ちぇっ、そっかー」
凛:「・・・私さ、演技って無限のキャンバスだと思うんだ」
瑞希:「無限のキャンバス・・・」
凛:「そう。どこまでも続くキャンバスにどうやって色を塗るか、形を作るかは自分次第で。線がキレイな人もいれば、すごい曲がってる人もいる。でも曲がってるからダメとかじゃない。その人にしかできない線や色がやがて味になり、形になる。
直線と曲線が合わさって大きなものになることだって可能だし、自分の持ってない色が隣から入ってきたことで新しい色ができることだってありえる」
瑞希:「うん」
凛:「真っ白なキャンバスにどう描いていくかなんて正解はなくて、どれだけ描けるかが差になるんだよ。
演技の上手い人は、色々悩みながらも色を塗り続けてる人たちだと私は思うんだ」
瑞希:「色を塗り続ける・・・か。無限にキャンバスがあるならいろんな色で塗りたい!ボクなりの色を見つけたいな」
凛:「その気持ち大事だよ。
やめるのは簡単だけど続けるのは大変だからね。塗り続けてれば最初よりマシになったなって思える時が来るよ」
瑞希:「なるほどね~。りんりんはどれくらい塗れたの?」
凛:「ん?全然だよ。色も形もまだまだ未熟」
瑞希:「そっか。あーなんか話してたら声劇したくなってきた」
凛:「さっきやったじゃん」
瑞希:「うん。そう言いながらりんりんもやりたくなってるんじゃない?」
凛:「・・・別に」
瑞希:「よし、やろう!」
凛:「話聞いてた?」
瑞希:「やりたいんでしょ!」
凛:「・・・しょうがないから付き合ってあげる」
瑞希:「そういうと思ってた!何の台本やろうか!」
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瑞希N:それから会える時はりんりんが隣にいる状態で声劇をやる日々が続いた。コロコロ表情や声色を変えるりんりんの隣はボクだけの特等席だ
~間~
凛N:木々の葉が緑から赤に変わり始めた頃、演劇サークルも大会に向けて徐々に動き始めた。約半年振りの稽古は私の気分を高揚させる。セリフの間、表情の演出、裏方と合うまで何度もやるこの感覚は声劇とは違う演劇だけのものだ。一つの舞台をみんなで創っていくことができて嬉しかった
瑞希N:演劇サークルが動き出してから、ボクたちが一緒に声劇することは減っていった。でも、また一緒にできると信じてボクは一人でも声劇を続けた。りんりんとやった時に下手になったなと言われないよう、今日もキャンバスに色を塗る
【瑞希の部屋】
瑞希:「はい、ありがとうございました。今日は一人で読ませていただきました。
あ、油マシマシマシーンさん拍手ありがとうございます!『最近シキさんとやってないですね』、そうですね~今シキさん忙しいんですよ。やっとサークルが動き出したから邪魔はしたくないんです。
ん、ガッシーさん『久しぶりに二人の劇聞きたいです』ありがとうございます、ボクもやりたいなぁ。シキさんにも伝えておきます!あ、そろそろ課題やらないとやばいのでこの枠はここで終わります!ありがとうございました!」
~間~
【授業終わりの教室】
瑞希:「あっ、りんりん!今日一緒に声劇やらない?」
凛:「ごめん。今日サークルあるから無理」
瑞希:「それならサークル終わった後でもいいからさ!短いの一本だけでもできないかな」
凛:「台詞覚えたいんだよね。今度やろう」
瑞希:「ほら、息抜きとかにどう?最近サークルばっかだしさ」
凛:「今は演劇に集中したい」
瑞希:「そ、そうだよね。ごめん。サークル頑張って」
凛:「うん」
~教室から出ていく凛を見つめる瑞希~
瑞希:「演劇忙しいもんね。仕方ないか」
【凛の部屋】
凛:「んーいったん休憩。大体は覚えたからあとは明日やってみて変えれそうなとこは変えるか。多少制限はあるけど今まで通り上演できるからよかった。・・・せっかくなら瑞希にも見てほしいな」
~スマホに通知が届く~
凛:「ん、通知だ。「ズッキーさんの声劇が始まったよ」・・・ずっとやってるなぁ。
・・・そういえば最近声劇やってないというかアプリ自体開いてないや。でもまぁ、いっか。今は演劇が大事だから。
でも、連絡はしとこう」
【瑞希の部屋】
瑞希:「課題おーわり。他に今日が締め切りはないよね?・・・うん、ない。
さてとこの後は二本声劇の約束があるから台本読んどこう。えっとなにやるんだっけ・・・あーこれりんりんと初めて直接声劇した台本だ懐かしい。
瑞結局あれからリベンジしてない・・・。やりたいなぁ・・・
でもまずは、約束の声劇をしっかりやらなきゃ!
・・・ん?りんりんだ」
次の日【学食】
瑞希:「学食一緒に食べるとか初めてじゃない」
凛:「あーそういえばそうだっけ」
瑞希:「そうだよ!てかてかりんりんが連絡してくれるとか珍しいじゃん。もしかして、ボクと話せなくて寂しかったの?」
凛:「違う」
瑞希:「否定が早い。泣いちゃうよ?声劇で鍛えられた泣きの演技見せちゃうよ?」
凛:「じゃあ、見せてよ」
瑞希:「え、まさか見せてって言われるとは思わなかった。やっぱりボクの演技が恋しいんだ」
凛:「違う」
瑞希:「また否定されたぁズッキー悲しい~しくしく」
凛:「そんなキャラだっけ?」
瑞希:「わりとこんなんだよ。久しぶりすぎてボクのこと忘れちゃった?」
凛:「忘れたわけじゃないけど・・・」
瑞希:「ま、ボクはりんりんと話せて嬉しいからいいよ。そっちは忙しそうだけど演劇はどう?」
凛:「今までとは違うこともあるけど、楽しいよ」
瑞希:「そうなの?」
凛:「うん。フェイスマスクってのをつけて稽古したり、劇場に入れるお客さんの数を減らしたりとか色々」
瑞希:「あー光源病対策か・・・」
凛:「そう。やるからには感染者を出さないようにって学校側がうるさくて。声劇だと何も対策はいらないけど舞台で人に見せるってなったら、そうはいかないからね」
瑞希:「お客さんはどれくらい入れるの?」
凛:「とりあえずは半分。状況によってはもっと減るかもだって」
瑞希:「へぇ、そうなんだ・・・」
凛:「できるなら人数制限なんてしたくないけどまぁ、できるだけありがたいよ」
瑞希:「そうだよね。舞台で演じるのってって何か月ぶりなの?」
凛:「うーん・・・一年ぶりくらいかな」
瑞希:「一年か~。てことは秋くらいに引退したんだ」
凛:「・・・うん」
瑞希:「一年ぶりの舞台でりんりんはなんの役割してるの?やっぱり役者?」
凛:「役者だよ」
瑞希:「わ!ほんと!?見に行きたい!まだ席空いてる?」
凛:「空いてるよ。逆に聞くけど一か月後の16日土曜日空いてる?」
瑞希:「空いてるよ!てか絶対空ける!」
凛:「じゃあ、チケット後で渡すね」
瑞希:「よっしゃ!絶対行く!楽しみだなぁ!」
凛:「私もだよ。とりあえず無事に幕を下ろせればいいなって願ってる。・・・もうあんな思いしたくないから」
瑞希:「あんな思い?」
凛:「なんでもない。
後悔させないような演技見せてあげる」
瑞希:「わぁ自信たっぷりんりんだ」
凛:「わざわざ見に来てもらってるのに面白くないもの見せれないでしょ」
瑞希:「確かに。りんりんの演技好きだから楽しみ!」
凛:「楽しみにしてて」
瑞希:「うん!(スマホの通知を見て)・・・お、マシーンさんが一人でコメディしてる」
凛:「マシーンさんって油マシマシマシーンさん?」
瑞希:「そうそう、りんりんはあの人と劇したことある?」
凛:「いや、ないけど」
瑞希:「ちょ、ちょっと聞いてみて」
凛:「う、うん」
~瑞希のスマホから一つのイヤホンで声劇を聞く二人~
凛:「・・・は?」
瑞希:「そうなるよね、そうなるよね!」
凛:「めっちゃ爽やかイケボ」
瑞希:「そうなんだよ!マシーンさんめっっちゃ爽やかイケボなの!そんで演技めちゃうまなの!」
凛:「え?だってこの人「ジュルッ」とか言ってた人でしょ?」
瑞希:「そうそう」
凛:「えぇ・・・コメントとのギャップありすぎて理解が追いつかない・・・」
瑞希:「だよねだよね。ボクも一緒に劇した時叫んじゃったもん。そして声幅も広いの。低音イケオジも出せるよ」
凛:「やば・・・」
瑞希:「やばいでしょ」
凛:「うん。・・・楽しんでるんだね声劇」
瑞希:「うん!すっごく楽しいよ。・・・でもさ、ボクはりんりんと一緒にやりたいよ」
凛:「瑞希」
瑞希:「ボクのキャンバスにりんりんの色がないのは寂しいんだ」
凛:「・・・」
瑞希:「今日はできたりしない?」
凛:「・・・ごめん。サークルあるから」
瑞希:「だよね。忙しいのに声劇なんてやってる余裕ないよね。公演終わってからでいいから一緒に声劇しようよ!」
凛:「いいよ」
瑞希:「やった~約束だよ!」
凛:「うん、約束」
瑞希:「あ!やるなら二人で初めて対面でやった台本やりたい!」
凛:「結局あれやってなかったっけ」
瑞希:「やってないよ!どっかの誰かさんが忙しいしアーカイブ消すから!」
凛:「ごめんって。じゃあそれやろう」
瑞希:「よし!キャンバスに描き続けて待ってるね」
凛:「うん」
~瑞希の携帯に一件のメールが届く~
瑞希:「ん、学校からのメールだ」
凛:「珍しいね。なんて?」
瑞希:「んーとちょっと待ってね・・・え」
凛:「どうしたの」
瑞希:「学内から光源病の感染者出たって」
凛:「・・・マジで?」
瑞希:「マジで。他の人にうつってる可能性は少ないから休校とかはないが、みんなも感染対策はしっかりするようにだって」
凛:「そっか、案外身近にいるんだね」
瑞希:「ね~。かかった人も何事もなく治るといいなぁ。
うーん誰も悪くないけど、この状況が続くのはやだよね。はぁ、早く収まらないかなぁ」
凛:「・・・ほんとだよ」
瑞希N:感染者が出ても学校側も注意のみで済ませたことから、特に大きな騒ぎになることなく日々が過ぎていった。でも、その一人がある歯車を狂わせることになる
~間~
【三週間後 学食】
瑞希:「ねぇねぇ聞いたりんりん」
凛:「何が」
瑞希:「前に学内から感染者出たでしょ。その人検査したらまた反応出たんだって」
凛:「そうなの?」
瑞希:「そうみたい。そしてその周りの友達も感染してるんだって」
凛:「えぇ・・・」
瑞希:「りんりんも本番近いし気を付けてね」
凛:「うん、いつも以上に気を付けてるよ」
瑞希:「だよね」
凛:「(独り言のように)絶対公演するんだ。
あ、もうサークル行かなきゃ」
瑞希:「頑張ってね」
凛:「うん、ありがとう」
【演劇サークル部室】
凛:「先輩おはようございます。今日はどのシーンやりますか?
・・・稽古を始める前に話があるからみんなを集めてほしい?・・・わかりました」
凛N:いつもと様子が違う先輩の顔を見て胸騒ぎがした。でもきっと公演の説明だろうと言い聞かせる。そうでもでもしないと、自分が簡単に崩れそうだった。
みんなが集まり、視線が先輩に注がれる。似たような光景を半年前に見た気がする。その時は視線を注がれる側だったっけとぼんやり思う。
先輩が深呼吸をして覚悟を決めたような目をした時、全てを察した。途端に心臓が苦しくなる。
やめて、その言葉を言わないで聞きたくない。
そう思っても、先輩の口から出た言葉は私が一番聞きたくない、あの時と全く同じ言葉だった。
瑞希N:公演が中止になった
~間~
~誰もいない教室に台本を持って立ちつくす凛~
凛:「中止・・・。本番まで一週間だったのに中止だってさ。はは、あはは。・・・あああああぁ!!」
~思いっきり床に台本を叩きつける~
凛:「くっそ!!くそくそくそぅ!!やっとできると思ったのに・・・。ずっと本番に向けて練習して来たのに!何か月も前からの公演のために頑張って来たのになんで・・・。なんでまた同じことを繰り返さなきゃいけないんだよ!私から公演奪って何が楽しいの!!なんで、なんでなんでなんで!!なんでなの・・・ねぇ・・・」
~そこに瑞希が現れる~
瑞希:「あれ、りんりんサークルは」
凛:「・・・なくなった」
瑞希:「え?」
凛:「なくなったよ。今日の活動も、本番も全部。ぜーんぶなくなった」
瑞希:「そんな」
凛:「学校で感染者が広がってるから、演劇なんてやったら増えるだろってさ。学校の偉い人が中止以外認めないって言ったんだって」
瑞希:「・・・え」
凛:「信じられる?私は信じられないよ。サークルの人達は誰も感染してないし、対策もしてきた。なのに、なのに公演は中止になった」
瑞希:「・・・」
凛:「この怒りは、悲しみは、苦しみはどこにぶつければいい。誰にぶつければいい?誰が悪いの。なんで私はまた公演できないんだよ!!私が何したって言うのよ!!私は、私はただ舞台で演じたかっただけなのに・・・!!!」
瑞希:「りんりん・・・」
凛:「・・・わかってるよ。誰も悪くない、仕方ないことだって。でもさぁ!!誰も悪くないからこそ苦しみを吐き出せなくて辛いの!行き場を失った色んな感情が自分の中に溜まってどんどんぐちゃぐちゃになってく。
やっと当たり前が戻って来たって思ってた。やっと舞台で芝居ができるって思った。でも当たり前は戻ってなかった。・・・バカだよね。演劇できることに気を取られて、現実を見てなかった」
瑞希:「りんりんはバカじゃないよ」
凛:「バカだよ。現実を見ず、ずっと舞い上がってた私にバカって言ってよ」
瑞希:「言わない。だってりんりんが頑張ってたのを知ってるから。
苦しいならボクにぶつけてよ。それでりんりんが楽になるならいくらでも受け止める。溜めるのはよくないよ」
凛:「あんたには関係ないじゃない」
瑞希:「関係ないかもしれない。でも苦しいんでしょ?だったら吐き出してよ」
凛:「・・・」
瑞希:「・・・」
凛:「・・・私さ、高校最後の舞台も中止になったんだ」
瑞希:「うん」
凛:「その時部長だった私は先に中止になったことを知って、それをみんなに伝えてさ。・・・今でもあの空気は忘れない。すっごい辛かった。同級生や後輩が泣いてるの見て苦しくなった」
瑞希:「うん」
凛:「顧問は誰も悪くないって言ってたけど、誰かのせいにできたらよかったのにって何度も思った。でも、どこにもぶつけることなく悔しさだけ胸に残して突然の引退。もう何もしたくなかった。もう同じ苦しみは味わいたくなかった」
瑞希:「うん」
凛:「大学に入ってもすぐには稽古とかできなくて辛かったけどやっと稽古できるってなった時すごい嬉しかったんだ。やっと前に進めるって。・・・でも結局なくなった」
瑞希:「うん」
凛:「・・・演じたかった!!舞台の上で演技したかった。したったなぁ・・・」
瑞希:「ボクもりんりんが舞台で演技してるとこ見たかったよ」
凛:「・・・ねぇ、瑞希」
瑞希:「なに、りんりん」
凛:「いつになったら、私は演劇ができるかな」
瑞希:「・・・わかんない」
凛:「いつになったら、当たり前って戻ってくるかな」
瑞希:「・・・」
凛:「どんなに吐き出しても舞台が中止になったことは変わらない。変わらないんだよ!
凛:・・・苦しい。苦しいよ瑞希。もういやだよ・・・やだよ・・・」
~少しの間~
瑞希:「・・・塗ろう」
凛:「・・・は?」
瑞希:「苦しさが消えるまで、少しでも楽しくなるまでキャンバスに色を塗ろう」
凛:「・・・そんな気分じゃない」
瑞希:「わかってる。それでも塗ろうよ。苦しそうなりんりんを見てるのはボクも苦しい。だから声劇でもやる予定だった台本でもなんでもいいからやろう」
凛:「でも」
瑞希:「舞台でやるには及ばないけど、演技はどこでもできる。ボクに演技の楽しさを教えてくれたのはりんりんだよ。今度はボクが演技で君を救う番だ」
凛:「・・・」
瑞希:「台本は・・・せっかくだからこの演劇用のでやろう。りんりんは何役だったの」
凛:「・・・加藤役」
瑞希:「加藤・・・これか。
『私の邪魔する奴は全員許さない!』」
凛:「・・・違うよ。
『私の邪魔する奴は全員許さない!』
こうやるんだよ」
瑞希:「にへへ」
凛:「なに」
瑞希:「やっぱり演技上手いなって」
凛:「そりゃあ、ずっと練習してきたからね」
瑞希:「やっぱりボク、りんりんの演技が一番好き」
凛:「・・・ありがとう」
瑞希:「もう一回この台詞言って」
凛:「しょうがないなぁ。
『私の邪魔する奴は全員許さない!』」
瑞希:「わーかっこいい!」
凛:「・・・なんか台詞言ってたら、全部やりたくなってきた。二人で最初から最後までやるよ。私の役以外は全部瑞希がやってね」
瑞希:「え、これ五人くらいいるよ?ボク一人でやるの!?」
凛:「色を塗り続けたあなたならできるでしょ。塗った成果見せてよ」
瑞希:「・・・へへ、わかったよ。ボクの色を見せてあげる」
凛:「よし、じゃあ最初の台詞からで動きはてきとーでやろう」
瑞希:「うん!」
凛:「よーいスタート!」
瑞希N:久しぶりのりんりんとの演技はすごく楽しくてあっという間に時間が過ぎた。
りんりんとボクの色が混ざり合う。最高だった。
凛N:幕は上がらなかったけど、瑞希と最後までやり切ってなんだか満足した。
気持ちはすぐには切り替えられないだろう。でもあの時よりは苦しくない。
~台本を演じ切った二人~
瑞希:「にへへ楽しかった~!・・・いつか舞台で演じるりんりんも見たいな」
凛:「舞台ができるようになったらいくらでも見せるよ」
瑞希:「ほんと?」
凛:「うん。いつになるかわからないけどね」
瑞希:「・・・いつまでも待ってるよ。だってボクはりんりんの演技好きだもん」
凛:「・・・ありがとう。次の公演が決まったら真っ先に言うよ」
瑞希:「まじで!やった!」
凛:「あと、声劇もやろうね」
瑞希:「いいの?」
凛:「うん、公演なくなって暇になったし」
瑞希:「やった!じゃあ、あれやりたい!」
凛:「対面でやったやつでしょ。わかってるよ。約束したもんね」
瑞希:「っ!うん!」
凛:「どこでやる?」
瑞希:「もちろんボクの家!」
凛:「ふふっ、りょーかい」
~二人で笑い合う~
凛N:いつか舞台の幕が上がる時に向けて私は
瑞希N:いつか振り返った時に成長できたと思えるようにボクは
凛N:今日も無限のキャンバスに色を重ねる
終わり
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