第47話
石川誠一郎は立ったまま聞いている。
「では、どうしたら良いかわかりますか?」
「恐怖を与える」
「そうです、私たちに危害を加えたら高確率で復讐される、そう日本人に植え付ければリスクをおかしてまで差別する人間はいなくなります」
宣美も立ち上がるが石川誠一郎とは頭二つ身長差がある。
「私たちをここまで追い込んだのは日本人です、私たちは何も求めていません、ただ、普通に接して、普通の人間として扱って欲しかっただけです、嘘の名前なんか使わないで堂々としたいだけ」
自然と涙が溢れてきた、そんな人間ばかりじゃない、分かっている。でももう引き返せない。
「作らないか? 私たちでそんな日本を、差別のない国を」
「むり、むりよ」
「あきらめちゃだめだ、君ならできる、恐怖で人を縛りつけても根本的な解決にはならないだろう」
その通り、分かっている。
「少なくとも、いま生きている仲間たちの安全は保証される、私にできるのはそこまで」
「しかし、このままではいずれ青ヶ島には自衛隊が派遣される、制圧されて逮捕者がでればますます在日朝鮮人は日本で暮らし辛くならないか?」
「ええ、人はどんな出来事もすぐに忘れてしまうから、私たち報復者の事も時間と共に忘れていくでしょうね」
「だったら……」
「日本人が忘れないような事件を起こせばいい」
「え?」
宣美はよろよろと石川誠一郎の前まで行くと顔を見上げた。
「総理大臣が殺されたとなれば日本人の記憶に深く刻まれる、私たちは怒っている、と」
「宣美さん」
石川誠一郎は泣きながら話す宣美をじっと見つめた、その表情に畏怖も嘲笑も感じられない、感じたのはなぜか慈愛だった。
「わたしの体には爆弾が仕込んであります、この距離なら二人とも木っ端微塵」
「そうですか……」
「ねえ、総理、いや、石川誠一郎さん。あなたが総理大臣として責任を感じているなら、私と一緒に死んでください、それが私の望みです」
泣きじゃくる宣美の頭を石川誠一郎はぽんぽんと撫でた、そして優しく言った。
「いいよ」
「え?」
てっきりこの場から走って逃げ出すと思っていた宣美は耳を疑った。
「日本国民はわたしの子供です、その大切な子供を私は護れなかった、総理大臣失格です、せめて宣美の願いを叶えてあげたい」
ハッタリだ、嘘に決まってる。赤の他人の朝鮮人に総理大臣が命をかけるわけがない。
「起爆装置は手のひらです、握手した瞬間に爆発します!」
宣美は一歩下がって左手を差し出した。
「ごめんね」
石川誠一郎は躊躇いもせずに宣美の左手を強く握った、が、爆発はしない。起爆装置は右手だからだ。しかしそんな事をこの人は知らない。本当に自分の為に、朝鮮人の為に犠牲になろうとした。
「あれ、不発かな?」
宣美は繋いだ左手を振り解いて、部屋の隅に走った。
「こないでっ!」
石川誠一郎と距離をとってから叫んだ、彼はピタリと動きを止める。この人は巻き込めない、この人なら在日朝鮮人の事を大切にしてくれるかもしれない。宣美はかすかな未来への希望を確信すると最後にポツリと呟いた。
「みんなを、麗娜をよろしくお願いします」
背中を向けて丸まった、この体制なら後ろにいる人間には被害はおよばないはずだ。
「さよなら」
宣美は右手を左手で強く握りしめた、目をぎゅっとつぶる――。
しかし、なにも起こらなかった。宣美はもう一度左手で強く握るが何も反応しない。
故障――。
そんな思いが頭をよぎると背中をポンと叩かれた。驚いて振り返ると石川誠一郎がしゃがんで顔を覗きこんでいる。
「あ、あぶないですよ、爆発します」
彼は穏やかな顔で首を横に振った。
「爆発なんてしないよ」
「え、どうして……」
「君の仲間が、たとえ頼まれても君の体に爆弾を入れると思うかい?」
金田と木本の笑顔が脳裏に蘇る。
「でも、あたしは、あたしは仲間を犠牲に……」
「みんなは未来を、朝鮮人の未来を君に賭けたんじゃないかな」
「でも」
「死ぬことは償いじゃない、生きて仲間のためにできる事をしなさい」
――その後、宣美は青ヶ島の収容所に監禁している日本人の解放を石川誠一郎に約束。さらに三日後に殺人幇助、監禁容疑を自ら告白して逮捕された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます