第22話 第二章 はじまりの島
古民家をリフォームして作った喫茶店は二階が住居になっている、身支度を整えた宣美は古びた木の階段をギシギシと音を立てて降りていった。
一階はテーブル席が四席と小さなカウンターがあるだけのこじんまりとした店だが近隣の住人にはウケが良くて朝から多くの人間があつまる憩いの場となっていた。
木製の扉を開いて外に出ると雲一つない青空が広がっているが十一月の冷たい風が頬を伝う。
『本日臨時休業』と書かれた張り紙を扉に貼ってからあまり必要性のない鍵を念の為かけた。
青ヶ島――。
人口173人、総面積8.75平方キロメートルの小さな島は東京から南に350キロはなれた孤島だが正真正銘東京都だ。
宣美は独立国家、在日朝鮮人だけの理想の国作りにこの島を選んだ、理由は至って単純だ。本島から限りなく離れていて人口が極端に少ない、人の数はそのまま力関係を表す。この島を最終的に在日朝鮮人だけにするためには先住民は少ないに越したことはない。
この島に移住してはや五年、すでに在日朝鮮人の数は先住民の数を悠に超えていた。今日は久しぶりにハルボジと住む麗娜が遊びに来るので宣美は朝から機嫌が良い。
東京から飛行機で八丈島まで一時間、そこからヘリコプターで二十分。時間にしては大した事はないがアクセスの悪さからこの島に観光に訪れる人間は殆どいない。
片道三万円以上かかる交通費も馬鹿にならない。フェリーの方が割安だが乗り継いでくると十三時間以上かかる。
「成美ちゃん、おはよう」
振り向くと二件隣で一人暮らしをしているお婆ちゃんが声をかけてきた、二件隣と言っても都心とは違い一軒一軒がかなり離れているので距離的には遠い、しかし気軽に話しかけてくる人間同士の距離感は都心よりもずっと近い。
「お婆ちゃんおはよ、ごめんね、今日は『宿り木』お休みなんだ」
喫茶店をオープンするにあたって名前をどうするか悩んだ、両親がやっていた聚楽を名乗ってみることも考えたが、こんな田舎でもあの事件の事を知っている人間がいるかもしれない、念の為に控えた。
代わりに花言葉が『侵略』『征服』の意味を持つヤドリギにしたのはちょっとした遊び心だ。
「あらあ、残念ねえ」
「明日はやってるからさ、来てね」
またね、と話を遮って駐車場に止めてある軽自動車に乗り込む、立ち止まってしまうと永遠に、これは比喩でもなんでもなく彼女たちは永遠に話を止めようとしない。
若い人間が少ない青ケ島で宣美は歓迎された、出ていく人間が多い中で入ってくる人間など皆無に近いからだ。友達と称して次々に島に移住させると「青ケ島の救世主」と呼ばれるようになった。
そう遠くない未来には在日朝鮮人だけの島になると言うのに呑気な奴ら、こんな馬鹿な人種に虐げられていたと思うと業腹だ。日本人など野蛮なだけ、数が多いだけで粋がっている低能な集団、いつからか宣美はそんな風に考える様になっていた。
軽自動車を走らせること十分、ヘリポートは突如現れた、灰色のアスファルトに巨大な円を書いて中心にHと表記されただけの場所は一見するとなんだかわからない。
バラバラバラバラと遠くから聞こえてくる音がして空を見上げると、紺碧の空に豆粒のように小さく浮かぶヘリコプターがこちらに向かってくる所だった、時間的にもあれに麗娜が乗っているのは間違いないだろう、彼女にあうのはおよそ一年ぶり、合うたびに美しくなる麗娜をみて我が妹ながら誇りに思えた。
辺りの草木をなぎ倒しながら大仰に降りてくる黒い飛行物体、無事に着地するとプシューっと空気を吐き出しながらドアが開く。
「おねえちゃん!」
すらりと細い足がチェックのミニスカートから伸びている、いつの間にか自分よりも背が伸びた麗娜が走り寄ってくると頭一つ小さい宣美に抱きついてくる。
「久しぶり」
自分より高い位置にある頭を撫でると麗娜はしくしくと泣いている、いつもそうだ、久しぶりにあうと嬉しくて泣き出してしまうのだと言う。そこまで妹に好かれるほどいいお姉さんをしていた記憶もないが。
感動の再開も程々に停めてあった軽自動車に乗り込むと来た道を引き返した、車中では会えない間にあった話を興奮気味に麗娜が話している、そう言えばオンマには毎日の様に学校での出来事なんかを話していたなと懐かしくなった。
「オンニ東京で一緒に住もうよー」
一階の喫茶店スペースで昼食にオムライスを作ってあげるとアッという間に平らげた、かなりのボリュームだったのにまだ全然食べられるとしたり顔だ。いったいこの細い体のどこに入っていくのか、自分の二の腕をみてゲンナリする。
「一応ここも東京なんだけどね」
食後の珈琲を入れて麗娜の前に置くと宣美も向かいに腰掛けた。
「こんなとこ東京じゃないよ、クレープ屋さんもないし」
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