第45話 生きていた幻術の森の魔女

「いい、ダレルくんが死んでシェリーの身体が戻ったとしてもシェリーは喜ばないわ。あの子はあなたがいない世界で一日たりとも生きていたりはしない子よ」


「そんなことはない。人はどんなに辛いことだって忘れることができる生き物だ」

 シェリーの母さんが僕の頬に優しく触れる。


「バカね。あの子がダレルくんのことを忘れるまで生きていられるわけがないじゃない。あの子はずっとあなたのことが大好きなんだから。まぁそれに嫉妬して辛く当たってしまっていたあの人たちには少し反省してもらう必要もあるけど。でもシェリーだけはあなたが旦那やカロリーナ、サファリの信頼を獲得してくれるって信じていたの。それをやり遂げたあなたはちゃんと幸せになりなさい」


「でも、どうしようもなかったんだ。シェリーを助けるためには他に方法がないんだよ」

 僕の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ、地面へと濡らしていく。

 この一カ月間何か他に方法がないのかをずっと考えていた。


 ダミノ・ティルギは人間を辞める方法を見つけていた。僕にも同じようにそんな方法を見つけられれば良かったのに。


 だけど、僕が見つけられたのはサファイアの月の魔力に自分の命と使ってシェリーの身体を治す方法だけだった。僕はそれでも良かった。


 この世界でシェリーのいない世界なんて耐えられない。

「あなたがいない世界をシェリーは耐えられないわ。あなたたちが死ぬのは私たちに孫を見せてからでいいの」


「理想だけじゃ誰も救えないじゃないか」

「理想を夢見なければ願いは叶わないわ。それに今日は奇跡が起きるサファイアの月の夜よ。あなたはなんでも自分でできるからって、まわりを少し頼ることを知った方がいいわ。さぁまずは儀式の準備をしましょう」


 そういうと、シェリーのお母さんは僕の目の前に大きな魔法陣を描き始めた。

 それは僕が考え、双子の魔導書に書いたものをさらに発展させたものだった。


「こんな魔法陣が……」

「あなたのいいところは、一人でも結果をだせるところよ。でも、あなたの悪いところは一人でなんでもやろうとしてしまうこと。この光印の魔道具見覚えはない?」


 それは、あの食べ放題にあった植物の栽培時間を100倍に早める効果ある魔道具だった。

「なんでそれを?」


「私もずっとシェリーの病気を治そうとしていたのよ。ダレルくんとはちょっと違う方法でだったけど。この魔道具はシェリーを治そうとした副産物でできたのよ」


「あそこの店って……」

「私のお店。旦那にはもちろん内緒だけどね。あの人の博打癖直らないから、資金をできるだけ他の事業へと回したのよ。そうじゃないと本当に破産しちゃうから。意外と美味しかったでしょ」


「えぇ、どうりであんなに派手だったんですね」

「そうよ。私も旦那と同じで公爵の妻として仮面を被っていたわけだけど、外では自由にやらせてもらわないと息がつまるじゃない。ほら手を動かして」


 自分は手を止めて話していたのに、僕にはやらせるのはシェリーと同じだった。

 僕はこの人のように美しく年齢を重ねるシェリーの姿を想像してしまっていた。

 油断はできないというのに、まったくなんてことだ。


「本当にそっくりですね」

「でしょ? 可愛いところなんてあの子にそっくりって言われるの」

「いや、子供に似るのおかしいでしょ」


 ツッコミをいれると、ハハハッと笑うその姿は本当に彼女そっくりだった。

「それじゃ、魔力を錬成していくわよ。あなた本当にお母さんにそっくりね」

「母を知ってるんですか?」

「えぇ、あなたの祖父母はうち専属の魔道具使いだったのよ。だから小さい時にお母さんはよくうちに来て私と遊んでいたわ。ある事故があって責任を取って辞めたの。あっこれはみんな知らないから秘密にしておいてね」


「わかりました」

「だからあなたが来た時に驚いたのよ。本当は手助けをしたかったんだけど、私が手を貸してしまったら、今後何かある度にあなたの実力じゃなくて私の力って言われると思ったの。ごめんね」


「いいですよ。僕も目立ちたくなかったですし」

「本当に嫉妬しちゃうくらい魔力の操作が上手なのね」

「そんなことないですよ。そういいながらさらっと僕のフォローしてくれているのわかってますよ」


「だって、お母さんと癖が同じなんだもの」

「今度母の話を聞かせてください」

「いいわよ。小さな時は本当にやんちゃだったわ。雪ん子捕まえて街に放とうとしたりするのよ」


 どうやらうちの母はシェリーたちに似ているようだ。

「どこかの公爵家の娘さんたちもやってましたよ」

「本当にどこかにそんなことを教える悪い虫がいるのね」

「僕はそんなことしませんよ」


 ニコニコと笑っている姿は、シェリーにそっくりだった。

 できることならシェリーにもこんな風に年齢を重ねても笑っていて欲しい。

 僕たちは無事に魔法陣を描ききることに成功した。


「準備ができました。あとはこの魔法で僕とお母さんの魔力を混ぜながら、シェリーの胸に水が溜まらないように願えば完成です」

「さすがね。本当によくやったわ。だけど、やっぱり私が計算したのだと魔力が足りないわ。だいぶ、ドラグーン騒ぎや悪魔の召喚とかで空気中の魔力は増えているのに。このままでは治す前に魔力が枯渇するわ」


「そこまで計算できるなんてすごいですね」

「えぇ……大人には色々秘密があるからね」


「それじゃ足りない魔力は僕が……」

「いや、ちょっと待って。はぁやっぱりきちゃったか。まぁそれはそうよね。いや、でも使えるものは使わせてもらおう。思惑に乗るのは癪に障るけど、そっちはそっちの理由があるからね。ダレルくん、驚かずに少しの間だけ魔法陣を守ってね」


 僕はなんのことかわからなかったけど、すぐに警戒モードへと変わった。

決して油断していたわけではないのに。

こいつは僕の警戒をいつもすり抜けてくる。


 お母さんは僕の頭を優しく撫でると、剣を抜いた。

「シェリーを、私の子をよくも手にかけてくれたわね。もう少しやり方がなかったのかしら?」

 そこに立っていたのは、幻術の森の魔女ダミノ・ティルギだった。

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