第28話 公爵様涙目(ポロリ)

 なんだあの子は⁉ 


「シェリーあの巫女のエルフ欲しいんだけど!」

「はぁ? 酷いわ。私というものがありながら他の女に目移りするなんて」


「いや、違うよ。あれをよく見て」

 闘技場で準備運動をしている彼女の周りでは光の精霊が飛び回っている。


 ちなみに、あの精霊が見えているのはここでは僕とシェリーにカロリーナくらいだろう。精霊が見える人間はかなり限られている。


「何に使うつもりなの? 普通のメイドとかって言うわけじゃないんでしょ?」

「地下のあれの管理人にいいんじゃないかなって」


「あぁーなるほどね。考えておくわ」

 僕たちの横でその話を聞いていたカロリーナは不満そうな顔を浮かべる。


「こんな野蛮なものを好きだなんてシェリーさんを少し見損ないそうだわさ」

「そんなこと言わないでよ。今日は奴隷ヘラクトスの98戦目の試合なんですから。あと3勝でコロシアム始まって以来の快挙かもしれないってことで貴族も沢山来ているんですよ」


「ふん。こんなところに来ている貴族なんてどうせ下級貴族……」

 カロリーナがそう途中まで言いかけたところで急に黙り込んでしまった。

 彼女が見ているその先には室内でお酒を売っている女性のお尻ばかりを見て、鼻の下を伸ばしている男の姿があった。


「あら、あそこにいるのは……やだわ。恥ずかしい。カロさんあまり見ないでください。あそこのアホ面の男は仮面を被ってはいるんですが、うちの父のようですわ。隠蔽魔法かかっていても家族だとわかってしまいますわね」


 カロリーナは石のように固まり、シェリーの言葉に何も反応ができていなかった。


「もう、本当に困ってしまいます。こんなのをうちのお姉ちゃんが見たらきっと発狂してしまいますわ。家では堅物の父でも外にでれば、全然違うなんて」

 今それを姉に見せつけているシェリーは鬼のようだ。


「あっあの人は本当にシェリーさんのお父さんなんですか?」


 動揺のあまり、先ほどまでのだわさ設定を忘れてしまっているが、もはやそこには誰も突っ込まなかった。


 シェリーの父親は僕も見たことがあるが、威厳が服を着ているような滅多に笑うこともないような堅物だった。少なくともここで今の姿を見なければ、同一人物だとは思わないだろう。

 それが今僕たちの目の前ではただの変態親父に成り下がっていた。


「あんなのがシェリーさんのお父さんだなんて信じられませんわ」

「そうですか? すべての人には二面性があるものですよ。息抜きは大切ですし、ずっと堅物であることに疲れてしまう場合もありますから。私は少し横に座って驚かせてきますわね」


 そう言うとシェリーは僕の手を掴み、そのまま父親の席の横へと座ってしまった。

 僕としては非常にきまずい展開だ。


「こんにちは」

「やぁどうも、お嬢さん。こんなところであなたのような美しい女性に会えるなんて……とても……」

 そこまで言うと公爵は言葉を濁し天を仰ぐ。


「私、今日初めてここへ来たんです。何もわからなくて、素敵なおじさま教えて頂いてもよろしいかしら」

「あっ……今日はちょっと用事があってだな。教えてやりたいんだが……急に体調が悪くなってきた気がして」


「あら、それは大変。すぐにご家族にご連絡してあげますわ。大丈夫ですわ。私の友人とメイドに任せておけば、あっという間に奥様をお連れしますわ」

「……何が目的なんだ」


「はて? なんのことでしょうか?」

「シェリー私だ」

 公爵は小声でシェリーの耳元で囁いた。


「はて? 私ではわかりかねます。どこのパーティでお会いした殿方でしょうか?」

 シェリーはあくまでもしらを切りとおすらしい。


「シェリーお前、親の声を忘れたというのか」

「狼藉者! なにを言うんですか! うちの父は由緒正しき公爵家当主として、こんな場所で鼻の下を伸ばしているような男ではありません……あれ本当にお父様?」


「シャリーあんまりいじめてやるな。公爵様も困っておられるだろう」

「えぇーだっていつもダレルを無視しているじゃない。少しくらいは大丈夫ですよ。でもそんな父にまで優しいだなんて、ダレルはさすがね」

 シェリーはここぞとばかりに公爵に嫌味を言っている。


「シェリーよ。取引だ」

「いいですよ。お母様には内緒にしておきます。ダレルも他には言いません」


「話が早い。望みはなんだ?」

「あの奴隷をダレルのために買ってくださりません? 怪我をしていてもいいですわ」


「ヘラクトスをか? あいつは無理だ」

「違いますわ。精霊の巫女の方ですわ」


「そっちか。まぁ今回もヘラクトスが勝つからなんとかなるか。いいだろう。交渉成立だ」

「さすが、お父様ですわ。それでは別の場所で観戦していますので、約束はお守りくださいね」


 シェリーは席を立つとカロリーナたちのいるところへ戻っていく。

 僕もシェリーに続いて戻ろうとすると公爵から声をかけられた。


「ダレルくん、ちょっといいか。なんでシェリーがここにいるんだね。君が連れてきたのかな? それなら私にも考えがあるぞ」


 公爵からは無駄に戦う時のような闘気が溢れだす。

 僕はそれを気づきながらもスルーしておく。もめ事を起こしてもいいことはない。


「公爵様お久しぶりです。公爵様は僕に彼女を制御できると思いますか?」

「まぁ君のような男には無理だろうな」


 先ほどまでとは違い、僕と話す時には急に公爵モードへと切り替わっていた。

 まだ状況を理解できていないようなので、本当の脅威が別にあることを教えてあげよう。


「一応僕は公爵様の敵ではないのでこれも伝えておきますが、シェリーの横にいる青い髪の女性に見覚えは?」


「なんだと言うんだね? 青い髪の美しい子じゃないか。それが……」

「ここで僕を引き留めておいていいことはないですよ」


「まさか、カロ……」

「えぇ、あれで変装しているらしいですよ」


 公爵は姉のカロリーナまで来ていることがわかったのか、普段見せる威厳のある顔から、段々と涙目になってきていた。


「いったいいつから来ていたんだね?」

「いいにくいんですが、公爵様が従業員のお姉さんに鼻の下伸ばしていた時にはすでにいました」


「そうか。それくらいなら大丈夫だ。あれが見られていなければ、まだ挽回できるはずだ……」

 いったい何をやらかしたのか知らないが、僕たちが来る前によほどやばいことをしていたに違いない。


「それでは僕はこれで」

「ダレルくん、頼むから男としてフォローしておいてくれないか。その……今までの私の態度を詫びる」


「わかりました。僕は元々気にしていないので謝罪など不要ですよ」

「助かるよ。うちの家系は女系家族で実際に権力を持っているのは母さんなんだ。これがバレたら私は死ぬことになる」


「命をかけることがないように善処します」

 一気に白髪が増え、疲れたただのおじさんになった公爵の元を去り、シェリーたちと合流する。

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