第8話 よっぽど僕を殺したいようだね

『明日の朝モガラ鳥が鳴く頃に私の家の前にきて』

『わかった。準備はできてるよ』


『期待しているわ』


 双子の魔導書でそう連絡が来た翌日、僕は言われるがまま彼女の家の前にいくと、こないだよりも元気そうなシェリーがすでに待っていた。

 だいぶ顔色もいい。


「よく来たわね。それじゃあ上手くやるのよ」

「ん? えっいきなり?」


 彼女はお茶目な笑顔を浮かべると、いきなり目の前で倒れ、三文役者のソランが大声で助けを呼びながら屋敷の方へ走っていく。

 公爵邸から蜂の巣をつついたように沢山の執事やメイド、騎士が走ってくるのが見えた。


「ねぇ本当にやるの? なんかあの人たち怖いよ」

「いいから準備をしてきたんでしょ。早くやりなさい」


 僕は彼女を抱きかかえると、ここ数日で彼女に言われて作った滋養強壮剤を彼女の口からこぼれないように飲ませる。


 なんてことはないものはない。彼女の病気を完全に治すことはできないが、体力を回復させることで普段より動くことができるようになる。

 ついでに前回同様彼女の呼吸がしやすくなるように、肺から無駄な水分を抜いてやる。


「キサマー! お嬢様に何を飲ませているんだ!」

 僕をめがけて、槍が高速で投げつけられてくる。

 彼女がいるというのに、何を考えているのか。


 あやうく少しちびってしまったのは内緒だが、その槍は僕に当たる前に、彼女を守る風の妖精の障壁によって弾かれてしまった。


「何、なぜ精霊シルクがあいつを守っているんだ!?」

「バカ野郎! お嬢様に当たるからに決まっているだろ!」


 槍を投げた男は、他の騎士から思いっきり後頭部を殴打されていたが、涙目になりながら僕たちの方へ走ってくる。


 三文芝居劇団員のソランは相変わらず、下手な演技を続けて叫んでいた。

 僕は、彼女に飲ませた瓶を地面におく。段々と近づいてくる男たちの形相が怖くて今にも逃げたくなるが、ここを乗り越えないと相続税が払えない。

 そうしたら、家が無くなり路頭に迷ってしまう。


「ねぇ、ダレル」

「なに?」


 怒声が響き、段々と近づいてくるシェリーの部下たちを横目に僕はできるだけ冷静さを装う。


「これ美味しいわね。もう一本頂戴」

「よっぽど僕を殺したいようだね。バレたら僕は間違いなく今日の夜には首と身体がさようならになっているんだよ」


「大丈夫よ。シルクがこれくらいの音ならかき消してくれているわ」

 シェリーのまわりを飛びながら4本の羽根の生えた可愛い妖精が僕にウィンクしてくる。


「すごい……こんな可愛い妖精がいるんだね」

「あげないわよ。シルクは私のパートナーなんだから」


「それで、そろそろ起きてくれない? あの怖い人たち段々と近づいてきているし。先頭の人なんか魔法使おうとしてるよ」


 彼女は僕の腕の中で横になったまま動こうとしない。

 むしろ、僕の腰に腕をまわし抱き着いてきた。


「ねぇ、離れてよ。そろそろ本当に殺されるから。あの人たちオーガみたいな顔で迫ってくるよ」


 オーガというのは鬼のような魔物の一種でとても怖く、子供用のお伽噺の悪者としてもよくでてくる魔物だ。


「いいのいいの。大丈夫。ほら人の体温って気持ちいいじゃない?」


 彼女は僕の腰に抱き着きながら、のんびりとそんなことを言っていたが、近づいてくる人たちの顔が本当に怖かった。


 目先のお金に目がくらんでとんでもないことになってしまった。

 近づいてきた男が、何を勘違いしたのか大声で叫んだ。


「大変だ! お嬢様が襲われてる!」

「本当だ! お嬢様を助けろ!」


 いや、あいつ等の目はどうなっているというのだろうか。

 あきらかに彼女が僕の腰に手をまわし、僕が逃げられないのにも関わらず、彼女が襲われているように見えるだなんて! 


 今度は、走ってくる執事の男が僕の頭目掛けて親指大の氷魔法を放ってきた。

 子供相手にも容赦がない。


 あれは氷炸裂弾だ。小さいが貫通力があり、皮膚を突き破ると体内で四方に分散して身体の内部から破壊する魔法。暗殺などにも使われる高等魔法の一種だった。


 理論と知識では知っていたけどその時初めて見た。

 あれが頭にでも当たったら、僕の頭は一瞬で弾け飛び、彼女は生涯トラウマになりかねない。


 そんな魔法を子供相手に使うのも信じられないし、オーバーキルもいいところだ。


 こんな家族に関わってはいけなかった。僕に魔法以外の知識があれば、お金を稼ぐ手段も見つけられたはずだ。生きて帰れたらちゃんと魔法以外も学ぼう。そう決心したが、今の状況を逃れる方が先だった。


 僕は気が付かれない程度の薄い魔力障壁を斜めに展開して、彼らの攻撃をギリギリ当たらないように後ろへとそらす。


 この戦いは勝ちすぎても、負けすぎてもいけない。

 力を持ちすぎる人間はまわりから危険視されるものだ。


 シルクも僕を守ってくれようとしていたが、氷魔法は勢いが強すぎて風魔法だけでは対応できそうもなかった。

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